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リレーインタビュー第25回 中川英治さん(前編)

©クーバー・コーチング・ジャパン

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、ブラインドサッカー男子日本代表チーム ヘッドコーチ兼ガイド 中川英治さんにお話を伺いました。中川さんはクーバー・アカデミー・オブ・コーチングのヘッドマスターも務めていらっしゃいます。

中川さんは現在、オランダ人指導者ウィール・クーバーが開発したサッカー指導法を実践するクーバー・コーチングで主に指導者の養成を行っています。その中で出会ったブラインドサッカーに大きな可能性を感じ、2015年秋からブラインドサッカー男子日本代表チームのヘッドコーチとして、東京パラリンピックでのメダル獲得を目指しています。

サッカーとブラインドサッカーの指導に「違いはない」とおっしゃる中川さん。「強み」を伸ばす指導、視覚だけに頼らない「伝え方」、「目利き」としての指導者の在り方など、中川さんのお話を前・中・後編の3回にわたってご紹介します。

(2020年11月 インタビュアー:松場俊夫)

▷ 現在はどのような活動をなさっていますか。

まず、私が所属しているクーバー・コーチング・ジャパンは、オランダで生まれたサッカーのスキルのティーチングメソッドを実践しています。日本では、1993年にスタートして以来27年間、クーバーのメソッドを指導するために全国でスクールを展開していますが、そのためには指導者が必要ですから、クーバー・アカデミーで育成を行っています。日本サッカー協会が指導者を養成しライセンスを出しているように、私たちも独自のメソッド「クーバー・コーチングメソッド」を正統に継承し、アカデミー修了後にはプロのコーチを務めることのできる人材を育てています。私がアカデミーのインストラクターをやるようになって13年目になります。

昔からスポーツの指導者と言うと、その競技をやってきた人が引退した後に指導者になるパターンが多く、その人が経験したことを指導するのが常です。しかし、もしその指導者が何も学ばないと、選手はその人を超えることはできないことになります。指導者には勉強が必要なのです。

また、選手はプレーのスキルを持っていますが、指導者はプレーのスキルに加えて、教えるスキルが必要です。選手と指導者は使うスキルがまったく違うのです。選手が多くのトレーニングをするように、指導者も多くを学ぶことが求められるのです。

私が責任者を務めるアカデミーでは、元Jリーガー、なでしこの選手、代表選手もみな、1年のカリキュラムを受講してもらい、クーバー・メソッドに加え、戦術や基本技術、トレーニング理論や栄養学や運動学、生理学など必要なことを学びます。

アカデミー修了後、受講者は正式なコーチになり、北海道から沖縄まで全国に153あるスクールのどこかで指導をしています。また、クーバー・コーチングは40か国以上の国でスクールを展開しているので、私自身もアジアやオセアニアなどの他国で選手の指導や指導者の養成をしています。

▷ ブラインドサッカー日本代表チームのコーチに就任された経緯を教えて下さい。

私は元々、クーバー・アカデミーで障害者スポーツの授業を取り入れたいと思っていましたので、日本ブラインドサッカー協会を紹介してもらい、毎年、代表選手にデモンストレーターとして授業に参加してもらっていました。

ある時、その選手が「ブラインドサッカー界にはサッカーをプロパーで教えてくれる人がいなくて困っている」と言うのです。プロのコーチをチームに呼ぶのはなかなか難しいので、「パーソナルトレーニングのコーチを」ということで、週1回、スキルトレーニングをしていました。2014年のことです。

そうしたことがきっかけでオファーを頂き、2015年11月の合宿から正式にコーチになりました。代表チームはそれまで、2016年のリオのパラリンピックを目指していたのですが、2015年秋の予選に負け、出場権を逃していました。障害者スポーツというのは、コーチや指導者の多くが、障害者関係の学校や施設で働いている方たちなので、2020年に向けて、監督も含め、キーパーやメンタルなどプロのコーチでスタッフを作っていくタイミングで声をかけて頂いたわけです。

パーソナルコーチをやっていた時も、自分でブラインドサッカーをプレーしたことがなかったのですが、今度はそれを指導しなければならなくなりました。さらに2020年パラリンピックの目標はメダルです。2004年に正式種目になって以来、日本代表はアジア予選に何度も挑みましたが一度も出たことがありませんでした。それが東京でメダルを取ると言うのです。「このミッション、めちゃ面白い」と思いました。強化のためだけに呼ばれたのなら断ったかもしれませんが、「そんな夢のようなプロジェクト、あるのだろうか!」と思い、引き受けました。

第一回の練習に行った時、技術的にも戦術的にも良い意味で伸びしろ満載の選手ばかりで驚きました。ただ、みんなの「うまくなりたい」「もっと教えてほしい」という気持ちがよくわかりましたし、彼らは実にひたむきに練習することも確信できました。

かつて、私がサッカーを始めた小学生の頃、コーチが一流の方で、色々なことを教えてもらい、次は何を教えてくれるんだろうと楽しくて仕方なかったことがありました。そのような気持ちは、大人になると薄れてしまうものですが、そうした原点を見せつけられたような気がしました。この選手たちだったら初出場でメダルをとれるかもしれないとワクワクしました。

©JBFA/H.Wanibe

▷ 中川さんが今でもワクワクされているのが伝わってきますが、そうしたモチベーションの源泉はどこにあると思いますか。

私はサッカーが好きですし、新しいものを見つけることも好きなのだと思います。ブラインドサッカーが日本にやってきたのは2002年ぐらいで、まだ20年も経っていません。サッカーに比べるとはるかに歴史の浅いスポーツなので、戦術的にも洗練されていない部分が多く、開拓の余地が大いにあります。ですから、自分で作り上げていく楽しさがあります。競技自体もそうですし、選手も伸びしろ満載の時に出会っているので、自分のオリジナリティを取り入れ、様々なものを研究しながら、ゼロから新たなものを作り上げていく作業に面白さを感じています。

新しいことへのチャレンジと言えば、実はこの仕事をする前、私は公務員でした。北海道の町役場で働いていたのです。

私が就職したのは、バブル後の就職氷河期真っ只中で、公務員人気が非常に高い時でした。大学進学を考えていたのですが、たまたま公務員試験を受けたら受かってしまったので、「公務員もいいかな」といった軽い気持ちで就職してしまいました。

当時は、サッカーを職業にできるのはJリーグのチームぐらいしか可能性がなく、北海道の田舎から東京に行ってサッカーのコーチになるなどと言ったら、おまえは何を考えているんだと呆れられてしまうような時代でした。にもかかわらず、サッカーのコーチはまだ数が少ないからやれるのではないかという勝手な確信もありました。自分の人生だし楽しいことをやっていきたい、開拓精神でやっていこうと思い、コーチの道に進みました。

▷ 指導の一番の面白さ、魅力とは何でしょうか。

選手の育成と指導者の育成は根本的には変わりませんが、指導者の場合は大人ですから、様々なことがすでにインプットされています。ですから、彼らの頭の中にあるものを整理させ、アウトプットさせてあげるところに面白さがあります。

知識が100あっても出力が1だったら、その能力は1ですし、知識が5でも2出力できれば、2の能力があると思います。私たちは研究者ではなく、対人の仕事ですから、いかにその人の持っているものを引き出せるようにしてあげるかが重要です。私は指導者として、それぞれのパーソナリティと能力を発揮させてあげるようにしなければなりません。そのために、頭の中にある様々な知識を、グランドで選手の前で取り出せるように整理してあげる必要があります。

アカデミーのコースを学ぶ受講者たちは、多くの知識を持っているので、やっていることはすでにわかっています。でもわかっているのとできるのとは違います。例えば、戦術分析の授業をやると、みんな「あーなるほど」とわかっている。なのに選手の前では出せない。わかっていてもグランドで出せないのでは意味がありません。ですから、頭の中のインプットを整理してアウトプットできるようなプロセスを作るわけです。それができると教えることが楽しくなってきます。指導者も共に成長するのです。人の成長に寄り添って共感できる喜びが一番の魅力なのではないでしょうか。

▷ 中川さんは人の持つ「強み」についてどのようにお考えでしょうか。

サッカーで言えば、点取り屋の選手がいますよね。いわゆるストライカーです。ストライカーの中には「自分は点を決めるのが仕事だ」と守備をさぼる選手もいます。そのような選手にもっとこうやるんだと守備を指導しても、「はい」と口で言っても心の中では「自分はフォワードだし」と思っています。

しかし、彼が点を取って調子がいい時には、自主的に守備をすることがあります。気持ちが乗っている時や、気持ちよくプレーできている時は、自分の苦手なことにもトライできるわけです。ですから、彼の「強み」、つまり彼の特徴や良い部分をうまく引き出してあげるのが一番なのではないかと思います。

 私が最初に指導をしたのは27年前、公務員だった頃、学生のスクールや地域のトレーニングセンターだったのですが、その頃は怒る指導、ネガティブな指導が当たり前の時代でした。ですが私は逆に、選手の良いところ、「強み」をほめてあげようと思って指導をしていました。怒られてしまうと委縮してしまうし、楽しくないし、ミスしないようなプレーばかりになってしまいます。まずは楽しくないと一生懸命やれませんし、夢中にもなれないですからね。(中編に続く)

文:河崎美代子

中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/25-2/

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/25-3/

◎中川英治さんプロフィール

1974年 北海道出身

クーバー・コーチングの指導者養成機関である、クーバー・アカデミー・オブ・コーチングのヘッドマスター。

このアカデミーを修了したコーチたちが、現在全国153か所のクーバー・コーチング・サッカースクールで指導をしている。

クーバー・コーチング・サッカースクールのスクールマスターなど、27年の育成年代の指導のキャリアを持ち、スクールコーチ時代は、数々のJリーガーや日本代表選手、なでしこジャパンの選手の育成に関わってきた。

現在は、アカデミーで指導者養成の他、ブラインドサッカー日本代表チームでの指導もおこなっている。

JFA 公認A級ジェネラルライセンス 他

<指導歴>

北海道静内小学校サッカースポーツ少年団

北海道静内町U-12選抜

北海道苫小牧地区日高トレーニングセンター

クーバー・コーチング・サッカースクール札幌校、日野校、大田校、世田谷校など

クーバー・コーチング USAレイクプラシッドサマーキャンプ

クーバー・コーチング インターナショナルキャンプ

クーバー・コーチング オーストラリアパフォーマンスアカデミー

暁星中学校サッカー部

クーバー・コーチング指導者養成アカデミー:ヘッドマスター

ブラインドサッカー日本代表:コーチ兼ガイド

【関連サイト】

日本ブラインドサッカー協会 公式サイト

クーバー・コーチング・ジャパン 公式サイト