「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、JOCバレーボール専任コーチングディレクター 三枝大地さんにお話を伺いました。
バレーボール選手として練習に勤しんだものの、試合に勝てなかった中学、高校時代。それでも人一倍の熱意で東海大学バレーボール部への入部を許され、4年生の時にはマネージャーを務めました。その後、青年海外協力隊のサポートとしてアフリカのニジェール、隊員としてチリのアウストラル大学でバレーボールを指導するという貴重な経験を経て、U-20、U-23女子日本代表チームのコーチ、U18女子日本代表チーム監督を務めてきました。
海外での経験やコートの中では得られなかった気づきに真摯に向き合い、貪欲に学び、伝え続ける三枝さんのお話を前・中・後編の3回にわたってご紹介します。
(2021年6月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/30-1/
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/30-2/
それは漫画で学んだことがきっかけかもしれません。「キャプテン翼」というサッカー漫画に岬くんという選手が出てきますが、彼のある一言が心に残っているのです。「やらずに悔やむよりやって悔やむ」。その通りだなと思いました。やらなかったら一生取り返しのつかない後悔が残るが、やってうまくいかなくてもそこには学びが残る。それを悔やむか悔やまないかという答えは一歩進んだ先にある。その言葉を、何かあった時の決断のポイントとしてずっと持っています。行きたいところにたどり着けるかどうかという時に、待っていてはたどり着けない。だったらやるしかない。一択なのです。にも関わらず、多くの人が何もしない方を選んでしまう。やりたいと思うのなら選択肢は一つしかないのです。そこには学びが必ずあります。私の決断の基準はそこにあります。
結果とは何か、ということでしょうか。選手と向き合うのは一緒に過ごす時間だけではありません。目の前で一緒にバレーボールをする瞬間が終わったとしても、その後に更に成長していく、花開いていく選手たちの人生をどうサポートできるか。バレーが上手くなった。でもそれだけではありません。人生のターニングポイントになるような考え方や取り組み方、それがあるからバレーの成果も変わる、そんな気づきや学びを届けられたらと思っています。それが早ければ早いほど選手たちの成長のスピードは変わっていくはずです。
例えば、元々95という力のチームが100になるのと、50という力のチームが同じ期間で95になるのを比べたら、その瞬間の試合結果では100のチームが勝つでしょう。その時、世の中は100のチームはすごいと言うでしょうが、成長の度合いで言ったら、50が95になった方が大きいわけです。もし試合のタイミングが一年後なら結果は全く違うかもしれません。試合結果というのはその瞬間でしかない。運もタイミングもあります。もっと長いスパンで考えながら、けれどより早い時期に、自分で自分を高めることができる選手になれるきっかけをつかんでもらえたらと考えています。そのような事を伝えながら、私も選手たちと一緒に成長していきたいと思っています。
選手たちは、レベルは違ってもそこまで積み上げてきた経験、プライドを持っています。指導するということは今のレベルの上にさらに積み上げていくことになりますので、既に積んであるものの上に積むことになります。ところが、一段も積んでないところに新たなものを積むのは簡単にできます。発想の転換で、バレーボールをストレートに伝えるだけでなく、別のものに置き換えた体験を創り出し、低い位置にたくさん積んでおいて、実は積んだものがそっくりそのままバレーボールに生きるという形での学びの体験も増やしています。プライドやチーム内でのパワーバランスが成長の抑制になってしまっては勿体ないので、今まで積み上げたものではなく、バレーボール以外のもので、あえてゼロから始めることで、ハードルなく仲間とのコミュニケーションや考え方の変化が生まれやすいように取り組んだりもしています。
例えばですが、チームビルディングの面からは、ボードゲームなども使っています。ボードゲームなどですと、ほとんど皆素人ですので、スタートでの上手下手がないのです。ですから、皆その瞬間が学びの瞬間で、失敗したらどうしようと考える前にどんどんチャレンジしていけるのですよね。
「泥棒と警察」ゲームの場合は、泥棒が攻撃側、警察が守備側になります。泥棒が警察の包囲網をかい潜って逃げることと、バレーボールでいう相手のブロッカーに捕まらずにどうやって攻撃を決めるのかということは、ツールが異なるだけでやっていることはほとんど同じなのです。だからこそ、ボードゲームをやるだけで必要なコミュニケーションが促進されていくのです。
そしてゲームの後には、ただ終えるのではなく、「今日はボードゲームをやったけどコートで起きていることはこういうことなんだよ」と話すと、選手たちはゲームでやったことをバレーボールに置き換えることができます。世の中で起きていることも「実際はこうなんだよ」と具体的な例で体感してもらった上で頭でも理解してもらう、それを積み重ねていきます。
スポーツで会得したことを社会に生かせない選手が多いのは実にもったいないことですが、そもそも社会の中のスポーツの中のバレーボールであるという認識がないことが多いのかもしれません。
以前からはかなり変わってきましたが、多くの選手は社会という枠組みの中の一部であるバレーボールでの活動ではなく、バレーボールという枠組みの中だけで留まってしまい、本当はバレーボール以外のどこででも活躍できるのに、バレーボールが一番上にありすぎて、何ができるかが見えていない、それしかできないと思ってしまっているのは大変勿体ないですね。
バレーボールがそこまでできる、何かを突き詰めて継続できるということは圧倒的にすごいことなのに、社会が進んでいる方向や距離と自分たちはちょっとずれている、そんな認識なのですね。
彼らは世の中のスタートラインとは違うところでバレーボールに時間を割いてきたので、そう感じているのかもしれません。確かにスタートは一般の方々よりも遅れているかもしれませんが、何事に対しても発揮できる瞬発力やポテンシャルなどは非常に優れています。ですから遅れていても構わない、そこから走ればいいじゃないかと思うのです。そのことを選手が理解できれば、今以上に更に前に進めるようになります。そうしたことを私たち指導者が選手たちに気づいてもらうきっかけを作ることも大切なのではないでしょうか。スポーツにおける自己肯定感は高いのに、社会に出てからは非常に低い。これがスポーツにおける課題になってしまってはもったいないです。強みなのに弱みとして認識されている部分を変えなければいけないと思います。
選手と一緒に作っていくという感じでしょうか。選手にもそこを理解してもらわないとこちらの独りよがりになってしまいますが、ある期間の限られた時間、限られたメンバーで達成できることが決まっていても、その先に何があるかをわかった上で今練習するのと、辿り着いた時に新たな壁ができてしまうというのでは違います。選手に見えているものも様々ですから、一緒に考えながら「この時にこのことを達成できたらどうなる?」と投げかけ、それを実感しながら明確にイメージするということをやっています。例えば、「優勝した翌日の新聞にはどんな風に載る?」というふうに具体例を挙げるとイメージしやすく、腑に落ちるというわけです。
選手たちには、今は通過点であると伝えています。武道の世界では80歳の人が20歳の人に圧勝することがあります。筋力では叶わなくても経験や感覚、深みで圧倒的な差を作るのです。でもスポーツのピークは若い時にあります。その差は何なのでしょうか。ルールの違いもあるのでしょうけど、本質的なところを追求したら、ピークが30歳と思い込んでいるだけなのかもしれません。もしかしたら死ぬ時が最強と設定することもできるわけです。その設定の仕方もポイントなのではと考えています。見えないものを見せるのも指導者の役目ではないでしょうか。
私は今バレーボールの世界にいますが、バレーボール至上という気持ちは全くありません。選手の成長はどの競技でも、一人の人間である以上、成長の過程は同じです。様々な体の動かし方を経験することで、選手の将来の可能性は広がります。ですから、指導者の視野が狭いせいで、選手の視野が狭くなるようなことは最も避けるべきことだと思います。
指導者が学び続け、視野を広げていけば、選手たちの可能性はさらに広がります。競技を越えてのつながり、競技も飛び越えた世の中とのつながりも必要ですし、国境も何も越えてしまえば、必ず学びが生きてきます。そんな仲間がどんどん増え、さらに学び合いの場で一緒に高め合っていく機会が増えていけば嬉しいですし、ありがたいです。選手たちに伝えながらも、指導者の見えないリミッターを壊していけるスポーツ界、社会を作っていきたいと思っています。今、量子力学なども勉強しているのですが、人は目の前の環境に囚われてしまいがちなので、一歩も二歩も下がって見る、視野を高める、視座を変えることが必要です。今いる場所の外に出ることを当たり前にできる存在でありたい。常に自分自身との葛藤です。
私は現状として、スポーツが世の中から遅れをとっているように感じられている気がしているのですが、それは今という時代、脳が優先だからなのだと思います。脳が先行し身体が後となっています。しかし、人間の最大のパフォーマンスを出すのは、感覚、感情、思考という順番で身体を使う時なのです。それをやっているのがスポーツ選手です。彼らこそ、社会を引っ張っていく存在になりうると思っています。(了)
(文:河崎美代子)
◎三枝大地さんプロフィール
プロバレーボール指導者
JOCバレーボール専任コーチングディレクター
1980年 兵庫県出身
中学時代は市内4校中4位の補欠、0勝。
高校時代も県大会出場はなし。
東海大学ではマネージャーを経験。
その後、青年海外協力隊でチリへ。大学などでチームを指導、監督を経験。
また女子U20ならびに女子U23のコーチを歴任し、
女子U18(ユース)日本代表チームでは監督として
U17アジア選手権優勝(2014、2017、2018)、
U18世界選手権9位(2015)、5位(2017、2019)、
コルナッキアワールドカップ優勝(2019)など輝かしい成績を誇る。
現在は味の素ナショナルトレーニングセンターに勤務。