「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、アイスホッケー日本代表ゴールキーパーコーチの春名真仁さんにお話を伺いました。
春名さんは古河電工、日光アイスバックスなどで20年間ゴールキーパー(以下GK)として活躍、2016年の引退後に女子日本代表「スマイルジャパン」のコーチに就任されました。「スマイルジャパン」は北京冬季オリンピックで決勝トーナメントに進出、近年確実に力をつけて来ており、ミラノ・コルティナ2026ではベスト4入りが期待されています。
選手たちが常に自信を持ってゲームに臨めるよう、日々努力を続ける春名さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2022年8月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/40-1/
私はクラブチームではなく代表チームの指導をしているので、主に世界選手権など大きな国際大会を目標に活動しているのですが、どんな試合でもGKにとって最も必要なことは自信をもってプレーをすることだと考えています。私自身現役の時からそう思っていました。いつでも不安なく自信を持ってゲームに入っていけるように、そこを第一に考えて指導しています。
具体的には、まず選手とコミュニケーションをとり、何が足りていないのか、GKとしてどう感じているか、大会のために何が必要なのかを把握します。その上で、本当に選手を信頼していることをポジティブな言葉で伝えます。声掛けや態度で示すことが大切です。私自身、様々なコーチと接して来ましたが「春名に任せた。信頼している。春名なら大丈夫だ」と言われてスタートすると「大丈夫だ。俺はできるんだ」という暗示にかかります。不安感を持ってゲームに入るとどうしてもプレーに出てしまうという記憶は残っていますからね。
技術的な面でGKのシステムにおける大きな転換期がありました。90年代初め、私が大学生の頃に世界のGKのシステムを変えたと言ってもいいフランソワ・アレールというコーチと出会いました。当時は年に一度日本に来て指導してくれたのですが、彼の提唱したシステムは現在は主流となっている膝をついて守るバタフライスタイルで、セービング後の動きまでコントロールするという方法でした。それを学んでからアイスホッケーのGKに対する考え方が変わりました。このバタフライスタイルによって自分自身のプレーが大きく変わったと思います。
さらに2010年前後には角度のないプレーに対する革新的な動きができたのですが、それまで多くのGKがあまりやっていなかったその方法をNHLのトップGKたちが実践するようになりました。当時から10年ほど経った今ではそれが主流になっています。
このように技術はどんどん変わっていきます。指導者は「学ぶことをやめたら、教えることをやめなければいけない」というのはどの競技にもあてはまると思いますが、GKの世界も同じでコーチも選手も新しい潮流を探し続けていかなければ取り残されると思います。
コーチになった当初、結果に対して緊張するということはほとんどありませんでした。試合が始まれば、どのような結果になっても私の責任であり、また選手自身の責任でもあり、チームで責任をシェアするものだと考えていました。
ところが平昌オリンピックの最終予選、勝ったら出場が決まるというドイツとの最終戦で、この試合は結果こそが必要だと思い急に緊張し始めたのです。ここでオリンピックを逃したら、ここまで大変な努力をして来た選手が報われないですし、日本アイスホッケー界に対する責任もあります。この競技が多くの皆さんの目に触れない事態になったら、アイスホッケー界にとって大きなマイナスになると、試合前、試合中も感じ、選手の時とは違うプレッシャーがかかってきました。かといってコーチである私は、試合が始まってしまうとほとんど何もできないわけです。ただもう選手を信頼してがんばってくれと祈るしかないのですが、とにかく大変緊張したこと、そして勝利後に安堵したことを覚えています。
とは言え、結果をコントロールすることはできません。ですからそれまでの間にどれだけの準備をするか、また結果はどうあれ、選手がベストを尽くして本人が納得できるパフォーマンスができるかどうか、そういった点にフォーカスすることが重要であるということに変わりはありません。
北京ではソチ、平昌で経験を積み、オリンピック出場3度目という選手が多くいたことがプラスになっていたと思います。平昌から北京の4年間で、まず得点力をいかに増やすか、さらに当たり負けしない体をいかに作るか、その2点にフォーカスできました。また、選手たちが与えられた課題だけでなく自身でも課題をしっかり持ち、目標に向けてアプローチできたことがチームとしてのレベルアップにつながったと思います。
アイスホッケーの選手は22人がベンチ入りできます。全員が仲良しであればそれに越したことはないのですが、そうではないこともあります。でもそれはさほど重要ではありません。気が合う合わないということとは別に、チームが勝つという一つの目標に22人全員がフォーカスし、そのためにお互いフォローできるか、サポートできるか、お互いの成功を心から喜べるか、それができるのが本当に良いチームなのではないかと思います。選手の時からそう感じていました。
選手同士のチームビルディングからスタートすることが多いです。女子日本代表だけでなく、最近は男子日本代表も最初はスタッフ抜きでチームビルディングを行い、チームの結束を図ったり、お互いの人を知るというところからスタートしています。何度も言うようですが、私たちコーチングスタッフは選手が自信を持ってチームの勝利に集中できるような環境作りをし、プレー面、システム面から不安なく試合に入れる状況を作ることが必要です。例えば、相手チームを分析しどのようなプレーをしてくるのかを情報として伝えたり、それに対して私たちがどのようなプレーをしていくのかをわかりやすく整理して伝えることも大事だと考えています。
女子日本代表はメンタルトレーナーとして山家正尚さんにソチ、平昌と担当していただきました。北京では帯同がなかったのですが、メンバーはソチや平昌と大きく変わっていなかったので、山家さんのご指導を共有していましたし、身についていた部分もありましたから、チームビルディングは確立できていたと思います。
第一に、選手にはアイスホッケーを楽しんでもらいたいと思っています。スポーツは楽しくなければ意味がありません。練習では上達することを楽しんだり、試合では思い描いていたプレーをすることや勝利することが楽しみだったり、それぞれの楽しみ方は違うと思います。私はメンタルが強くはなかったので、試合に入る前はいつも不安で、試合中は味方のゴールにも安心できず、勝った瞬間にやっと喜ぶことができました。勝利こそが試合における私の楽しみで、プレーそのものが楽しかったかといったら必ずしもそうではなかったと思います。もちろん勝利の瞬間は楽しいですし気持ちがいいものですが、他の選手も同じかといったら決してそうではないと私は思うのです。ですからまずは選手それぞれがアイスホッケーを楽しめればいいのではないでしょうか。楽しさの先にはおそらく勝利があり、負けても楽しいと言う選手は代表にはいないでしょうから、そのためのサポートができればと思っています。
またメンタル面においては、私の現役時代のテーマが不安をいかにコントロールできるかということでした。ゲームが始まるまでにいかに心の整理をするか、いかに自信をもってゲームに入るかということを探究していましたので、若い選手にはそうしたアドバイスもします。女子の藤本選手、男子の福藤選手や成澤選手もメンタルのコントロールがとてもうまいと感じています。大きな試合でも簡単なミスをするようなことはありませんから、私が何も言わなくてもうまくやれていると思います。(後編に続く)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/40-3/
◎春名真仁(ハルナマサヒト)さんプロフィール
1973年生 北海道出身
現在 日本代表ゴールキーパーコーチ、JOCナショナルチームコーチ
釧路湖陵高校から早大に進学し、1996年古河電工(日本リーグ)へ入社。
1999年古河電工アイスホッケー部廃部を機に退社し、プロアイスホッケー選手として後継の日光アイスバックスでプレー。
その後クアッドシティマラーズ(UHL)、王子イーグルス、栃木日光アイスバックスを経て2016年に引退。
引退後、2016年から女子日本代表GKコーチに就任、その後男子日本代表、女子U18日本代表のGKコーチも兼任する。
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