「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、2020東京オリンピックの際に日本ホッケー協会強化副本部長を務められていた中村真理さんにお話を伺いました。
近年注目を集めているホッケー女子日本代表チーム「さくらジャパン」。東京2020では残念ながら決勝トーナメントに進出することはできませんでしたが、今後一層の活躍、そしてホッケー人口の増加も期待されています。中村さんはホッケー選手を引退後、高校の教員としてホッケー部の指導をなさっていましたが、日本代表チームのコーチとして抜擢され、以後日本女子ホッケーの強化に携わってこられました。
実は、東京2020直前にさくらジャパンは大変な出来事に見舞われていました。厳しい状況をどのように切り抜けたか、そして時代は変わってもアスリートにとって何が大切か、中村真理さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2022年5月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/38-1/
強化委員会では東京2020まで半年しかない中で、これまでずっとファリー氏とやってきたアシスタントコーチが彼の戦術を引き継ぎ、そのままオリンピックに臨むことで良いのではないか、または日本人で公募するという話もしていたのですが、結局、協会は新たな外国人ヘッドコーチを探すことを決めました。
新たなヘッドコーチとしてチャビ・アルナウ氏が決まったのが2020年12月でした。1月初旬には来日することになっていたのですが、12月末にコロナの新たな変異株が出て海外からの入国は一切禁止になったため、来日は3月末まで延びてしまいました。オリンピックまであと4ヶ月のタイミングです。できる限りこれまでの戦術を踏襲してチーム作りをする予定でしたが、ヘッドコーチが変われば彼のやり方でやるしかないということになり、戦術が大きく変わりました。アルナウ氏はスペイン人で、オーストラリアとヨーロッパのホッケーのスタイルは全く違うのです。当然、選手たちは非常に迷いました。不安もありました。ですがオリンピックの代表選考が近づいていましたから、選手たちには「その戦術でやるしかない。それでやらないと選ばれない可能性がある」という心理が働いたと思います。選手にとっては非常に大きな出来事でした。
私たちが聞いているのは家族とのことです。本来は2020年8月に東京2020が終わり、ファリー氏は10月にオーストラリアに帰って家族と過ごす予定で、新しい家も建てていたそうです。彼のお父さんも近くに呼んで面倒を見ると言っていました。彼が奥さんとお子さんをとても大切にしていることはよく知っていましたので、奥さんとも十分話した末でそういう決断をせざるを得なかったのだろうと思います。他の理由ならまだしも、そういう理由であれば、いくら説得しても無理だと彼の性格や考え方をよく知っているスタッフは分かっていました。ですから彼の決断を尊重しなければいけないと覚悟していました。しかし、何としても残留して欲しいという協会の意向もあり、説得を試みましたが彼の意思が変わることはありませんでした。
今から思っても信じられないことでした。万が一そんな状況になったとしても、オリンピックでいかに結果を出すか、選手たちが不安なく戦いを迎えるためには何がベストだったのかをもっと考えて行動すべきでした。それができなかったのは悔やまれます。
結局、新しいヘッドコーチの考えと戦術を踏襲して、短期間でしたが選手に浸透させてオリンピックを戦うという形で進んでいきました。うまくはいきませんでしたが、選手たちはよくやったと思います。最後の試合以外は1点差の試合でしたし、間違いなく、どの国とやっても僅差になる、どちらが勝ってもおかしくない力は備わっていたと思います。僅差の試合で負けたのは、やはり今回の騒動が少なからずも影響したことは否めないと思います。
選手個々のスキルはこの3、4年でだいぶレベルアップしましたし、選手たちの戦術の理解度、共通認識、そのための方法などはファリー氏が選手たちに徹底的に教えました。また分析のトレーニングもかなりしてくれていましたから、自分たちで映像を観て、その中で相手の攻撃と守備、自分たちの攻撃と守備を客観的に分析する力が備わり、今でもチームに浸透しています。彼はチーム文化を創り上げてくれたと思っています。このことは今後もずっと継承していけると思います。
そういう意味では、オリンピックではなかなか思うような結果が出せませんでしたし、思うようなゲーム展開もできませんでしたが、個人の技術や、戦術を見極めて分析する能力が備わりましたから、この時期に蓄積された部分が現れてくるのはこれからなのではないかと思います。ですから今年7月のワールドカップ、その後に予定されていたアジア大会は延期になりましたが、これからの国際試合で、1点差をひっくり返すような結果を出せるチームになっていくのではないかと思っています。
ホッケーに特化するのではなくスポーツ全体を通じての人間形成という点でお話しさせていただきたいと思います。私自身、元々は高校の教員としてその学校のホッケー部を見ていましたし、代表チームにかかわってコーチをしていた時期もあり、長く指導者をやってきたわけですが、私が指導者として大事にしていたのは、選手たちが選手として輝ける時期は限られている、代表と言ってもせいぜい10年、そうした選手たちの大切なひとときを預かっているのが指導者であるという意識を忘れてはいけないということでした。もちろん選手が上手くなるように、試合に勝てるように、勝つための戦術やスキルを身に付けさせたいと思いますが、それ以前に、選手は選手である前に一人の人間です。選手の時期が終われば一人の人間として生きていかなければならず、その時間の方が圧倒的に長いですから、一人の人間としての成長を促せるような指導者でありたいと思ってやってきました。
高校で指導していたときは相当厳しくやっていました。礼儀やマナーといった面では特に厳しく接していましたね。間違いなく怖がられていたと思います(笑)。今から思えば、指導者として未熟だったなぁと反省してます。
それでも、卒業した後に、今でもそうなんですが教え子たちが連絡をくれて一緒に食事に行ったり飲みに行くこともあります。何かあれば頼ってくれる、それはすごく嬉しいですね。(後編に続く)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/38-3/
◎中村真理さんプロフィール
1963年生まれ 富山県出身
【資格】
日本スポーツ協会公認コーチ(ホッケー上級コーチ(コーチ4))
ナショナルコーチアカデミー修了
中学・高等学校保健体育教員免許
茶道 裏千家 講師資格
ヨガインストラクター資格
【主な選手歴】
*1980年〜1987年 女子ホッケー日本代表選手
1981年 第4回ワールドカップ(アルゼンチン・ブエノスアイレス) 第7位
1982年 第1回アジアカップ (韓国・ソウル) 第2位
1986年 第10回アジア競技大会(韓国・ソウル) 第2位
【主な指導歴】
*2005年〜2008年 女子ホッケー日本代表チーム コーチ
2006年 第11回ワールドカップ(スペイン・マドリッド) 第5位
2006年 第15回アジア競技大会(カタール・ドーハ) 第2位
2008年 第29回オリンピック競技大会(中国・北京) 【コーチ】 第10位
*2015年〜2021年 強化副本部長
2016 第31回リオデジャネイロオリンピック競技大会 【総務】 第10位
2018 第14回ワールドカップ(イギリス・ロンドン) 第13位
第18回アジア競技大会(インドネシア・ジャカルタ)【チームリーダー】 優勝
2021 第32回東京オリンピック競技大会【チームリーダー】 第11位
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