「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、イタリアSerieAのバレーボールチームReale Mutua Fenera Chieri’76(キエリ)のコーチ林謙人さんのインタビューを3回にわたってご紹介します。
林さんは日本体育大学・大学院を卒業後、トヨタ車体クインシーズ、アメリカの中高生チーム、U16、U19の日本代表チームなどのコーチを経て、現在イタリアのプロチームで活躍中です。「選手にとってコーチも環境」「変化を愛する」など、林さんの経験と考え方は指導者の皆さんに数々のインスピレーションを与えてくれると思います。
(2023年11月 インタビュアー:松場俊夫)
現在はイタリアセリエAのチームでコーチとして活動しています。日本のトップリーグのチームで6年間コーチをしていたのですが、当時からどうしても海外で活動してみたいという気持ちがあったので、長期オフなどには海外に1ヶ月ほど研修に出かけていました。その時のつながりもあって、アメリカに行く決断をしたのです。英語もあまり話せないまま、まずアメリカに行き、その間、エージェントを介してイタリアSerieAでのコーチのオファーをいただきました。英語を使ってコーチングをしている日本のトップリーグ経験のあるコーチが欲しいという条件でエージェントに依頼があったのです。日本のリーグにはその条件で即決できるフリーの人材が少なかったこともあり、私のところに話が来ました。もう飛び込むしかないなと思い、その話を受けました。
海外に行きたいという動機は色々あったのですが、その一つが、私の「謙人(けんと)」という名前に込められた、グローバルに活躍してほしいという両親と祖父の思いでした。実は、2022年に起こった北海道知床遊覧船の沈没事故で祖父を亡くしました。私は祖父の思いを知っていましたので、できるだけ早く海外に飛び出したいと思いました。
もう一つ、日本で活動している間に、コーチ同士の交流がなかなか持てない、発信も情報のキャッチもなかなかできないと感じており、広い世界に出てもっとインプットとアウトプットをしたいと考えていました。ガラッと環境を変えた方が自分にストレスをかけられて良いですしね。もちろん不安はかなりありましたよ。結婚もしていましたし。
元々、自分がやりたいことをどんどんやるタイプで、入学した高校でもバレーボールをプレーしていましたが、自ら道を切り拓いていたと思います。進学校だったこともあり、指導者が常に練習にいる訳ではなかったので、バレーボール雑誌を参考に練習を自ら構築したり、近隣の強豪校に「練習参加させてもらって良いですか?」と連絡したり、かなり大胆に動いていましたね。その後、進んだ大学院では、コーチング学の伊藤雅充先生からも、刺激やストレスは成長の糧になるよと常々言われていましたので、それがマインドセットを定めるきっかけになったように思います。
両親からも「海外はいつ行くの?」とずっと言われていました。大きな会社が母体のチームで働いており、給料も悪くない、結婚している、普通の親なら海外に行くことを止めると思うのですが、両親はそうではなかったですね。
はい。大学4年生の頃からトップリーグのアシスタントコーチを始め、大学院の時は大学の9人制の男女チームの監督をしていました。実際、私が指導者になりたいと思い始めたのは中学生の時です。中学までは練習がきつく、身体の成長が追いついていなかったこともあり、バレーボールがとても嫌いでしたが、身体的成長と動きの一致が始まった時から面白いと感じ始め、県選抜の練習にも呼ばれるようになりました。当時の監督が選手を1人ずつ呼んで話をしたのですが、私は「お前は指導者になる」と言われ、「え?そうなんだ。なるかも」とビビッと来たのを覚えています。
高校の時は練習環境が万全ではなかったので、自分で練習メニューなどを考えたりしていました。今のようにネットで情報をキャッチできる時代ではなかったので、本を読み込んだり、色々な先生方に教えてもらったりしながら工夫していたことが今につながっていると思います。
指導者的かどうかはわかりませんが、小・中・高・大、ずっとキャプテンでした。毎回、自分で立候補してキャプテンになっていました。体育祭も団長でしたし、そういうことが好きなんだと思います。
家庭環境も影響していると思います。父が大学生の時に私が生まれたので父がとても若いです。とても主体性と愛のある人で、その姿を見ていて楽しそうだなと思っていました。私が何かを決断する時も、相談すれば「自分で決めろ」と言いますし、決めたことに対して何も言いません。ただし「自分で決めたことには責任を持て」と毎回言われていました。父には主体性や自主性を育んでもらったと思います。
大学院の時に大学男女の監督をしていたと先ほど言いましたが、女子チームの監督はなかなか難しかったです。前任の高齢のベテラン監督が退任されて監督不在の期間が続いた後の私ですから、どうしても比べられます。スタッフは私だけでしたし、その時期はきつかったですね。
30人ぐらいのチームでしたが、メンバーを選ぶ時に私は積極的に1年生を入れていました。4年生の親御さんからすれば不満がありますよね。学校スポーツですから、結果だけのためにそういうことはやるべきではないと今になってみれば思うのですが、勝ちたいという思いだけが先行してしまって。監督がいなかった時には学生主体で4年生がメンバーを決めていたので、そこに年齢が2、3歳しか違わない私が入ってそういうことをしたわけで、4年生は納得できなかったでしょうし、親御さんからは責められました。マネジメントがちゃんとできないことが悔しかったですね。
今も楽しいですけどなかなか大変です。大変というよりいい刺激になっていると言った方が良いでしょうか。トヨタ車体でキャリアを積んだ後、アメリカで活動したり、U16とU19の日本代表コーチとしてインチャージする役割が大きくなっていきましたが、イタリアではアシスタント。基本的に監督やセカンドコーチがやることをフォローする役割なので雑用もたくさんするようになりました。イタリアに来て5ヶ月ぐらいになりますが、その間、正直葛藤はありました。初めは「これだけ色々なことができるようになったつもりでいたのに、またここから始めるんだ」と。ですが、徐々に任せてもらえることが増えてきて、大変と楽しさとのバランスがやっと取れてきたように感じています。
今は改めて下積みをやっているわけですが、もしかしたらとてもいい経験なのではないかと思ったのです。年齢やキャリアとしても、こういう下積みをするのはもしかしたら望まない限りさせてもらえないかもしれないと考えるようになりました。見える景色も改めて変わりましたし、今ステップアップしていく中で他の人では経験できない学びをしているのかなと。そうした気持ちが、任せてもらえることが増えてきたことにつながってきたのかもしれません。
今は少しずつですが「自分」を発揮させてもらえる場面も増えています。例えば、日本人はディフェンスが得意と思われがちです。突然、練習を任されることが時々あるのですが、こちらは準備する時間はゼロ、常に何が必要か考えておく必要があり、今これだ!と思うものを即興で考えてやってみるしかない。それが意外と感触が良く「じゃあ次の練習も頼む」と言ってもらえることがあります。こういう経験があると、こちらも想像力を広げて色々試そうという気持ちになります。
まず一つは、みんな「自分とは違う」ことを認識するということです。昨年から感じていましたが、今年はよりそう感じるようになりました。プレースタイルも文化も違うプロ選手やコーチが集まっているので、当然、議論になります。欧米人は主張が強い。特にコーチ達とのやり取りでは、「謙人はどう思う?」と必ず聞いてきます。彼らは自分と人が違うことが当たり前だと思っているので、異なる意見を求めます。「同じ意見にならなかったらどうしよう」などと思っていませんし、その良さを知りました。それからは、まずお互いの違いを認め、自分の考えをちゃんと伝えるようにしました。
イタリアのコーチは合っているか間違っているか、とにかく強く言い合います。その分、傾聴という部分が弱いとも感じます。私のアプローチとしては、「みんなのやり方はいいと思う!ただ、それがうまくいかなくなった時や特定の状況で俺の意見も思い出して!」と、あくまでオプションとして提示します。監督はある程度ドンと提示しなければなりませんし、主張を押し切ることも大事だと思いますが、今は違いを受け入れつつ自分のアイデアを皆の頭の中にインプットして、ということを試しています。自らたくさん準備し、100提示した中から4〜5つ使ってもらえればいいかな、くらいの感じです。
選手達とのやりとりに関しては、アメリカの中高生の選手は私にどんどん聞いてきてくれました。日本の中高生は主張をする子が多くはないので、そこは大きく違うところだな、アメリカの良いところだなと思い、日本でもそうした文化を作りたいと思っていました。そこにつながるのですが、大学院の研究のテーマが「コーチの質問の能力向上でパフォーマンスを伸ばす」ということでした。そうした中でコーチと選手がもっと自由かつ生産的に意見を言えるようにしたいという思いでコーチングを勉強していました。文化や背景の違いに接して、自分のアプローチも変容していると思います。
私自身がプロの選手ではなかったということもあり、「選手ってすごい。素晴らしい」と心の底から思っています。ですので、うまくいかない選手に対して「なぜできないのかわからない」という気持ちになることがありません。それは私の強みなのではないかと思います。(中編に続く)
(文:河崎美代子)
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/50-2/
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/50-3/
◎林謙人さんプロフィール
佐賀県出身
日本体育大学男子バレーボール部 – 大学院修了
日本体育大学男子・女子9人制バレーボール部 監督
トヨタ車体クインシーズ コーチ
Atlanta Performance Volleyball 18Elite Head coach
U16日本代表 アジア選手権 金メダル コーチ
U19日本代表 世界選手権 第4位 コーチ
Reale Mutua Fenera Chieri ’76(イタリアSerieA) コーチ
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