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リレーインタビュー第38回 中村真理さん(前編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、2020東京オリンピックの際に日本ホッケー協会強化副本部長を務められていた中村真理さんにお話を伺いました。

近年注目を集めているホッケー女子日本代表チーム「さくらジャパン」。東京2020では残念ながら決勝トーナメントに進出することはできませんでしたが、今後一層の活躍、そしてホッケー人口の増加も期待されています。中村さんはホッケー選手を引退後、高校の教員としてホッケー部の指導をなさっていましたが、日本代表チームのコーチとして抜擢され、以後日本女子ホッケーの強化に携わってこられました。

実は、東京2020直前にさくらジャパンは大変な出来事に見舞われていました。厳しい状況をどのように切り抜けたか、そして時代は変わってもアスリートにとって何が大切か、中村真理さんのお話を3回にわたってご紹介します。

(2022年5月 インタビュアー:松場俊夫)

▷ 東京2020での役割はどのようなところから着手なさったのでしょうか。

東京2020が終わるまで女子日本代表強化本部で強化副本部長を務めていました。2016年のリオデジャネイロオリンピックでも同じような立場で関わっており、4大会連続でオリンピック出場権を獲得したという点では大きな成果はあったのですが、残念ながら結果は出ませんでした。次は東京だということで、東京2020に向けて、協会として外国人のヘッドコーチを採用するという方針が示されました。面接などをした上で、日本の戦術や人間性も含めて選ばれたのがオーストラリアのアンソニー・ファリー氏で、彼が選ばれた一番の理由は選手選考にしがらみがないということでした。公募をした時、40名近くの名前が上がりましたが、それほど多くの方が手を上げてくれるとは思ってもいませんでした。

アンソニー・ファリー氏の採用が決まり、初めて日本に来た時に彼は「非常にポテンシャルの高い選手が揃っている。東京では金メダルを目指したい」と言いました。そんなに評価してくれているのかと驚いたのですが、そのために必要なのは「強豪国との試合を数多くやること」、そして「ゲーム分析を徹底的にやる」ことでした。分析のために、彼が信頼している海外のアナリストを使いたいという要望があり、同時に選手たちがいつでも自由に分析できるように、多くの分析ソフトを導入しました。選手たちにも分析の方法を教え、選手自らが分析を行い、それをチームミーティングでプレゼンテーションさせるなど、これまでになかった取組でした。

ヘッドコーチが金メダルを本気で目指すために絶対に必要だと言ったことをできる限り実現させる、それが私の仕事でした。ソフトを使うためにPCが何台も必要でしたし、海外の国と多くのテストマッチをやるにも非常に費用がかかります。その資金調達をどうするか。といっても限られた額しかありませんし、多くのスポンサーがついているわけでもありませんから、限られた資金をどれだけ有効に活用するか、私が工夫をしたのはそこでした。ヘッドコーチがこれがしたい、あれが必要だといくら言ってきても、これはできるけれど、これはできないといった話をよくしました。意見は何度もぶつかりましたが、どういうプライオリティで行くか、話し合いの中でお互いが分かり合えるところで納得して、ということを繰り返しました。

もう一つ私が非常に力を入れたのは、専門的なスタッフを充実させることでした。分析スタッフはヘッドコーチの要望で海外から集めましたが、それ以外は日本人で固めるしかなかったので、ヘッドコーチが信頼できるスタッフ、チーム全体でも信頼できるスタッフ、とにかく信頼関係を持って一緒に仕事できるスタッフをいかに集めるかということに注力しました。そこには費用もかけました。アシスタントコーチ、フィジカルコーチ、トレーナー、栄養、心理、そういったプロフェッショナルなスタッフをいかに集めるか。集めるだけではなく、その人の能力や人間性、チームにとってプラスになるかどうかも大切でしたので、入っていただく前にはリサーチもかなりしました。お陰で、信頼できる素晴らしいスタッフを集められたと思っています。

▷ それ以外に大変なことはありましたか?

ファリーヘッドコーチが来日したのは2017年の5月でした。彼がやりたいことや譲れないことにどの程度の費用を準備するかといった大変さはありましたが、間違いなく、チームは成長していると感じられました。強豪国と試合をしても結果はついてきましたし、何よりも選手たちが自信に満ちた顔つきに変わっていきました。ホッケーの強豪国はオランダやドイツ、アルゼンチン、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスですが、そうした国のチームと公式試合以外に試合をする機会はそれまであまりありませんでした。相手にされていなかったというのが正直なところで、以前は練習マッチをしたいと言っても断られていた国々と頻繁にできるようになったわけです。国の名前を聞いただけで怯んでしまい、相手にならない、勝てない、そんな意識から、私たちでも対等にできるという意識に変わっていきました。金銭面での苦労、ヘッドコーチと折り合いをつけるのに時間がかかることもありましたが、チームがどんどん変わっていく実感はありました。ですから大変だとはあまり思いませんでしたし、それは当然のことだと捉えていました。

実は、東京2020を迎えるまでに一番大変だったのはその後です。徐々にチームが変わって行きましたし、競技力の向上も確認できて、2018年にはアジア大会での初優勝という結果もついてきました。このまま順調にチーム強化を続けていけば、金メダルも夢ではない、手が届くところにある、全員で取りに行くんだという気持ちで進んでいました。そんな矢先、2020年3月、東京2020の1年延期が決定しました。東京で強化合宿をしていた最中にそのニュースが入ってきたのですが、それは選手にとってもスタッフにとっても大きなショックでした。ただそれは仕方がないことでしたから、気持ちを切り替えて、1年延期になったことでもっと伸ばせる部分もあるだろう、このままやっていこうと思っていました。ファリーヘッドコーチは家族で東京に来ていたのですが、家族はオーストラリアに帰し、単身で東京2020が終わるまでは続けると言っていました。ところが10月になって突然、退任すると言い出したのです。本当に驚きました。私たちスタッフにとってあまりにも衝撃的な出来事でした。選手は彼のためにメダルをとると言うほど彼を信頼していましたし、彼のことが大好きでした。それが突然退任するということになり、いくら説得しても彼自身の気持ちが変わることはありませんでした。(中編に続く)

(文:河崎美代子)

中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/38-2/

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/38-3/

◎中村真理さんプロフィール

1963年生まれ  富山県出身

【資格】

日本スポーツ協会公認コーチ(ホッケー上級コーチ(コーチ4))

ナショナルコーチアカデミー修了

中学・高等学校保健体育教員免許

茶道 裏千家 講師資格

ヨガインストラクター資格

【主な選手歴】

*1980年〜1987年 女子ホッケー日本代表選手

1981年 第4回ワールドカップ(アルゼンチン・ブエノスアイレス)  第7位

1982年 第1回アジアカップ (韓国・ソウル)           第2位

1986年 第10回アジア競技大会(韓国・ソウル)           第2位

【主な指導歴】

*2005年〜2008年 女子ホッケー日本代表チーム コーチ

2006年 第11回ワールドカップ(スペイン・マドリッド)       第5位

2006年 第15回アジア競技大会(カタール・ドーハ)         第2位

2008年 第29回オリンピック競技大会(中国・北京) 【コーチ】   第10位

*2015年〜2021年 強化副本部長

2016 第31回リオデジャネイロオリンピック競技大会 【総務】    第10位

2018 第14回ワールドカップ(イギリス・ロンドン)         第13位 

第18回アジア競技大会(インドネシア・ジャカルタ)【チームリーダー】 優勝

2021 第32回東京オリンピック競技大会【チームリーダー】      第11位

【関連サイト】

日本ホッケー協会