「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、元アルペンスキー選手の清澤恵美子さんです。
3歳からスキーを始め、度重なる怪我を乗り越えて国内外で活躍し、引退後はスキーの指導、メディアでの解説を始めとして、様々なイベントの企画・運営など多方面でスキーの魅力を伝える仕事をされています。
「人は可能性の塊」という強い信念のもと、挑戦を続ける清澤さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2024年10月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/57-1/
ネガティブなことでもポジティブな言い方をすることは可能だと思います。私が技術的な面で一番大事にしているのは怪我をしない滑りです。私自身、怪我のために一番の大きな目標を失いましたから。では怪我をしないためにどのように滑るか、どのような身体作りをするのか、そこは選手に対して最低限守るべきところだと考えています。スキーはスクワットポジションでいつでも動けるポジションやジャンプできるポジションをベースにしていますが、股関節をロックして捻転させると時としてパワーが強く出ます。そのやり方は腰や膝に負担がかかるのですが、それを良しとしている指導者もいます。その指導に対して選手が私に質問してきた時には「コーチの感覚ではなくてあなたの感覚がすべてだよ」と説明します。「そのやり方はダメだ」と言うのではなく、常に選手がどうしたいかをベースに伝えるようにしています。
ただ、そうした指導をするためには信頼関係が必要なのですが、これがかなり難しいです。私は女性の選手の滑りの特徴や身体を理解していますが、コーチのほとんどが男性です。私は女性の選手には女性同士として伝えるべきことを伝えますが、私の指導を受けるとコーチに悪いのではないかと気にする選手が多いのが実情です。
私は選手時代にメンタル面に興味を持ち、メンタルケアの資格を取りました。というのも、2014年のソチの前に怪我をして1年間休んだのですが、2016年のシーズンにイップスになり滑れなくなってしまったのです。ピッピッピッというスタート音があればスタートできるのですが、自分からスタートすることができなくなってしまって。コーチ、トレーナー、会社などの人間関係、自分のリザルト、そうした様々なことが原因になったのではないかと思いました。
そこで、メンタル面を改善するために、メンタルトレーナーにケアを受けるぐらいなら自分で資格を取ろう、資格を取れば自分の状況が理解できるのではないかと思い、勉強を始めました。感情の取り扱い方をはじめとして、とても勉強になりました。それ以前は、引退したらスキーなんて絶対にやらないと言っていたのですが、スキーの仕事に関わりたいと思えるようになりました。2017年にはナショナルチームのメンバーでなくてもワールドカップの資格を取れるような基準が設けられたので、それをクリアして世界選手権に出ることもできました。
私にとって一番効果があったのは、「感情はコントロールできない」ことを学んだことです。コントロールできるのは思考と行動であり、その時に抱く感情を抱えたまま、どんな行動をとるかが重要だと知りました。自分が非常に緊張している事実を理解した上でスタート台に立ち、あそこまでなら攻められる、あとは自分自身が勝手にやってくれると信じて臨むことができました。やれることが限られていることを理解して、あとはそれまで練習してきたことが勝手にやってくれるという考え方です。頭の中をできる限りシンプルにするということを徹底的にやりました。経験値は高かったので、自分のポテンシャルを信じることができました。ただ最後の最後、オリンピック選考で怪我をしてしまったのですよね。フィジカル面もメンタル面もクリアしたのに最後の最後は技術だったわけです。心技体ではなくて体心技ですね。
私は心の面から関われる唯一のコーチだと自負していますので、メンタルトレーニングを含めて、雪上トレーニングを指導しています。私は多角的にサポートできるコーチになりたかったのです。選手時代のコーチは皆さん良いコーチでしたが、全てを見られるわけではありません。自分自身、多角的に見られるコーチがいたらもっと上にいけたのにという気持ちもありました。
一方で、今はフィジカル面について、選手時代に指導を受けたトレーナーさんに学ばせてもらっています。スキーというのは、圧を入れる時は骨盤が前傾になってターンするのですが、結構それが難しいのです。例えば、ジェットコースターの一番前の席はコースターが上がっていき、一番高いところで一瞬止まります。落ちていくタイミングで身体が前傾にならず後傾になるとコースターだけ進んでしまう状態になります。そうした状態になってしまう選手は多いです。常に斜面に対して同じ角度で滑って欲しいのですが、後傾になって身体が取り残されてしまうのです。前傾にならない理由は骨盤のスイッチや腸腰筋のスイッチにあるといったマニアックなことを今、学んでいます。
この変革の時代に社会をリードできる人間ですね。でも目の前の目標に向かってひたすらやってきた、その努力が引退後に繋がっていないケースが多いです。あるセミナーでアスリートのキャリアは「山登り型」が多いと聞きましたが、今は「川下り型」なのではないかと思います。少しでも意識を「川下り型」にするように、ゴールに向けて幅を持たせてあげるような言葉で伝えることを意識していますが、団体スポーツと違って、個人スポーツは選手本人だけに責任がかかりますから難しさはあります。(後編に続く)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/57-3/
◎清澤恵美子さんプロフィール
元アルペンスキー選手
幼少期:1983年神奈川県横浜市出身。3歳からスキーを始める。
高校時代:単身で北海道にスキー留学
社会人:アルビレックス新潟チーム所属後
株式会社ドームに入社。社員所属選手(アンダーアーマー)
引退:34歳で引退。解説をはじめとしたスキーの魅力を伝える仕事を行う。
(Jsports、NHK、オリンピック、世界選手権、ワールドカップ、全日本選手権等)
現在:ジャストラビング理事、エイブル文化財団選考委員、POWアンバサダー、株式会社SEED取締役、5歳児の母
<選手時代経歴>
全日本選手権優勝3回、ワールドカップ出場44回、世界選手権2回出場
アジア大会優勝、ユニバーシアード3位、国際大会55勝
*ブログ