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リレーインタビュー第58回 日置千耶子さん(中編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、元アルペンスキー、スキークロス選手の日置千耶子さんです。

5歳からスキーを始め、10代の時はアメリカにスキー留学、社会人になってからスキークロスに転向し、ワールドカップなどで選手として活躍。引退後は指導者の道に進み、現在は主にトレーナーとして活動されています。

スキークロスの魅力について、スキークロスというアルペンとは違った競技におけるフィジカルの重要性について、日置さんのお話を3回にわたってご紹介します。

(2024年11月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/58-1/

▷ コーチングをしていて一番嬉しかったこと、充実感を感じたことは何ですか?

一昨年、世界ランク19位からジャンプアップして6位になった選手と、45位くらいから30位台にランクアップした選手がいます。他にランク外からランクインした選手もいて、やはり指導している選手が成績を出すと嬉しいです。

その結果が出せたのは、「選手が自分の言葉で話し自分で決める」ということを続けたからだと思います。私は選手としてはワールドカップの予選も通過できないレベルでしたし、男子選手のスピードは全く違うので、インスペクションでコースを見る時には選手自身にどんな戦術でいくかを説明してもらうようにしていました。またトレーニングで滑った後に「さっきの滑りはどうでしたか?」と選手に聞かれたら、逆に「自分としてはどうだった?」と尋ねて自分の言葉で話してもらいましたし、ラインの取り方なども自分で話してもらい、自分で決めさせていました。

そのやり方をしていたら、選手が成績を出すようになっていき、咄嗟の判断をすることもできるようになりました。最初は話せなかった選手も続けていくうちにだんだん話せるようになり、成績を出して表彰台に上がりましたし、一桁のランクに入り続ける選手も出てきました。コーチングって面白いなと思いました。

でも私自身、アメリカの高校にいた時は同じことをしていたのです。アメリカのコーチは選手が自分の言葉で話さないと何も教えてくれませんから。その高校はスキー選手とスノーボードの選手しかいないスキーアカデミーというところで、ABCとランク分けされるのですが、ガツガツやっていかないとAに入れません。Aに入らないと出たい大会に出られませんし、練習も効率が悪くなります。ですから「私はこう思う」「私はこれができない」「どうすれば良いですか?」とコーチに伝えていかないと何も始まりませんし、コーチから質問もされるのでそれに答えなければなりません。でもそのやり方が私にはしっくりきていました。

▷ 団体競技と個人競技は異なりますが、個人競技のチームビルディングについてはどのようにお考えですか?

スキークロスは個人競技ではありますが、団体チームが強くないと上に行けない種目なのです。ワールドカップでは1日目にトレーニングランを2本、翌日の予選の前にも2本同じコースで滑ることができるのですが、その時に、チームの4選手が同じように高いレベルであれば、役割分担してどのラインをどのように滑るかといった対策が立てやすくなります。選手数の多い海外のチームは有利ですが、日本は少ない選手数で戦わなければならないので非常に不利です。

そのためには信頼関係が重要です。チームで戦わなければいけないということは選手たちもよくわかっています。私も「一人勝ちは難しいし長続きしない。チームで勝っていこう」といつも言っていました。とはいえ、特別なチームビルティングをするわけではなく、ただ合宿して一緒にご飯食べて生活してたくさん話をする、というものでした。私が指導していたチームには一番年上でリーダーシップのある選手がいて他の選手をよくまとめてくれていました。

▷ 年代や性別によってコミュニケーションの方法を変えたことはありましたか?

私が指導していた女子選手は、アルペンからのコンバートの選手たちとジュニアから上がってきた選手たちで、細かい指導をすることはありませんでしたが、女子には絶対に怪我をしてほしくないといつも思っていました。ですからプッシュはしますが無理なことはやらせないようにしていました。女子は男子と同じコースを男子とは全然違う体で滑らなければならないので、彼女たちには「このコースを滑るだけですごいことなんだよ」とよく言っていました。

ナショナルチームの選考基準もヘッドコーチがまず作り、スタッフに共有してアジャストしていくのですが、コンバートの選手達、特に女子には怪我をさせたくなかったので、3年は必ず担保するというルールを作りました。1年目は無茶をしない、2年目は少し攻める、3年目はワールドカップレベルになる、そして4年目に出場しようというものです。アルペンとは違う身体を作らなくてはなりませんし、アルペンよりもレース数が少なくて経験値が積めず、練習場所も限られているといった事情があるので、育成には最低3年が必要でした。

▷ 選手の指導の中で一番辛かったことは何でしたか?

ワールドカップの大会は男子のレースの後に女子のレースがあります。男子選手だけだった時は女子のレースが終わるのを待たずに、レース後に選手たちと動画を見ながら、コンディショニングなどをして次に備える時間の余裕がありました。ですが世界選手権の時には普段とは違い、女子の選手を一人連れていったのです。私は女子のレースが終わるまでコース内から出られないため、レース後の男子のビデオチェックを選手たちと一緒にできませんでした。無線での共有のみだったため十分な情報共有ができず、普通はトップ10に入る選手が、私からの共有の相違があったセクションでミスをし、予選タイムがとても遅くなってしまいました。予選でタイムが悪いと決勝で順位を上げることが難しくなります。チーム全体では過去最高の成績を上げられましたが、もっとその選手の成績を上げられたので、ワールドカップと世界選手権の違いや大会のスケジューリングをもっとしっかりシミュレーションして認識しておけば良かったと後悔しました。選手にとって世界選手権は本当に大事なものです。

▷ スキークロスの魅力は何ですか?スキークロスを知らない人にお伝えください。

スキークロスのスタートセクションは、マリオのコースのようにとても細かく障害が作られているレースの重要箇所で、そこが得意な選手もいれば、中間のターンやジャンプが得意な選手、体力があって後半に追い上げできる選手もいます。どの選手が出ているかによって「今日は推しはこの選手」という見方ができます。

コースも会場によって様々に面白く作られているので、それも魅力の一つです。最近は抜きつ抜かれつの展開を生むようなコース作りがされています。コースビルダーというコースを作る方達のノウハウとデータのおかげで、面白く、同時に怪我を防ぐようなコースが作られています。最近面白いのがドラゴンバックという、一つの大きな山にいくつもドラゴンの背中のトゲトゲのようなウェーブが作ってあるコースで、ここでスピードが大きく変わったりします。

▷ コーチングにおいて日置さんがもっとも譲れない点は何ですか?

フィジカルの埋め方ですね。例えば、選手たちはウェイトトレーニングやインターバルトレーニングで、パワーと持久力の両方をアップさせるためのトレーニングに取り組んでいます。こうしたトレーニングをJISS(国立スポーツ科学センター)でやっているのですが、細かい筋肉や骨を自動的に動かせる状態であれば、効果的な滑りを習得しやすくなります。いくら雪上でコーチングをしても、その技術やその体の使い方ができないと非常に時間がかかってしまいます。

日本の場合、ヨーロッパと違って、ワールドカップ前、秋の3週間ぐらいしか雪上トレーニングができないので、陸で細かい動きができるように埋め込んでおく必要があります。大枠のトレーニングに加えて、技術を積むための細かい神経伝達や動きをこちらで埋めているわけです。それはオフの間からずっとやっています。かなり緻密にフィジカルの部分を埋めるのが、私のコーチングのベースとなっています。(後編に続く)

(文:河崎美代子)

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/58-3/

◎日置千耶子さんプロフィール

元アルペンスキー、スキークロス選手

1984年大阪生まれ、鳥取県出身。5歳からスキーを始める。

小6:北海道へ単身留学

中3〜高校卒業まで:4年間単身渡米、スキーアカデミーであるストラットンマウンテンスクールを卒業

大学:帰国後、筑波大学体育専門学群にてスポーツ科学全般について学ぶ

社会人:スキークロスに転向し、(株)パートナーエージェントマーケティング部スキーチームに所属。30歳までスキークロス選手活動。

引退:30歳で引退、英語講師やアルペンスキーコーチを経て、36歳から全日本スキー連盟スキークロスナショナルチームのセクレタリー兼コーチ、38歳からJOCコーチ・スキークロスナショナルチームヘッドコーチ

現在:フィジカルトレーナー。ゴルフ、トランポリン、アルペンスキー、スキークロス、ラグビー、ダンサー、サッカー、一般ボディメイク、ジュニア選手からトップ選手、一般の方まで大阪やオンライン、海外にて幅広くトレーニング指導をしている。

<選手時代経歴>

*アルペンスキー

全中10位、全日本スキー連盟ジュニア強化指定選手

米国ジュニアオリンピック4種目総合10位

*スキークロス

ワールドカップ15戦出場

2014年ソチオリンピック候補強化選手(出場ならず)

○Instagram:chiyako.hioki