スポーツ指導者が学びあえる場

リレーインタビュー第28回 鈴木良和さん(後編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、株式会社ERUTLUC代表の鈴木良和さんにお話を伺いました。

鈴木さんは千葉大学大学院生時代に「バスケットボールの家庭教師」という事業を興し、現在80名に及ぶ指導者を抱えるまでに成長しています。

スポーツの「価値」、そして指導者の持つ「価値」とは。指導者の皆さんにとって示唆に富む鈴木良和さんのお話を前・中・後編の3回にわたってご紹介します。

(2021年4月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/28-1/

中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/28-2/

▷ 指導者としての哲学、これは譲れないと思うことは何でしょうか。

私には究極的に「満足して死にたい」と思っているのですが、子どもたちにも満足したと思える人生を送ってほしいという思いが自分の哲学のベースにあります。満足した人生であれば、それはスポーツに限りません。でも彼らがスポーツを選んだからには、私がスポーツの魅力を人々に届ける者である以上、素晴らしい時間だったと思える時間を提供したいと思っています。

とは言え、素晴らしいと思える時間がどのような時間なのかは子どもによって違うと思います。オリンピックに出ようとしている選手にとっては、オリンピックを目指して磨きをかける時間が、鬼ごっこが楽しいという子どもたちにとっては、面白いルールの練習といったものが素晴らしい時間になるでしょう。主体はやはり選手側にあるわけです。

ですから、指導者がやりたいコーチングをやりたいようにやれば満足した時間になるのではなく、私たち指導者が満足したと思える時間にするためには、選手が満足を感じるような時間にするしかないのです。私たちはそうした感覚でコーチングを考えています。

▷ ERUTLUCのミッションの中には「世界で最もビジョナリーなコーチチームを作る」とありますが、鈴木さんにとって「ビジョナリー」のイメージとはどのようなものでしょうか。

明確な経営理念を持ち、変化に挑み、偉大であり続ける企業を指す「ビジョナリーカンパニー」の「ビジョナリー」です。私たちはチームスポーツのコーチチームですから、コーチ同士のチームワークが悪く成果が上がっていないと説得力がないので、コーチチームとしての組織を確かなものにしたい、ビジョナリーカンパニーのような「ビジョナリーコーチチーム」でいたいと考えています。

「偉大であり続ける」のなら野心的なことをしようというわけで、「世界で一番ビジョナリーなコーチチームであろう」をテーマとして掲げています。何十人、何百人のコーチが皆、稼いでいる、学んでいる、成果も上げている、世界でそんな規模でやっているところはない、それぐらいの組織作りをして死のうという気持ちでやっています。アメリカにはもっと大きな組織があって全然話にならないと言われるかもしれませんが、世界一を目指していればいずれそうなっていく可能性はあります。

「ディズニーを超えよう」などという大きな目標も掲げています。私たちのようなバスケットボールスクールは、各ご家庭が家賃などの生活費や必要な費用を払い終わった残りのお金、残りの時間で成り立っているのが現実です。そういう意味では部活動もそうですよね。部活動はお金をとるわけではありませんが、お金と時間というのは家庭にとってはどちらもコストで、それをどこに払うかという点で同じようなものです。つまり、子どもたちの放課後という時間をどこに使うか、何に使うかという選択肢に自分たちのバスケットボールチームがあるかどうかですから、他に使いたいというものが全部ライバルだとすると、それは学習塾やスマホゲームやエンターテイメント全般になります。それらを全部並べて「どれが一番強敵だろう、どれを倒したら一番すごいだろう」と考えた時に「ディズニーランド」の名前が出てきました。そこで、私たちのスクールでは、30人参加したら30個、という風に、出席した子どもの数だけ◯をつけているのですが、その◯の数でディズニーを越えようということになりました。ディズニーランドとディズニーシー合わせて年間入場者数は3000万人ちょっとですが、現在、私たちの出席の○の数はまだ10万ぐらいです。47都道府県でどれだけの子どもが私たちのところでスポーツをしたら追いつけるのかを試算したところ、30人の教室で休みなしで開催できたとすると、年間約1500の○がつきます。それが2万教室あるとディズニーランドに追いつけるという計算になります。社員が3〜4000人ぐらいいないと追いつけないということがわかりました。そこで今は、3〜4000人の社員を育てるためにはどうすればいいかに取り組んでいるところです。

最終的には、30年ビジョンで様々な種目と連携していきたいと考えています。私たちの会社だけで追いつこうとするのではなく、他の種目の同じような志を持った指導者の方たちと手を繋いで、子どもたちの空いた時間を学習塾やスマホゲームに使うより、スポーツの指導者がやっている空間に子どもを預けることが一番だと日本中の保護者に思ってもらえるようになりたいです。勉強も大事ですが、社会の変化からいうと、テストの点数が取れればいい人生を送れるという時代ではなくなっているようなので、私たちのような指導者が果たせる役割は大きくなってきているのではないかと思っています。

▷ 鈴木さんが考えるスポーツの魅力とは何でしょうか。

昔は、兄弟が多かったり、近所の年上の子たちと付き合いがあったり、おばあさんやおじいさんなどの大人が家庭内にいたりする環境の中で子どもは育っていました。しかし今は、近所との付き合いがほとんどない、親戚も少ない、おばあさんやおじいさんと一緒に住んでいない、親と先生ぐらいしか大人に触れる機会がないという子が多くなっています。それは子どもの教育にとっては大きな損失だと思うのです。学習塾では先生に教わっても、それは「勉強して点を取る」という自分の世界の中だけでの影響に留まってしまいます。自分がテストでミスをしても自分の点数が減るだけです。ですがスポーツは自分のミスがチームの結果に影響します。自分のがんばりでチームを助けることができます。チームスポーツは子ども同士の影響の与え合いがより多くなるので、そうしたスポーツを通じた子ども同士のコミュニティに大人が良い形で介在することで、近所付き合いに似たコミュニティの機能を果たせるのがスポーツの現場なのではないかと思います。自分がやったことが自分に帰ってくるだけではなく、周りにも影響するのだということをリアルに体験できるというのは、近年ますます重要な機会となっていますよね。スマホゲームや学習塾では起き得ない教育的機会がスポーツの中にはあって、それを親でも先生でも友達でもなくコーチがサポートできるのがスポーツの価値だと考えています。

満足したと思える人生に関しては、アメリカの名バスケットボールコーチであったジョン・ウッデンさんの名言があります。“Success is peace of mind”、「成功は心の平和である」という成功哲学です。「なりうる最高の自分になるためにベストを尽くしたと自覚し満足することによって得られる心の平和。それが成功だ。心が満足しているのが成功だ」といった意味です。この言葉は素晴らしいと思います。人と関わった時に感じられる心の平和は、自分が頑張ったら手に入るもの、人と手を繋がなければ手に入れられないものを手に入れる、そこに向かっていくことが心の満足感を大きくする、そんなことをスポーツは提供できるのではないかと思っています。人生の中で費やした時間が価値あるものだったと思うためにも、そこに面白さを見出せるスポーツ現場を増やすことにチャレンジしていきたいです。

そもそも私のスタートラインは、中学校の授業で知った「輪廻転生」だったように思います。前世で自分が何をしていたのか、来世はどうなるのかわからないということは、自分の人生がどうだったかは自分しかわからないということ。それなら自分がどう感じてどう死んだかが自分の人生なのだろうと何となく思ったのですが、それをジョン・ウッデンコーチが言語化してくれたような気がしています。

▷ 将来の夢やビジョンについて改めてお話しいただけますか。

経営者だからわかったことなのですが、ビジネスというのは価値を届けることです。価値があると人が認めることで初めてお金が動きます。部活動の指導者や若い指導者も同様で、価値が届かないと子どもは来続けてくれませんし、親も子どもを練習に行かせようとは思いません。ビジネスというのはそういう意味で指標としてわかりやすいのですが、ビジネスではない部活動のコーチであっても、その指導者にはこれだけの価値があるのだということを知ってもらい続けることが大事です。自分たちがやっている仕事が、子どもたちにとって価値のあることなのだということをもっともっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。

繰り返しになりますが、価値あることをしていても、相手に届けないと知られない、知られなければ来てもらえないのです。私たちは今まで以上に自分たちが良いコーチ、良い指導者になることを目指すと同時に、子どもたちや家庭に「スポーツっていいものだ」「指導者と出会うことは価値のあることだ」ということをもっと知ってもらうことが大事なのではないでしょうか。そう考えれば、体罰なんて存在し得ないと思います。こちらが黙っていても全ての子どもが部活動に入ってスポーツをしてくれるという時代はとうに終わっているのですから。

▷ 日本のスポーツ界の最大の課題は何だとお考えですか?

指導者が自分の価値に気づいていないことではないでしょうか。価値ある仕事をしているのに、本人がそう思っていないことが多いのではないでしょうか。また、悪い例を示すとすれば、価値ある仕事ができる立場にあるにもかかわらず、その価値を放棄しているような指導者がいることも現実です。例えば、子どもたちが30人チームに入ってきて、とんでもないコーチングをやり続けた挙句25人やめて5人しか残らなかったとします。その5人で大会に優勝できたとき、最後まで辞めなかった選手が結果を残した。それは美談になるのでしょうか。指導者として価値ある仕事をしたことになるのでしょうか。それで価値ある仕事をしたように思ってしまうことがあれば、その指導者は「勝利」にしかスポーツの価値はないと考えているのかもしれません。それは育成年代の指導者として危険な価値観だと私は思います。その5人は価値あるコーチングを受けたと思うかもしれませんが、25人は価値を感じられずにやめているわけです。勝利したことを否定するつもりは毛頭ありませんが、もしかしたら30人で達成できたかもしれない可能性を捨てすぎているように思うのです。「25人が辞めなかった」ところに、スポーツの指導者として価値あるものがたくさんあるのに、その価値に気づいていないのかもしれません。会社で言えば、工場から公害を出したけれどものすごく稼いだというのと同じです。その利益に価値があると思っていたらそれは大間違いで、結果としていくら利益を出していても、社会を不健康にしているその企業は社会から不必要とされるのです。その例えでいう利益のように、勝利にしか価値を見出せない指導者がまだまだ多いことが、今のコーチング現場の最大の問題なのではないかと思っています。もっと大きな価値のある仕事がコーチにはできるはずです。

▷ 最後に、指導者の皆さんにメッセージをお願いします。

私が最も大事だと思っているのは、コートに立っている時間は紛れもなく皆さんの人生の一部ですから、その時間を素敵な時間にする事です。その気持ちがあれば、もっと学ぼうと思えるかもしれませんし、子どもたちをもっと大事にできるかもしれません。ですから、子どもにとって良いことしましょうとか、素晴らしいコーチでいましょうというよりも、まずは、自分の人生の時間を本当にいい時間にしましょう。そんな考え方が私は好きです。(了)

(文:河崎美代子)

◎鈴木良和さんプロフィール

1979年6月生まれ。41歳

茨城県つくば市でバスケットボールをはじめ、筑波西中学校から県立並木高校へ進学。その後は指導者としての道を志し、千葉大学のスポーツ科学課程に進学。

千葉大学では同大学教授の日高哲朗氏に師事し、指導者としての礎を築く。

その後、WJBLシャンソン化粧品の練習補助や2003年に釜山で行われたアジア大会に男子日本代表のテクニカルスタッフなどを経験。

時を同じくして、千葉大学大学院に進学し、そこでバスケットボールの家庭教師という事業を立ち上げる。

その後、ドイツ、チェコ、スペイン、イタリアでジュニア期のコーチングについて学び、2007年に株式会社ERUTLUCを設立。

現在、指導者約80名、社員13名、年間4000件以上の指導を行う事業を運営している。監修書籍は26冊、DVDは24作、そのほかコーチングクリニック誌や月刊バスケットボールの連載なども担当し、TEDx  Hamamatsuのスピーカーとして登壇するなど、幅広くメディアにも出演している。

現在、各都道府県協会の指導者講習会も数多く担当しており、2016年からJBA技術委員会指導者養成部会員、ユース育成部会員として活動し、U12、U13ナショナルキャンプのヘッドコーチ、男子日本代表のサポートコーチとしても活動している。

男子U22代表のスプリングキャンプのクリニックやWJBLチームのオフシーズンのワークアウトを担当するなど、バスケットボール界においてトップと育成年代をつなぐという役割を担っている。

【関連サイト】

株式会社ERUTLUC

ERUTLUCはカルチャーをさかさまに読んだ会社名で、「子ども達のスポーツ文化をより良くする」という思いを表している。