「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、元プロ野球選手、野球指導者の生山裕人(いくやまひろと)さんです。
高校卒業時、教師を志して大阪教育大学を受験するも不合格。芸人を目指して入学した近畿大学時代に子供の頃から好きだった野球の能力を活かして四国の独立リーグへ。2009 年には千葉ロッテマリーンズに育成選手として入団し晴れてプロ野球選手になります。しかし2012年シーズン終了後に戦力外通告を受け、その後、ウェディングプランナーや野球選手のキャリアデザインセンターの立ち上げ、独立リーグの2球団でのコーチなどの紆余曲折を経て、現在は滋賀県大津市で放課後等デイサービスの代表を務めています。
「人生は壮大なネタ創りだ!」と語る「イクヤマン」生山さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2024年3月 インタビュアー:松場俊夫)
野球についてはチャレンジというよりも、ただただ夢中でしたね。元々プロの選手になれるとは1ミリも思っていませんでしたから、諦めるためのトライで「もう止められない」という感じでした。どちらかと言えば、プロを戦力外になった後のキャリアの方がチャレンジだったような感覚があります。私はブライダルの世界を選び、ウェディングプランナーになったわけですが、実際に働いてみたら「これはとんでもないところに来てしまったな」と(笑)。ですが、基本的にチャレンジという感覚はあまりないというのが本当のところです。
私は「今しかできないこと」を一番大事にしてキャリアを選んできて、これまでさまざまなことをやってきました。現在は子供に関わる事業をやっていますが、元々子供がとても好きで、かつては小学校や幼稚園の先生になりたいと思っていました。ですが、大阪教育大学に落ちて先生になれず、芸人を目指して近畿大学文芸学部芸術学科で演劇を学んでいたものの、吉本新喜劇のオーディションに落ちて芸人にもなれませんでした。先生や芸人は30歳になっても目指せるので、10年後に後悔しないために野球で上を目指すことを決め、奇跡的な偶然が重なりプロ野球選手になったというわけです。
名刺にも「人生は壮大なネタ創りだ!」と書いているのですが、野球との出会いやその時々の夢中がなかったら、こんな人生経験はできなかったと思います。その時は挫折や失敗だったとしても、5年後、10年後にあの経験があってよかったと思えた瞬間、それら全てがネタとして昇華するのです。
表向きにはチャレンジは大事だと言っていますが、一番大事なのは失敗をどう捉えるかだと考えています。失敗という体験をその人にとっての良い経験に変えられるのは、失敗と向き合って成長したいと思った人間の特権だと思います。体験のままで終わらせていると、失敗サイクルに陥ってしまい、コンプレックスになったりトラウマになったりすることがよくあります。失敗や挑戦の意味を考えると、確実に失敗の確率が高いものしか挑戦と呼ばれません。ということは、挑戦したらほとんどの確率で失敗するわけですから、この失敗とどう向き合うかが非常に大切なのです。
私自身、さまざまな挫折や失敗を経験したからこそ、自分なりの基準で「今は豊かなのだ」と少しずつ思えるようになったのです。色々な人に助けてもらったり、愛を与えてもらったり。人間というのは自分が受けてきた分の愛だけしか人に与えられないと思っています。私が這い上がっていく過程で色々な人から愛を与えてもらったことで、やっとあの時にいただいた愛を目の前の困っている人に配れるようになれてきたという感覚があります。
これからの時代は、自分の豊かさの軸を自分で設定することができれば、成功や知名度といったものに踊らされずに、人生をしっかりと自分のものにできるのではないかと思います。故スティーブ・ジョブズ氏の“connecting the dots”のように、失敗の数が多ければ多いほど、それまでの失敗というドットの分だけ愛が宿り、深みのある人間になれるのだと信じています。
つまり、チャレンジする意味というのは失敗の数が増えるということなのだと思います。失敗と向き合うことで、同じような環境になった人に寄り添えるという能力がつき、愛のある人間になれるのではないでしょうか。ですから、チャレンジしないのは非常に勿体無いことだと思います。
「豊かさ」というのは他人には影響を及ぼせない範囲にあると思っていて、強いて言えば心地よさ、気持ちよさといったものでしょうか。でも自分としては、それを言語化しないことが大事な要素だと思っています。例えば、人を好きになることを英語でfall in loveと言うように、恋は「落ちる」ものであって気づかないうちに起こるものです。ですが「彼女のこんなところが好きだ」と言った途端に思考がその言葉に引っ張られてしまうと思うのです。言葉には複雑に色々なものが絡み合っています。ですから何が豊かさなのか言えないことはないのですが、あえて言語化しないようにしています。これはスポーツにもつながることで、トップに行けば行くほど選手は動物的でなければなりません。思考が働いているとゾーンに入ることは難しいと思います。
私は初対面の人に会う時には、年齢や性別や肩書といったバイアスをなるべくなくした状態で向き合うことを大事にしています。成長よりも成功を求める人は他者との比較で「豊かさ」を設定し、「有名になる」とか「SNSのフォロー数が増える」ことに価値を見出します。それが悪いとは思わないですし、事業をしていく上でも影響力は不可欠です。ただ私自身、かつて自分の芯がない時期に、周囲との比較での「豊かさ」を追いかけて精神的に潰れてしまった時期がありました。だからこそ、その気持ちが強すぎると自分が本当に大事にすべき「豊かさ」に気づきづらいのではと感じています。その人と過ごす時間をしっかり感じられるように、その人のありのままの言動と向き合います。その時間を通じて、自分が大事にしているものは何なのかを今も探し続けています。
自分をどれだけ愛せるのか、どれだけいたわれるのか、まず自分の「豊かさ」を設定することが大切だと思います。豊かさが「元気」であると考えると、一番初めにしなければならないのは元気、つまり「元の気」を自分の内に貯めることです。ひたすら「どうやったら豊かになれるのか」ということと向き合う必要があります。まず自分の内を満たす、そして溢れた「気」を周りにお裾分けする、周りから感謝をもらう、そんなふうに「元気」は循環していくのだと思います。(中編に続く)
(文:河崎美代子)
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/52-2/
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/52-3/
◎生山裕人さんプロフィール
1985年生まれ 大阪府出身。
▶︎大阪府立天王寺高校卒業後、一浪し、近畿大学文芸学部芸術学科演劇芸能専攻演技コースに進学。
▶︎二部の準硬式野球部、八尾ベースボールクラブを経て、21歳の時に独立リーグの四国アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)のテストに合格。大学を休学して香川オリーブガイナーズへ入団。2年在籍。
▶︎2008年の育成ドラフト4巡目指名で2009年千葉ロッテマリーンズへ入団。4年間在籍したが、支配下登録されることはなく、2012年のシーズン終了後に戦力外通告を受ける。
▶︎ウェディングプランナーを経て、四国アイランドリーグplusキャリアデザインセンターの代表、四国アイランドリーグplusの香川オリーブガイナーズ野手コーチ、日本海オセアンリーグの滋賀GOブラックス野手コーチ。
現在、株式会社Sprint Career Design代表取締役。
滋賀県大津市で放課後等デイサービス「シーズステップ」を運営。
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