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リレーインタビュー第38回 中村真理さん(後編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、2020東京オリンピックの際に日本ホッケー協会強化副本部長を務められていた中村真理さんにお話を伺いました。

近年注目を集めているホッケー女子日本代表チーム「さくらジャパン」。東京2020では残念ながら決勝トーナメントに進出することはできませんでしたが、今後一層の活躍、そしてホッケー人口の増加も期待されています。中村さんはホッケー選手を引退後、高校の教員としてホッケー部の指導をなさっていましたが、日本代表チームのコーチとして抜擢され、以後日本女子ホッケーの強化に携わってこられました。

実は、東京2020直前にさくらジャパンは大変な出来事に見舞われていました。厳しい状況をどのように切り抜けたか、そして時代は変わってもアスリートにとって何が大切か、中村真理さんのお話を3回にわたってご紹介します。

(2022年5月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/38-1/

中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/38-2/

▷ 選手たちにはスポーツを通じてどのような人間になって欲しいですか?

コロナ禍になって、スポーツの価値とは何なのだろうと考える時間がありました。こんな時にスポーツをしたり、オリンピックをしたり、そんなことを考えていいのだろうか。スポーツをやること自体が悪、といった空気がありました。でもスポーツでしか伝えられないこと、例えば、選手たちが一生懸命に頑張る姿、選手たちの諦めない気持ちや前に進む力といったものを目にすることで、皆さんに元気になっていただく、それがスポーツの価値なのではないかと思ったのです。ですから選手たちには、スポーツを通じて世の中を明るくしたり、希望を持ってもらったり、ひたむきに一つのことに一生懸命になっている姿を人々に届ける、そんな人になってもらいたいです。

「不易」と「流行」という言葉がありますが、私が高校で指導していた時代や、選手である自分が指導されていた時代から社会は大きく変化し、指導の方法も変わりました。昔は厳しく叱られても負けずに頑張るのが当たり前でしたが、それも時代とともにどんどん変わってきています。そうした変化は素晴らしいことで、今の指導者の方々も指導法を勉強し実践なさっていて立派だと思います。私たち指導者も変わっていかなければならない、変化に対応して成長しなければいけないということには共感できますし、そうあるべきだと思います。

とはいえ、いくら時代が変わっても、忘れてはいけない大切なことは残すべきだと私は思うのです。全て変えるのではなく、変えるべきところは変える、大切に守るべきことは守る。謙虚さ、素直さ、根気強さ、粘り強くやりぬく逞しさ、我慢する力、そうした日本人としての強みは残さなければならないと思います。約束をちゃんと守る、ルールを守る、人のことを考える、というのは当たり前のことなんですが、その当たり前のことをできているのが日本人の良さではないかと思います。人間性は言動やプレーに現れますからね。それこそが見る人に感動や応援したくなる気持ちを与えるのではないでしょうか。

▷ 指導者として、変えてはいけないことというのはどのようなことでしょうか。

今お話ししたようなこと、人間力の大切さは選手たちに伝え続けなければならないと思っています。スポーツ界にはいまだに勝利至上主義が存在していますが、私自身、選手だった時代はそのもとで指導を受けてきました。そのやり方で結果もある程度出せましたから、それが正しいと信じて指導者になり、若い頃はそうした指導をしていた時期もありました。これでよいのだろうかと違和感を感じることはありましたが、選手たちには人生の一時を担ってもらっているので、練習は厳しくても、人として大切なことは伝えなければいけないと思いながらやってきました。

大事なのはバランスだと思うのです。アスリートであれば勝ちたい、結果を出したい、そのためには当然苦しいことがあるのは当たり前という面はありますから、指導者はトレーニングで選手を必ず強くするという信念のもとで、まず、すべきことを理解してもらうために選手たちと十分なコミュニケーションを取る。その上で厳しさや辛さを求めることが必要です。選手の中には自分には無理だと言う選手もいると思いますが、一緒にやっていこうと思う選手であれば、少々の厳しさを求めても納得の上でついてきます。ただし指導する際に体罰を与えることは絶対にだめです。

▷ 女子代表チームがワンステップ上がるためには何が必要だと思いますか?

東京2020の後に新たなヘッドコーチが就任し、東京2020までの二人のヘッドコーチがやってきたこととはまた異なる戦術を選手たちに浸透させようとしています。ヘッドコーチが変われば戦術や戦略が変わるのは当然ですし、選手たちは非常に良く対応していると思います。ヘッドコーチが変わっても、ベースをしっかり押さえて取捨選択をし、いい部分を自分たちで取り入れて、選手自身でお互いにコミュニケーションを取りながら進んでいけるチームに成長していると感じています。

選手たちは様々な経験を積み、成長していると感じていますが、中には先ほどお話ししたような残すべきことの大切さを理解している選手もいれば、その点でまだまだ未熟な選手もいて、選手間で差があります。そうした選手たちにも根気強く粘り強く話をすることで時間はかかっても必ず伝わると思います。

東京オリンピックに向けて取り組んできたスキルや戦術力向上のためのトレーニング、強豪国との数多くの対戦機会など強化の方向性は間違ってなかったと思っています。トレーニングを積み重ね更に競技力を向上させ、それとともに人間力を磨き、もう一段階レベルアップしたチームに成長を遂げてほしいと願っています。まだまだ伸び代はあります。今後が楽しみですね。

▷ 中村さんご自身は今後に関してどのようなビジョンをお持ちですか?

実は、東京2020が終わったらホッケーから離れたいと思っていました。あまりにも色々なことがあり過ぎて…。ですが時間が経ち、自分の気持ちを整理していく中で、ホッケーの魅力や価値、スポーツそのものの価値といったものを今後も発信していきたいという気持ちが出てきました。具体的にはまだ決まっていませんが、ホッケーだけでなくスポーツの価値を発信する活動はしていきたいです。

私がずっと代表チームに関わっているのは、ビジョンやミッション、バリューといったものが必要だと感じ、それこそが大切なことだと思ったからです。2008年の北京オリンピックの時、私は高校の教員を休職して代表チームのコーチをしていました。その時、ホッケー以外の競技の方々と知り合えたことは私にとって非常に大きな経験でした。オリンピックが終わったら高校に戻るつもりだったのですが、色々な競技の方々との繋がりを持ち続けることはホッケー協会にとってもプラスであると思ったのです。そのためには、その場に自分の身を置かなければならないので、一旦高校に戻り、4年間教員に専念した後にやめるという決断をしました。教員と代表コーチの両立は時間的にも難しかったですからね。今後も色々なつながりの中で、多くの情報やお話をいただく機会を大切にしていきたいと思っています。

▷ 指導者の皆さんにメッセージをお願いします。

時代がいくら変わり社会が大きく変わっても、変わることなく大切にすべきことは何なのかということをしっかりと見極め、それを選手たちに伝えていける指導者であって欲しいと思いますし、私自身もそういう指導者になりたいと思っています。(了)

(文:河崎美代子)

◎中村真理さんプロフィール

1963年生まれ  富山県出身

【資格】

日本スポーツ協会公認コーチ(ホッケー上級コーチ(コーチ4))

ナショナルコーチアカデミー修了

中学・高等学校保健体育教員免許

茶道 裏千家 講師資格

ヨガインストラクター資格

【主な選手歴】

*1980年〜1987年 女子ホッケー日本代表選手

1981年 第4回ワールドカップ(アルゼンチン・ブエノスアイレス)  第7位

1982年 第1回アジアカップ (韓国・ソウル)           第2位

1986年 第10回アジア競技大会(韓国・ソウル)           第2位

【主な指導歴】

*2005年〜2008年 女子ホッケー日本代表チーム コーチ

2006年 第11回ワールドカップ(スペイン・マドリッド)       第5位

2006年 第15回アジア競技大会(カタール・ドーハ)         第2位

2008年 第29回オリンピック競技大会(中国・北京) 【コーチ】   第10位

*2015年〜2021年 強化副本部長

2016 第31回リオデジャネイロオリンピック競技大会 【総務】    第10位

2018 第14回ワールドカップ(イギリス・ロンドン)         第13位 

第18回アジア競技大会(インドネシア・ジャカルタ)【チームリーダー】 優勝

2021 第32回東京オリンピック競技大会【チームリーダー】      第11位

【関連サイト】

日本ホッケー協会