「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々にご自身の経験やお考えなどを伺い、次の指導者の方にバトンをつないでいきます。
宇津木妙子さんからバトンを継いだのは、ご存じ「岡ちゃん」こと岡田武史さんです。
サッカーワールドカップでは初の本戦出場に日本代表を導き、今は現場を離れ、経営者として四国リーグ所属のFC今治を率いていらっしゃいます。
指導者として開眼したドイツでの経験、「岡田スタイル」の真実、そして、悩みぬいた末に見えてくるものとは?今こそ知りたい岡田武史さんのお話を前・中・後編の3回にわたってご紹介していきます。
(2015年7月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
リレーインタビュー 第2回 岡田武史さん(前編)
勉強すること、学ぶ力が自分の強みかもしれません。年下でも誰でも面白いと思ったら「教えてくれ」とすぐに電話します。平気で教えを乞うことができます。恥ずかしいとは思いません。そうなると相手も出し渋りできませんしね。
それはなぜかと言えば、いまだかつて満足したことがないからだと思います。もう自分の限界かもしれない、くらいのことをいつも思っています。自分の物足りなさはすごく感じますし、新しいものに興味があるという性格もありますが、満たされていないという感覚があるのです。常に追い求めているのはパーフェクトですから。
僕にとってのパーフェクトはワールドカップで優勝すること、世界一になることです。1998年、41歳の時、最初のワールドカップ(フランス大会)で初めて監督を務めましたが、本当に苦しい思いをして本戦に出て、あれだけがんばったのに一勝もできませんでした。試合が終わっても大会に残れる契約になっていましたから、その後の試合を決勝戦まで観たのですが、開催国のフランスが優勝したでしょ。イタリア人の友人と「これは大変なことになるぞ!」と言っていたらその通りになりました。スタジアムを後にしてタクシーに乗ったらシャンゼリゼを車が全く通れない。10分間で10万人も集まったんですよ。これはすごいと思いました。自分もアジアで優勝したことは何度もありますが、世界一はまるで違います。だからいつかなりたいと思いました。それがずっと残っているのです。あれだけの人を熱狂させ、内容としてもパーフェクトなサッカーがしたい。遠すぎますけどそう思っています。
ちょっと怪しいと思われるかもしれませんが、「この試合は勝つ」とわかる時があります。例えば、横浜F・マリノスの監督をしていた時、浦和レッズ戦で(※2004年のサントリーチャンピオンシップ)一人少なくて、押されまくっている大ピンチの状況なのに「多分優勝するぞ」と。コーチはきょとんとしている。自分ではよく覚えていないのですが、そういう時には優勝するって信じ込んでいるんですよ。だから、延長になった時、細かい指示は何もせずに、「延長Vゴールは劇的でかっこいいぞ」と選手を送り出し、結局PK戦になった時も「最後に決めた奴はヒーローになれるぞ」と言ったそうで、選手は驚いたようです。
実は前段がありまして、この時の浦和レッズは調子が良く、何度ビデオを観ても勝ち目はありませんでした。二試合のうち、一戦目は0-0の引き分け、二戦目は勝ち逃げだ、くらいに思っていました。でも御殿場でミニキャンプをやったら、みんなが笑顔でそれまで経験したことがないぐらいいいキャンプになって、一戦目、勝ってしまった。
ワールドカップ南アフリカ大会のカメルーン戦の前もそうでした。勝てないと言われていたみたいですが、間違いなくいい試合をすると思っていました。スタジアムに入った時「あれ?ここは僕がコントロールしている」と感じたのですよ。これは勝つなと思いました。そこで、二戦目も「よし!」とグラウンドに入ったのですが全然うまくいかない。自分でやろうと思ってはダメなのですね。
僕は必ずロッカールームで瞑想するのですが、一戦目でできたことが二戦目はできない。ユングの集合的無意識とか、ガルウェイのインナーテニスとかありますが、本当は正解を知っているのに邪念が邪魔している、そういう世界もあるのかもしれません。
つまり、決断というのは、どちらを決めるかではなく、自分がどういう状態で決めるかが問題なのです。どうしようかなとあれこれ考えると大体ダメです。座禅で言う「とらわれのない状態」になれると、その時の決断はほとんどはずれていません。
もちろん、そこに至るまでは悩みますし、ギリギリまでものすごく考えますよ。ビデオを何度も観ますし、僕の決断は遅いです。ですから代表監督の時は毎日3時間ぐらいしか寝ません。全然大丈夫なのですが、部屋に電気がついているとコーチが心配して「早く寝てほしい」と、ワインを持ってやって来ます。飲むとすぐに寝ちゃうのですが、すぐに起きちゃう。もうタイムリミットだ!という、どうしようもないところまで追い込まれないと、「とらわれのない状態」にはなれません。
同じような選手がいても面白くないですから、平均的、個性的、いろいろな素材がある方が料理する楽しみがあります。平均点80点の11人での80点の試合よりも、いろいろな点数の選手の80点の試合の方が面白いです。僕は結構個性を受け入れられる方ですから、癖のある選手でも平気です。
理想のチームについては、いわゆる「生物的組織」が最強の組織なのではないかと思います。生物学者の福岡伸一先生によると「今日の僕と明日の僕の身体は違う、古い細胞が死んで、新しい細胞に入れ替わっている、それでも同じ形を作っている、そこで脳は命令していない、細胞同士が折り合いをなして同じような形を作っている」わけです。
脳である監督のビジョンや方向性はないと困りますが、選手にいちいち命令しなくてもいい、選手たちが折り合いをなしていく組織がいいのです。だって、監督の「勝ちたい」と選手の「勝ちたい」は違うでしょう。社長と従業員もそうですが、自分でやって自分で責任を取る覚悟とモチベーションがあれば強いですよ。南アフリカ大会のチームが一番それに近いですね。メディアなどがガンと叩いてくれたおかげで選手たちが一つのまとまりになって弾けたという感覚でしょうか。フローという言葉がありますが、それに近い状態だったように思います。
ただ、それを作るのはなかなか難しいです。日本人は自分も含めてコンプレックスを持っていますから。まず仮想敵を作る。すると、ガッと一つにまとまってすごく強くなる。そういう手法をとりましたよ。敵がどこかは言えませんが。 (後編につづく)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
リレーインタビュー 第2回 岡田武史さん(後編)
大阪府立天王寺高等学校、早稲田大学でサッカー部に所属。
同大学卒業後、古河電気工業に入社しサッカー日本代表に選出。
引退後は、クラブサッカーチームコーチを務め、
1997年に日本代表監督となり史上初のW杯本選出場を実現。
その後、Jリーグでのチーム監督を経て、2007年から再び日本代表監督を務め、
10年のW杯南アフリカ大会でチームをベスト16に導く。
中国サッカー・スーパーリーグ、杭州緑城の監督を経て、
14年11月四国リーグFC今治のオーナーに就任。
日本サッカー界の「育成改革」、そして「地方創生」に情熱を注いでいる。
*座右の銘
人間万事塞翁が馬