「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々にご自身の経験やお考えなどを伺い、次の指導者の方にバトンをつないでいきます。
岡田武史さんからバトンを継いだのは、「ミスターラグビー」、神戸製鋼コベルコスティーラーズゼネラルマネージャー 平尾誠二さんです。神戸製鋼入社3年で主将に抜擢され、「万年優勝候補」と揶揄されていたチームに「楽しむことで上達する」練習を導入。結果、初優勝を果たし、その後、新日鉄釜石に並ぶ7連覇を達成しました。また、現在イングランドで開催中のラグビーワールドカップ2015のテレビ中継では解説者としてもご活躍中です。
平尾誠二さんが語る、指導者の「立つ位置」について、ご自身の「コーチング」の変遷、そして「理不尽」のススメとは? 前・中・後編の3回にわたってご紹介していきます。
(2015年7月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
リレーインタビュー 第3回 平尾誠二さん(前編)
最近よく言っているのですが、「理不尽」が一つの隠れたキーワードだと思います。理不尽の中からまなぶことがや山ほどあります。なぜ突然そう思うようになったのかというと、今の世の中が理不尽を排除する方向に行っているからです。我々は、そうすればすばらしい生活環境が手に入るという恐ろしい錯覚をしてきました。しかし、そのことに最近気付き始めています。
社会に出たら理不尽だらけですから、理不尽を子供の頃から経験しなくてはなりません。それを経験せず、社会に出て初めて理不尽に直面し、太刀打ちできずに心を病んだりすることもあります。ですから、コーチも理不尽の板挟み、不条理、矛盾を経験すべきだと思います。理不尽に対する葛藤や、不条理に対する葛藤が人を鍛えるのです。
今、理不尽な経験ができる可能性があるとしたら、それは家庭です。家庭の中でいかに理不尽を用意できるかです。特に父親には「友達に成り下がるな」「父性と父権を放棄するな」と言いたいです。子供には、体罰ではなく、自分で越えさせる、考えさせる何かを与えることが必要です。一人でやってみろと言われた時に自然とわかってきます。色々なことを経験して、人の気持ちや思いがわかるようになるのです。それは日常的な所でしか育たないのですよね。こうした経験を経ていないとチームスポーツは無理だと思いますよ。
私も52歳ですから、まわりには社長をやっている者もいますが、話を聞いていると、彼らは色々な問題を乗り越えています。それはヒューマンスキルがあるからです。彼らの人間性、人間の器に他ならないのです。「この人なら許せる」という人間性が大事なのです。宇津木(妙子)さんも岡田(武史)さんもそこが非常に高いでしょう。厳しいかもしれないけれど、やらなければならないと思ってやっているのです。型だけ真似ようとしては失敗します。
妥協しないことでしょうか。妥協しないのは人間の関係性も考え方も、すべてです。妥協しないというのは「俺の考えはこうだ」と固執するのとは違います。「折り合い」はどこかでつけないと次に進めません。例えば、考え方がおかしかったらとことん話し合います。でもそれを理解しきれないまま時間がなくなることがあります。そこでするのは妥協ではなく、次に進むための折り合いです。相手が人間だったら、どこかで折り合いはつきます。自分の意見が正しいかどうかではなく、チームのために何がベストか、その視点で考えてもらう。もう一度考えた時にわかってくれます。妥協と折り合いは違うのです。
流されることには妥協しない、安易な方向には行かない、いい方向に向かっているということが大事なのです。向かう方向に全力を尽くすというのが指導者の力であって、それができないのなら撤退です。
最後には結果を出す、勝つ、みんながそれにむかって夢中になれる、そんなチームでしょうか。「勝たなければよりも勝ちたい、やらなければよりもやりたい」が優先されるべきです。全員がその方向に臨むことができれば、結果はついてくると思います。そうしたものがしっかりないと、スポーツとしての本質がなくなるような気がします。スポーツの本質はそこだと思いますし、それが一流です。
最近、スポーツは楽しむものか否かという議論がありますが、要はそこに自分が存在するということだと思います。苦しいことで楽しむのは相反することではありません。日本語の「楽しむ」は字がよくなくて「楽」なように思えますが、決して楽ではないのです。英語のEnjoyとは違います。
例えば、すごいタックルをして肩が痛いと言っても、それは自己を超越した喜び、怖さに勝ったということ。新たな自己の創出を、肩をつりながら喜ぶということもあるのです。日本では、力を注がないで勝つ、結果を出す方がいい、と思いがちですが、力を出さなければ面白くない、Enjoyはないと私は思います。弱い自分に勝ったとか、できなかったことができたとか、それが自分の心の中で感動に変わった時にEnjoyになるのです。もしも、30%しか力を出さずに100点を取って勝って面白いと思うのなら、それは楽しむセンスがないということです。
楽しむセンスは、自分でも経験しました。イギリスに留学している時、前半で何十点も勝手に点が取れたことがありました。でも、こんな面白くないゲームはない、力を出さなくても点が取れるゲームなんかおもしろくないと皆言う。これまで出なかった力が出る、というのが彼らにとってのEnjoyなのです。
楽しんだというよりも、非難されること以上に力がつくことはないですね。非難されれば屈辱感を味わいます。しかしその非難を冷静に受け止め、乗り越えることで人は鍛えられるのです。
非難されるのは名誉だと思いますよ。なぜなら、認められた人間のだけが非難されるわけですから。ある程度以上でないと非難はされません。ずっと日の当たる所にいるのも大事ですが、時には非難されるのも経験としていいことだと思います。(後編につづく)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
リレーインタビュー 第3回 平尾誠二さん(後編)
1963年、京都市生まれ。
「ミスター・ラグビー」と呼ばれた日本のラグビー選手、コーチ、監督。京都出身。
中学時代ラグビーを開始し、京都市立伏見工業高等学校時代、ラグビー全国高校選手権大会優勝。同志社大学商学部に進学し史上初の大学選手権3連覇、史上最年少日本代表選出(19歳4か月)。同志社大学大学院政策科学総合研究科修士課程修了。英国リッチモンドにラグビー留学したのち神戸製鋼に入社。同ラグビー部で日本選手権7連覇。ラグビーワールドカップに3度出場し活躍した。
引退後は、神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼任ゼネラルマネージャーに就任。また、NPO法人スポーツ・コミュニティ・アンド・インテリジェンス機構(SCIX)設立。
そのほか日本ラグビーフットボール協会理事、日本サッカー協会理事、文部科学省中央教育審議会委員などを務めた。
主な著書に『勝者のシステム 勝ち負けの前に何をなすべきか』『「知」のスピードが壁を破る 進化しつづける組織の創造』『人は誰もがリーダーである 』など。