「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、早稲田大学相撲部監督の室伏渉さんにお話を伺いました。
今年創部105年を迎えた早稲田大学相撲部。今年11月の全国学生相撲選手権大会ではBクラス団体優勝、春の選抜大会の出場権を2年ぶりに獲得しました。相撲部OBである室伏さんはその長い伝統と向き合いながら、クラウドファンディングや動画配信など新たなことにも力を入れています。
部が存続の危機だった監督就任時の苦労、コロナ禍でのあまりにも辛い出来事を経て、早稲田相撲部を愛し、常に学生たちとコミュニケーションを取りながら前へ進む室伏渉さんのインタビューを3回にわたってご紹介します。
(2022年11月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/42-1/
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/42-2/
同じようなことをしている大学はもちろんあると思いますが少ないのではないかと思います。先にもお話ししたようにトップに君臨している強豪大学の相撲部の稽古に監督就任後、初めて参加させていただいたことがあるのですが、空気の張り詰め方が全く違い、トップになるということはやはりこういうことなのかと思いました。それはそれでもちろん勉強になり私自身も刺激を受けました。しかし、その当時の学生に対して私は「俺にはあの雰囲気はできないよ」と正直に言いました。ただトップに君臨する強豪大学の厳しさや雰囲気を肌で感じて知ってもらいたかったのです。トップになるためには何が必要かということを。
私は中学高校と相撲の名門であった明大中野に通っていましたが、母校の相撲部は道場に土俵が2面あり、その当時は大変な上下関係がありましたし、いつになったら終わるんだろうというほどの稽古の毎日でした。私は昔ながらの厳しい稽古と今現在の稽古の両方を知っているわけですが、そこで私が稽古をする際に昔の稽古を思い出し稽古方法を変え、私の軸がブレてしまったら学生の気持ちの軸もブレてしまいます。ですから周りが何と言おうと、今のこの指導方法や稽古方法を絶対に変えないからとその当時の学生に言いました。そして彼らも私の考えを受け入れ納得しました。
とにかく決められた時間内で全てを出し切りやり切ること。それが私の稽古に対する譲れない部分です。限られた時間の中で全部を出し切る。できることを最大限にやる。そして稽古後は自由。学生生活を満喫してもらいたいですし、そうした意味で私自身大学時代は本当に楽しかったです。色々なことをその当時の監督に自由にやらせてもらいました。社会に出る前の貴重な経験です。ですから今の学生たちにも同じように感じて経験してほしいのです。
学生たちには社会に出てから人生の勝利者になってほしいと常に言っています。普段の生活もそうですし、月並みかもしれませんが早稲田相撲部出身なのだと胸を張って言ってほしいですし、社会人としてしっかり生きていってほしいです。
実は一昨年、父を亡くしました。それも新型コロナで。こういった媒体で公にはしなかったのですが、現実を受け入れることが正直、私自身出来なかったのだと思います。一昨年8月、新型コロナ感染者数がピークの時に両親とも感染してしまい、母は助かったのですが父は病院に入って2週間であっという間に亡くなってしまいました。父は相撲部ではありませんが早稲田出身なのです。理工学部の建築科を出ていて一級建築士であり、仕事の先輩であり、私の一番の良き理解者でした。監督になると言ったら仕事を継ぐこと以上に喜んでくれていました。試合があると応援によく来てくれましたし地方大会にもよく応援に来てくれました。
そのことも含めて、一昨年、昨年と一番精神的に辛かったです。私もワクチンを打っていたのですが、父が亡くなってすぐに私も学生も感染してしまい、試合どころではなくなってしまったのです。一昨年のインカレ1ヶ月前に部内で感染したので全体練習がまともにできず、試合前2週間ぐらいでなんとか稽古をしましたがやはり残念な結果に終わりました。でもそんな大変な状況の中、私が感染中の時にも、卒業生たちがみんな交代で稽古に来てくれて練習を見てくれたり、試合に引率に行ってくれたりしたのは本当に嬉しかったですね。
さらに父と一緒にしていた仕事の引き継ぎもしなくてはならず、一昨年から昨年にかけては何度も言うようですが正直本当にきつかったです。いつもは相撲の稽古を見に行くことで学生から元気や気力をもらっていたのですが、コロナ騒動がなかなか落ち着かず、稽古にも満足に行けず、また指導することも中途半端になっている気がして、私が監督をこのまま続けるのは学生にとって良くないのではないかと悩んだりしてストレスで全身に蕁麻疹が出たりもしました。今でもあの時に、学生に対して満足に指導することが出来ず申し訳なかったと思っています。
その為、昨年は夏以降に少人数で学生との食事会も開きましたし、仕事も忙しかったのですが夏にコロナの影響でできなかった恒例のトレーニング合宿をやらなくてはと思い、3年ぶりに9月に2泊3日の短期間でやりました。そこで一気に学生たちとの距離が縮まったように感じました。学生もコロナ禍で苦しんでいましたし、私自身も辛かったのですが、Bクラス団体優勝や今年の春の選抜大会の出場権獲得という結果になったのは、そういったコミュニケーションの積み重ねが結果に結びついた気がします。学生たちと色々話をして考えていることがよくわかりましたし、彼らも私が考えていることをよく理解してくれたのだと思います。
いい意味で気楽に考えたほうがいいと思います。考え過ぎると思いが強くなりすぎてそれだけでも非常に疲れてしまいます。だからと言って真剣に考えなくていいというわけではありません。それでも強くしたい、上手くなってほしいという思いは変わらないと思います。競技が好きだから指導に行く、子供の成長を見るのが好きだから指導する、それが大事だと思います。また指導や競技に対する情熱は必要ですから、その辺りのメリハリでしょうか。やはり情熱を持ちながらも楽しんでやった方が気持ちが楽ですよね。ですから追い詰めて追い詰めてというのではなく、時には違う見方や角度で競技や指導方法を客観的に見てみようと思うことが大切なのではないでしょうか。
大学生が大学生ではないような、今の学生にはちょっと申し訳ないのですが、高校生の延長のような感じで、かつてよりも言動も行動も幼くなっていると私自身個人的に感じています。ですからこちらも無理に大人扱いしないようにする必要があると考えています。表現が良くないかもしれませんが、高校生の延長で大学1,2年を過ごし、3,4年生になって初めて大学生になったかなと接していて感じます。3,4年でようやく大学生になった学生たちが社会人になって卒業していくという、私自身のあくまでも個人的な感覚ですが…。社会に出る上で、最低限のことは学んでもらいたいですし、逆に競技はもちろん日常生活も含めて指導もしっかりすることが我々指導者の責任だと思っています。
特に一番必要なのはコミュニケーション能力だと考えているので、とにかく様々な人たちと交流させるように心がけています。例えばうちの相撲部にはサポーターズ倶楽部という相撲部を支援・応援する組織があり、相撲部OB以外の大学OBの方々や全く大学や相撲部とは関係のない会員さんが現在全国に約130人ぐらいいらっしゃいます。デーモン閣下ややくみつるさんに共同会長を務めていただいており、年間一口3000円で応援してもらっています。
倶楽部では年に2回ぐらい稽古見学会とちゃんこ会をやっているのですが、昨年3年ぶりに開催しました。そこで学生たちは全員皆さんに挨拶をして色々な話をしに行きます。それまで真剣な眼差しや厳しい顔で稽古していた学生たちが稽古後に笑顔でちゃんこを会員の方々に配りにいくと、みんなキュンキュンするらしいのです。身近な学生が挨拶をして土俵に上がり、激しい稽古をする。そして土俵を降りた瞬間のその変わり様がたまらないらしく、私は学生をアイドルに例えてA K B商法と呼んでいます(笑)。これも相撲部の強みですね。全く違う世界の人とのコミュニケーションは大切です。同じ早稲田でも相撲とは縁のないOB・OGの方々や全く相撲部とは関係のない方々が支援、応援してくれたり寄付してくれたりすることへの感謝の気持ちを伝えることもそうですし、就活や人生における先輩としての様々な相談にも乗っていただけるので学生にとって非常に貴重な時間になっています。
学生については、一人一人が志を持っていることでしょうか。相撲の競技力以外にも自分は将来こうなりたいという気持ちを強く持っています。志が高い低いということではなく、何についてもこうしたいという思いが強いと感じています。みなとても強い個性を持っており、それは誰にも真似できないことなので貴重です。ですから私も彼らの良いところを見て最大限に相撲はもちろんのこと、人間としても成長させたいと思うのです。
入試が年々厳しくなってきているので、附属高校との連携が取れれば一番良いと思っています。附属高校に相撲部ができれば大学で練習を見ることもできます。他には、幼い子供たちを指導する体育各部の早稲田クラブというものがあるのですが、相撲部はまだその余裕がなく参加できていません。ですが競技人口が減ってきているので、私が監督をいずれ後任に引き継いで時間ができたら、早稲田の道場でちびっ子相撲の稽古ができるようにしたいと考えています。そうした環境があれば早稲田相撲部を目指す子も出てくると思います。嬉しいことに、地方の今年小6になる子なのですが早稲田に行きたいと頑張っている子が現にいるのです。早稲田実業の小学校に入学が決まったのでいずれは大学で相撲がやりたいというOBの息子もいます。そうした底上げがしたいですね。全国に同じような思いを持つ子はいると思いますから、彼らにはいずれ早稲田の相撲部の良さを教えてあげたいと思います。
人との縁を繋いでくれるものです。土俵は「円」であり「縁」です。ですから私はここまで来られたのです。自分が監督になるなんて全く想像もしていませんでしたし、ここで生まれたご縁から、仕事をいただいたこともありますし、気が付けば相撲は切っても切れないものになっています。人生そのものですね。
指導をするということは、競技が好きであり、教えるのが好きということだと思いますが、好きだからこそ様々なことを相手に求める気持ちも出てくると思います。でもそれは自分の欲でもあると思うのです。私にもそれはもちろんあるわけですが、最も大切なのは、子供たちがどのように成長し、頑張ってもらいたいのか、将来どのような人生を送ってもらいたいのか、それを第一に考え、想像することではないでしょうか。そうすれば指導ももっと楽しくなり、気持ちも楽になるのではないでしょうか。子供たちが学校から卒業やクラブチームから巣立って活躍した姿を想像するだけで楽しみだと思いませんか?日本の未来を作るのは子供たちですし、彼らがどのように成長していくかは我々指導者がどのように教えていくかに掛かっており、大変おこがましいですが、その一翼をみなさんは担っているのだと思います。大変だと思いますが、情熱を持ちながら指導を楽しくやってもらいたい、そう願っています。(了)
(文:河崎美代子)
◎室伏渉(むろふしわたる)さんプロフィール
1972年 東京都中野区生まれ 50歳
1991年 明治大学付属中野中学・高校を卒業 若乃花が先輩、貴乃花と同期
相撲部に所属 中学団体日本一、高校総体団体日本一に貢献
1995年 早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業
相撲部に所属 3年より主将 第75代~76代主将
1998年 一般企業に就職するも指導者としての道を考え、母校の明大中野中学高校に事務として勤務
2005年 早稲田大学相撲部 コーチ就任
2007年 (株)ケンズアーキテクト 代表取締役 就任 (家業を承継するため独立)
2008年 (株)KGP JAPAN 代表取締役 就任 兼任
2012年 早稲田大学相撲部監督 就任
2017年 早稲田大学相撲部創部100周年
・東日本学生相撲選手権大会 団体Aクラス(9年ぶり復帰)
・東日本及び全国学生相撲個人体重別選手権大会135㎏未満級 優勝者輩出(早稲田史上初)
2019年 ・全国選抜大学相撲宇和島大会 団体Aクラスベスト8(早稲田史上初)
・全国選抜大学相撲宇佐大会 個人準優勝者輩出(早稲田史上初)
・全国学生相撲選手権大会 個人ベスト8輩出(30年ぶり)
・全日本相撲選手権大会(天皇杯) 個人ベスト16輩出(30年ぶり)
2019年 (株)ケンズコーポレーション 代表取締役 就任 3社兼任
2020年 ・全国学生相撲選手権大会 団体Aクラスベスト8(49年ぶり)
2021年 ・東日本及び全国学生相撲個人体重別選手権大会115㎏未満級 優勝者輩出(早稲田史上初)
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