「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、鹿児島県鹿児島市のNPO法人SCCで理事長を務める太田敬介さんにお話を伺いました。
太田さんは、前回ご登場頂いた宮崎博史さんが監督をされていた城山観光陸上部の短距離選手でした。20年前の春、突然の休部を機に、多世代の方々がスポーツを楽しめる陸上教室を設立。現在は800人に及ぶ会員を抱える総合型地域スポーツクラブに成長しました。2013年には文部科学省生涯スポーツ功労者に表彰され、全国のスポーツ指導、スポーツマネジメントに関わる人々の注目を集めています。
指導者として、経営者として、スポーツの原点を常に大切にしている太田さんのお話を前・後編の2回にわたってご紹介します。
(2020年4月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
リレーインタビュー第21回太田敬介さん(前編)
私が1言えば10返ってくるような選手は強くなります。私は言葉の重要性についてよく話すのですが、それをきっかけに練習日誌をつけ始めた選手がいました。でも私には見せてくれません。格好悪くてもいい、どんな言葉でもいいから書きなさい、見せる必要がないよといつも言っていましたからね。
また、大学3、4年になって急に記録が伸びた選手がいました。その子は感覚的なタイプで、器用に何でも出来てしまうだけに、あるところまで行くとそこから一皮むけないところがあったのですが、何かきっかけを掴んだのでしょう。
言葉にすることが苦手な選手は少なくないですが、ずっと記録が伸び続けることはありません。つまずいたときに何が自分に足りないのかを自分で考える、自分の感覚を研ぎ澄ます作業をしないと先はないと思います。
こうあって欲しいと言う選手像は、私には特にありません。選手はそれぞれ違います。彼らに自分の理想像を押し付けるのではなく、持っている感性、苦手なこと、得意なことを私たちがよく見て、発見するようにしていきたいと常に思っています。
ですから、良い裏切りに出会った時はとても嬉しいです。この選手はこんな感じなのかなと私が思っていても、それを軽々と越えていくような良い意味での裏切りです。この選手がこれほどまでになるとは、と言う驚きが一番嬉しいですね。
いや、そう言うことは全くありませんでした。中学生の時からSCCに来ているのですが、1年経っても声すら聞いたことがないくらい、全く存在感がない子だったのですよ。
ところが彼女が中3ぐらいの時、全国大会の標準記録を狙えそうだという話が出てきました。結局、記録は出なかったのですが、その年の冬頃からロードの駅伝に出た途端、非常に強くなり始めたのです。声も聞いたことがないような子が闘争心を剥き出しにして走っているところを見て「ああ、彼女はこんな子だったのか」と驚きました。彼女には元々秘めたるものがあったのですが、そのことに私たちが気づかなかったのです。
「この子は伸びそうだ」とか「この子は何かを持っている」とか「太田さんから見ればわかるでしょう」とよく言われますが、わかりません。本当にわかりません。
小学校の時、ノロノロとみんなの後ろを走っていた子が、長距離で素質を開花させて良いランナーになったという例を何度も見ています。
まさに今、それを考えざるをえない状況になっていますね。ただ20年前の自分を振り返ると、当時、このまま消えるわけにはいかないと思っていました。陸上部(城山観光陸上部)が休部になり、私たちは完全に存在を否定されました。「君たちはこの会社にはもういらない人材だ」と。その時、陸上選手としての私がこのまま消えてしまえば、「いらない人材だ」と言うことを証明してしまうことになります。そこで私はSCCを立ち上げました。スポーツの価値を信じたからです。例えば、色々な人にとっての居場所であったり、単純に言えばそれぞれの体力だったり、QOLだったり。スポーツの価値を一言で言うのはなかなか難しいです。
しかしこの状況になって、私たちに今できることは何かを考えています。緊急事態宣言まで、SCCの練習は続けていました。子供たちの学校が休校になり、週に一日でも身体を動かせる場があるのはありがたいという声をたくさんいただきました。でも今はそれすらできなくなっているので、自分たちの存在意義を強く感じているところです。
スポーツの二次的な価値、例えば教育効果や、宣伝広告の効果と言ったものが、最近は強く出すぎてしまっている気がします。スポーツは単に、することが楽しいからするもの。それ以上でもそれ以下でもないのではないかと思うのです。大袈裟に構えるのではなく、SCCを通してスポーツをするのは自然なこと、SCCで皆と繋がっている、SCCに行けば誰かがいて元気になる、生活に張りが出る、そうした、ごく当たり前に日常に入って来ているスポーツこそが大事なのだと思います。
今こういう状況だからこそ、普通に当たり前にスポーツができることに感謝し、逆に、暮らしの中にスポーツがない苦しさを感じたい。そしてこの状況が過ぎたら、また皆でワイワイやりながら、「楽しかったね」と言いながら晩御飯を食べる時の幸せ、ささやかな充実感を感じていきたい。そう思っています。
将来のビジョン…それが全くないのですよ。例えば会員数を1000人にするといった数値的な目標はありますが。今、日々やっているプログラムをスタッフとより良いものにして、SCCを会員さん一人一人にとってかけがえのない場所にしていく、それをずっと皆で考えていける集団でありたい、それしかないです。
先ほど、こうあってほしいという選手像はないと言いましたが、それと同様に、私がこのようなビジョンを描いたから皆もそれで行こう、というのではなく、皆が思い描くことを大事にして、私はベクトルをちょっと揃えるぐらいでいいのではないかと思っています。皆で作っていきたいです。
やはりスポーツもそれを取り巻く経済も、少々光を帯びすぎたような気がしています。派手なことを追い求めて来た結果、咲いている花の地面の中の根っこがどこにあるかにはあまり目が向かない。根っこは私達の暮らしの中のスポーツであり運動なのですが、それを大事にしていこうという気持が足りなかったように思います。
私は今PTA会長をやっているのですが、最初お願いされた時は、自分などができることではないと頑なにお断りをしていました。ですが、いざやってみると色々な学びがあり、多くのことを勉強させていただいています。ですから、人からお願いされた時は引き受けていいのだと思いました。
自分が何者かは自分で決めるのではなく、まわりが決めるのではないでしょうか。自分はこうだと決めてしまうと限界が来ます。まわりが評価している自分を大事にするべきなのではないかと思うのです。特にスポーツの世界は狭いので、全く分野の違う人と話すことは非常に良いことですし、違う世界に飛び込んでいくことで自分のスポーツ観やスポーツの指導のやり方が変わっていくこともあると思います。
PTA会長をやっていると、校長先生と言った方々と話す機会があります。この方々は教育のプロ中のプロで、組織のリーダーでもあります。指導の仕方などの教えをたくさん頂きます。そうしたチャンスはどこに転がっているかわからないものです。
私たちは、選手に指導をしているわけですが、選手は目標を持ち、それを達成するために日々努力をします。では、私たちは何を努力するのかということです。努力をしない指導者は選手に努力しろとは言えません。私たちは、言葉を使って、教え、励まし、選手がもっている力を引き出します。いろいろな指導技術、最新のトレーニング方法等を勉強することはもちろん大切ですが、指導者が一番大切にしないといけないのは「言葉の力」ではないでしょうか。その力をつけるために、指導者は最大の努力をしないといけないと思います。(了)
(文:河崎美代子)
◎太田敬介さんプロフィール
昭和47年生まれ 福岡県出身
明善高校~中央大学~城山観光陸上競技部
専門:陸上競技短距離 100m自己最高記録10秒46
【選手として】
・平成2年 全国高校総体(宮城)男子100m8位
・平成2年 国民体育大会(福岡)少年男子A100m8位
・平成4年 全日本学生選手権男子100m2位
・平成4年 全日本実業団対学生対抗陸上男子100m優勝
・平成5年 全日本インカレ4×100mリレー優勝
・平成5年 全日本グランプリ男子100m総合3位
・平成6年 関東インカレ男子100m4位
・平成8年 全日本実業団男子100m7位
・平成10年 ナイキシンガポールオープン男子100m7位
・平成10年 全日本実業団男子4×100mリレー優勝
【指導者として】
・日本体育協会公認陸上競技コーチ(JAAF公認コーチ)
・元日本陸上競技連盟普及育成委員会 普及政策部委員
・鹿児島陸上競技協会 普及部部長、常務理事
【経営者として】
・日本体育協会公認クラブマネジャー
・日本体育協会公認アシスタントマネジャー
【受賞等】
・平成14年度 鹿児島ロータリークラブ青少年功績賞
・平成21年度 日本青年会議所人間力大賞会頭特別賞
・平成23年度 少年少女陸上競技指導者表彰安藤百福記念章
・平成23年度 鹿児島市社会体育優良団体
・平成25年度 文部科学省生涯スポーツ功労者表彰
・平成29年度 県共生・協働コミュニティづくり推進優良団体NPO部門優秀賞