「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、鹿児島県鹿児島市のNPO法人SCCで理事長を務める太田敬介さんにお話を伺いました。
太田さんは、前回ご登場頂いた宮崎博史さんが監督をされていた城山観光陸上部の短距離選手でした。20年前の春、突然の休部を機に、多世代の方々がスポーツを楽しめる陸上教室を設立。現在は800人に及ぶ会員を抱える総合型地域スポーツクラブに成長しました。2013年には文部科学省生涯スポーツ功労者に表彰され、全国のスポーツ指導、スポーツマネジメントに関わる人々の注目を集めています。
指導者として、経営者として、スポーツの原点を常に大切にしている太田さんのお話を前・後編の2回にわたってご紹介します。
(2020年4月 インタビュアー:松場俊夫)
20年前の7月、陸上の短距離選手だった経験を生かして、まず多世代型の陸上競技の教室を立ち上げました。そこから発展して、現在は総合型地域スポーツクラブとして活動しています。教室としては、陸上競技、サッカー、幼児体操、健康体操の部門があります。その他、様々なスポーツイベント、指導者派遣も行っています。
ビジョンの一つが「三世代が通えて、生活を豊かにするクラブ(多世代)」で、それは私にとってはもう当たり前の光景なのですが、観に来られた方には珍しいとよく言われます。
20年前の3月、城山観光陸上部の短距離選手として4月から始まる大会のトレーニングをしていました。ところが3月23日と言うタイミングで「陸上部は休部にします」と突然言われたのです。当初は、現役を続行することが一番、このまま夢を追い続けたいという気持でいました。しかし、一体なぜこんなことが起きてしまったのだろうと考えるにつれ、自分の中で選手以外にやることがあるのではないかと思うようになったのです。日本のスポーツと言うと、プロ以外では企業と学校の二つで、スポーツが自立した形で活動できるスポーツクラブが日本にない。そのことに気づき、自分で立ち上げてみようという気持になりました。
その時までは会社の仕事もまともにやっていない、一陸上選手でしたので、人を集める方法などの知識はゼロでした。でもウェブサイトには興味があったので、まずホームページを立ち上げました。地域のスポーツクラブを作りたいという自分の気持を発信したのが最初です。
最初の会員は、「私は大学で陸上をやっているのですがコーチがいません」と言う大学生でした。ホームページを見て、ぜひ指導を受けたいと連絡してきました。
それから、マスターズ大会という、年配の方が出られる大会でチラシ配りをしました。マスターズは年齢を重ねてから自己流でやっている人も多く、仲間もいない中、一人でやっている人もいるはずだから、こういう教室をやれば殺到するのではないかと思ったのです。ところが無反応でした。「入会します」という言葉を一つも聞けずガッカリして家に帰ったところ、電話が鳴りました。「今日、大会に出たのだけれど記録が悪くて落ち込んで帰って来て、今チラシを見ているの」と言う40代の女性からの電話でした。「まわりに短距離を教えてくれる人がいないのよね。私も入ろうかな」と入会頂いたのが2人目です。さらに「この教室、何歳でも入れるの?」と小学4年生の息子さんも一緒に来られて、3人目の会員さんになりました。
そうですね。まず、日本のスポーツは学校スポーツがベースにあって、小、中、高と世代で輪切りになっているのが問題だと考えていました。また、所属チームが休部になり、日本のスポーツのあり方を整理した時、地域で色々な世代の人が自然にスポーツできる環境が抜け落ちていると気づいたのです。
そこで、世代に関係なく、スポーツをしたいと思った人が、どこかに所属していないとできないということではなく、純粋にスポーツをすることができるシンプルな環境が作りたいと思いました。
大変といえば、新型コロナウイルスの影響で今が一番大変ですが、これまでですと、自前の施設がないことでしょうか。使っている競技場が改修工事に入って使えなくなると言うことを何度か乗り越えて来ました。常時練習できる場所がないのは、活動の環境としてはやはり不安定であることは否めません。
一番大切にしているのは、言葉を極力少なくするということです。クラブの指導者を指導することがあるのですが「喋りすぎるな」といつも言っています。
良い指導者ほど言葉がシャープです。シンプルで重みのある言葉を使います。一方、ダメな指導者はぺらぺらとよく喋ります。自分中心で自分が良い指導をしようとするあまり喋り過ぎてしまいます。
一番大切なのは選手自身の感覚です。選手がどのように感じているか、どのような言葉で自分の感覚を表現できるか、それを引き出すのが指導者ですから、自分に酔って喋るのが一番ダメだと常々言っています。
私は「どう?」と聞くだけの指導が理想だと思っています。「どう?」と聞いたら選手がちゃんと言葉にできる、自分で掴んでいける、自分のテクニックになっていく、自分で自分のものを作っていける、と言うのが理想の形です。
子供にも「どう?」と聞きます。子供にとって、それに答えるのは難しいことですが「これもトレーニングだよ」と言います。子供でも大人でも、トレーニングの時には同じように身体が色々と感じているはずです。それを言葉にできるかできないかの違いだけなのです。子供には「難しいかもしれないけど、お父さんでもお母さんでも誰でもいいから、言葉に出して言おう。今日はこんな練習だった、ここが楽しかった、ここが楽しくなかったと何でもいいから感じたことを言葉にする練習をしよう」と言います。「それが積み重なり、感覚が言葉になり、言葉が技術になるのだよ」と。指導者には、その言葉を引き出してほしいと常々言っています。
それが出来なくても強くなる、伸びる選手は確かにいます。ただ、勢いで強くなっても、伸び続けるのは難しいことです。一度落ち込むと、言葉にできない選手はそこから戻って来られなくなります。自分の状態がどうか、練習で何を感じたかを言葉にできる選手は、悪くなったときに良かった頃の再現性が高いと私は思います。(後編に続く)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
リレーインタビュー 第21回 太田敬介さん(後編)
◎太田敬介さんプロフィール
昭和47年生まれ 福岡県出身
明善高校~中央大学~城山観光陸上競技部
専門:陸上競技短距離 100m自己最高記録10秒46
【選手として】
・平成2年 全国高校総体(宮城)男子100m8位
・平成2年 国民体育大会(福岡)少年男子A100m8位
・平成4年 全日本学生選手権男子100m2位
・平成4年 全日本実業団対学生対抗陸上男子100m優勝
・平成5年 全日本インカレ4×100mリレー優勝
・平成5年 全日本グランプリ男子100m総合3位
・平成6年 関東インカレ男子100m4位
・平成8年 全日本実業団男子100m7位
・平成10年 ナイキシンガポールオープン男子100m7位
・平成10年 全日本実業団男子4×100mリレー優勝
【指導者として】
・日本体育協会公認陸上競技コーチ(JAAF公認コーチ)
・元日本陸上競技連盟普及育成委員会 普及政策部委員
・鹿児島陸上競技協会 普及部部長、常務理事
【経営者として】
・日本体育協会公認クラブマネジャー
・日本体育協会公認アシスタントマネジャー
【受賞等】
・平成14年度 鹿児島ロータリークラブ青少年功績賞
・平成21年度 日本青年会議所人間力大賞会頭特別賞
・平成23年度 少年少女陸上競技指導者表彰安藤百福記念章
・平成23年度 鹿児島市社会体育優良団体
・平成25年度 文部科学省生涯スポーツ功労者表彰
・平成29年度 県共生・協働コミュニティづくり推進優良団体NPO部門優秀賞