「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、イタリアSerieAのバレーボールチームReale Mutua Fenera Chieri’76(キエリ)のコーチ林謙人さんのインタビューを3回にわたってご紹介します。
林さんは日本体育大学・大学院を卒業後、トヨタ車体クインシーズ、アメリカの中高生チーム、U16、U19の日本代表チームなどのコーチを経て、現在イタリアのプロチームで活躍中です。「選手にとってコーチも環境」「変化を愛する」など、林さんの経験と考え方は指導者の皆さんに数々のインスピレーションを与えてくれると思います。
(2023年11月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/50-1/
私は基本的にバレーボールの指導だけを行なっていましたが、対象が高校生ですからオーナーやマスターコーチの指導は人間教育的な部分が強かったです。例えば、靴やバッグを揃えること、雑巾掛け、話を聞く時はコートの周りを囲んで片膝立ちで、など「規律」には厳しかったです。
プロの選手たちに対しては、選手から求めてくるまで情報を抑えることが多く、若い選手の方により多くの情報を伝えているような気がします。若い選手には主体性を持って欲しいと同時に、多くのオプションを持ち、自分で選べるようになって欲しいからです。アンダーカテゴリの代表選手と接する時には期間が短いこともあり、できる限り多くのことを伝えられるだけ伝えます。後々、私と関わらなくなっても「そういえばこんな事あったな」という形で残ってくれればいいなという気持ちがあるからです。
若い選手達には「こんな考え方があるよ」「こんなバレーもあるよ」とマシンガンのように情報を伝えています。そして興味を持ってもらえると、何人かは「謙人さん、こういう方法はありますか?」と聞いてきてくれるようになります。情報を伝えているのは、「謙人さんはそういうことを聞いてもいい人なのだ」と知ってもらうためでもあります。
意識はしています。選手はおそらくダイナミックに変わっていくものだと思うので、私が言ったことで変わることがあったとしても、それはただのトリガーであり、本人の中の経験がそうさせているのだと思うのです。成長の要因は私ではないので、そのきっかけが来るまで、正直私にはわかりません。ですが、成長のスピードを速くすることや成長の度合いをより大きくすることはできるのではないかと、私はそう捉えています。成長は選手次第ですので、その足場作りをするにはどうすればいいかを日々考えています。
人が変わるには自分が変わるのが一番効果的だと思うので、私はどちらに対しても、基本的に「私が学んでいる」という姿勢を通そうと考えています。コーチというのは選手にとっての「環境」だと思います。環境が変われば人は変わっていきますよね。ですから「環境」である私自身ができる限り成長して、少しでも変われればいいと思うのです。私も選手も完璧ではありませんが、お互いを巻き込んで混ざり合っていければもっと大きくなれると思っています。
人の成長に関する勉強をしていた時に、様々な理論を勉強していく中で、「選手の“学びのプロセス”は選手自身の中で発生し、他人は基本的には介入できない。選手を取り巻く環境や選手の経験がそうさせている」と学びました。ということは、周りの人々も選手にとっての「環境」の一部なのだとすれば、自分も「環境」なわけです。「環境」の変化が成長につながるのであれば、自分の変化が選手の成長の一助になると思いました。
トヨタ車体クインシーズにいた時、目の前の結果を出さなければならず、良くも悪くも一方通行なティーチングが増え、そのせいもあって自分のフィロソフィーが薄れていたことがありました。その頃、アンダーカテゴリ日本代表監督の三枝大地さんにお会いしました。三枝監督は若い選手たちにどう伝えるかをいつも考えていらっしゃる方で、「選手を取り巻く環境を変えることで選手のマインドセットを変える」「身体とマインドセットが変われば成長につながる」ということを実践していらっしゃいました。そのやり方を実際に見たことが大きいです。Growth Mindsetもその一つです。コーチングする上で一つだけ何を変えなければいけないかと聞かれたら、Mindsetが最も重要だと私は思います。
選手が「欲しくなる」ような状況を作りたいです。そうなればこちらは教えられますし伝えることができます。ポイントとなるのは、伝えることも大事ですが「届いているかどうか」です。伝えた情報が選手に「届いたもの」になれば、あとは選手のものですから、そのためにも彼らが興味を持つことのできる環境を作りたいです。私は目で見て面白いと思ってもらいたいので、映像を使うことが多いですね。
それから選手には、素朴な疑問から細かい質問まで質問をたくさんするようにしています。特に初めの頃は、問いかけにプレッシャーを感じる選手が多いので、まずその緊張を解くようにし、こちらの質問が上手くなっていけば、選手の質問力も高くなり、コーチに質問するのが上手くなって、欲しい情報をゲットできるようになり、お互いに高め合うことができます。
待ちます。そして答えられなくても、「後でまた聞くからじっくり考えといて!」と気軽な感じで時間幅を持ち、落ち着いて聞こうと努めます。
また、これは三枝監督から学んだことなのですが、失敗は必ず許容するようにしています。これは重要なことだと思います。日本代表合宿では毎回新しいメンバーがいますが、発言してくれたり、新しい行動をしてくれたりして、もし失敗したとしても「それはみんなのためだからどんどんやって。何もしない人には次がないよ」と言います。「失敗を見せることは、それが失敗だとみんなが学べるのだから、それをやった人はすごく価値がある」「間違いをした人の方が成功が早いんだよ」と。こうしたことを最初に必ず伝えます。
失敗した選手に対しては「良いトライをしたね」と応援するようにしています。そして、うまくいくためにはどうすればいいかという質問に繋げていきます。失敗するということは「今の場所に留まっていない」ことですから、「君は殻を破ろうとしているんだと判断するよ」と伝える事ができ、こちらからアプローチしやすくもなります。それがたとえ短い期間でも成長スピードは加速します。
同時に「同じ失敗を続けてはダメだよ」と言うことも忘れません。その場のイニシャティブを持っている人がトライできる環境作りをすることはとても重要だと思います。
私はあまりコーチングとティーチングを分けて考えていません。受動的なものはないと考えています。ティーチングを受けたとして、ただ受けるだけなら、それを選んだのはその人自身です。全て主体性から生まれるものだと私は思っています。
あえて言うならば、チームに関わり始める時のアプローチ方法になるかもしれませんが、私の場合はむしろ最初にティーチングを多くしているような気がします。その上で、選手からの質問が来るようになったら出す情報を減らし、選手が求めるものを提示する方が効果的だと思うからです。私がこんなことを考えていて、こんなやり方を知っているのだということを伝えないと、選手は何を聞いていいかわからないと思います。
つまり、私のことを知ってもらうために最初にティーチングを多く入れるようにしているのだと思います。選手が聞いてきてくれるようになったら、こちらからあまり情報は出さなくてもその時のタイミングで欲しいものを抜き取ってくれます。例えるならば、本のようなものでしょうか。図書館で本を読む時は質問ができないので与えられる情報しかない。それでもその内容を自分が欲していれば情報になります。
思考や状況判断が伴ったプレーが増えると言いますか、選手たちがプレーを言葉で説明できるようになるという感覚はあります。理解度が高まり、それがその競技の面白さを知るきっかけになっているのかもしれません。そういう意味では成長のタイミングを感じています。また、プレーも変わっているような実感があります。一概にうまくいっているかどうかはわかりませんが、信頼関係を築きながら一緒に何かを高めていくという点では、成長を感じることのできる一幕と言えそうです。(後編に続く)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/50-3/
◎林謙人さんプロフィール
佐賀県出身
日本体育大学男子バレーボール部 – 大学院修了
日本体育大学男子・女子9人制バレーボール部 監督
トヨタ車体クインシーズ コーチ
Atlanta Performance Volleyball 18Elite Head coach
U16日本代表 アジア選手権 金メダル コーチ
U19日本代表 世界選手権 第4位 コーチ
Reale Mutua Fenera Chieri ’76(イタリアSerieA) コーチ
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