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リレーインタビュー第50回 林謙人さん(後編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、イタリアSerieAのバレーボールチームReale Mutua Fenera Chieri’76(キエリ)のコーチ林謙人さんのインタビューを3回にわたってご紹介します。

林さんは日本体育大学・大学院を卒業後、トヨタ車体クインシーズ、アメリカの中高生チーム、U16、U19の日本代表チームなどのコーチを経て、現在イタリアのプロチームで活躍中です。「選手にとってコーチも環境」「変化を愛する」など、林さんの経験と考え方は指導者の皆さんに数々のインスピレーションを与えてくれると思います。

(2023年11月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/50-1/

中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/50-2/

▷ バレーボールは1人のミスが相手の得点になるというスポーツで、ミスの責任が重いと思います。それだけにチャレンジングなことをするのは難しいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

まさしくバレーはミスのスポーツで、トップレベルでもサーブでミスをしない選手はいませんし、同じ動作でもうまく行かないことがあります。巧緻性やバランス感覚の高さが要求される競技ですので、ミスをどのようにコントロールしマネジメントするか、特にメンタルの部分が重要になります。失敗を何に活かすかはバレー以外のことにも繋がっていて、たくさんミスできるスポーツだからこそ多くのことを学べると思っています。

つい「ミスするな」と言いがちですが、バレーはミスを材料として利用できるスポーツです。起きたミスは自分で考えなければいけませんし、修正しなければなりません。なぜミスが起きたのかを考えてもらうには非常に良い競技だと思います。そういう意味でバレーボールは、最もミスを成長に繋げる事ができるスポーツです。ミスは学びの糧と考えています。

▷ ミスについて選手と話す機会はありますか?

結構ありますね。しかし、直接的なミスというものに関して話す事は少ないです。それよりも、何をどうするかの話をします。トヨタ車体時代はサーブのコーチをしていたのですが、当時は試合でミスがあっても、一度も「ミスをした事実」について言及しませんでした。25点のうちの1点にすぎないですし、私はとにかく励まし続けました。でも、大事な場面でビビってしまったことで起きたミスについてはかなり言及しました。ミスそのものよりも「サーブ打つ前に何を考えてた?」というような質問をしていました。「何をやるか、どこに打つか」に集中して、攻めて欲しいと伝えます。

▷ 普段の選手との関係作り、特に女子選手とはどのようなコミュニケーションをとっていますか?

男子と女子には異なるところはあっても大きく変わることはないと思っています。心掛けているのは全員に毎日、バレーとは関係のない話題を話しかけることです。例えば日本では、K-popの話題を持って行き話をします。私はチームでは最年少のコーチなので、年齢的にも選手と私との距離感は近い方だと思います。トヨタ車体クインシーズの印東監督には、選手が困っている時に近くで助けられるような関係性を求められていました。もちろん近くなりすぎないように注意した上でです。

もし将来、日本代表の監督になったとしてもその距離感は大きくは変わらないと思います。要求することや伝えることは若干変わってくるかもしれませんが、関係性は同じようにできたらいいなと思います。

▷ バレーボールはこれまでトップダウンの監督やコーチが多いスポーツのように見えましたが、今は変わってきていますか?

現在、日本は難しい時期にあると思います。実際のところ、イタリアでは完全にトップダウン式です。欧州のサッカーもそうだと思うのですが、激しい監督たちは自分が思ったことをしっかり伝えます。「選手もはっきり主張できる」という文化が、日本との違いで、日本はそこを変えていかなければいけないと思います。私は、コーチも選手も自由に主張できる場にします。ただのトップダウンになってしまうのではなく、お互いに主張できる文化を作ります。

▷ 林さんにとって理想のチーム像は?

「家族」です。コーチと選手も、選手同士も、お互いに難しい時期はあると思いますが、それでも一緒にいるのが家族ですよね。お互いに尊敬と愛を持てるような関係でありたいと思っています。

▷ それでは、理想の選手像は?

変化を愛せる人間になってほしいです。そうすれば、バレーに限らず色々なことを楽しめると思います。私自身、変わっていくことを厭わない人間なのですが、究極、自分勝手というか(笑)、自分が楽しいので「みんなも僕みたいになったら面白いんじゃない?」と思っているだけなのかもしれませんけど。

▷ 今のチームで林さんはどのような存在ですか?

他のコーチに比べたら比較的、主張が少なめだと思います。それはセーブしているのではなく、バランスを見ている最中だからです。セカンドコーチがとてもよく語る人なので、それに追随して言いたくはないです。ですので、今の私は、助けてくれる従兄弟の兄貴のような、弟キャラのような存在でしょうか。でも選手の愚痴などのプライベートな部分にはあまり関わらないようにしています。それは監督の意向でもあります。ただ練習の後、選手が治療を受けている時にちょこちょこいじったり、そんな部分は他のコーチより多いかもしれません。そうした関係の中で自分の考えをどう伝えるかを今探っているところです。

ここ数年で、バランスをとるということをだいぶ学びました。いずれ監督になったら激しさは必要だと思います。今、バランスを取れるようになった分、元々持っていた激しさのようなものが薄れてきているようにも感じています。そこを自分の中でどう組み立てていこうかなと考えているところです。まだ確固たる自分のフィロソフィーがあるわけではないですし。

▷ 現段階のフィロソフィーはどのようなものですか?

「結果」と「成長」、両方を得られる「文化」を作りたいです。成長のために今の結果を気にしないのでもなく、成長を捨てて結果だけを考えるのでもなく、そのどちらも必要です。そのことをうまく伝えたいです。

私が一番大事にしているのは「人」で、私自身、人に助けてもらってきた人生なので、私が監督になっても多分コーチにすごく頼ると思うのです。漫画「ONE PIECE」でルフィがサンジに「お前がいねぇと…!!俺は海賊王にはなれねぇ!!!!!」というセリフがあるのですが、その場面が大好きで。人と一緒に生きていくことが私の生きがいであり、楽しさでもあるので、選手と共に何が作れるかを楽しめればいいなと思っています。

▷ 今後のビジョンをお聞かせください。

今年度、日本代表のアンダーカテゴリに関わらせてもらったことで、日本のスポーツをもっと良くしたい、スポーツを通して日本を良くしたいという思いが増しています。日本人として海外に出てきて、改めて日本の良さを知ることが多いのです。日本人が思っている以上に日本のバレーは成長できるので、そこに関われたらいいなと思っています。

改めて感じる日本の良さとは、「人と一緒に何かを達成する」ことを考えながら行動できるところです。それに、理不尽への強さも持っていると思います。イタリアではロジカルなことを常に求められます。しかし、脳への刺激を与える為に一見関係なさそうに見える事もやってみる必要があります。そういうものが周りまわって繋がってくる、ということを日本人は理解していますよね。「なぜそれをするのか?」ではなく「とりあえずやってみるか」ができるところが日本人の良さだと思うのです。欧米の人たちは納得しないと動かないので、これは彼らにはなかなかできないことです。

こうした特徴を指導者側がマネジメントできれば、色々な練習やバリエーションで日本の選手の考え方を変えていけると思っています。イタリアだと監督は無駄なことを嫌うので、「無駄だと思うけどこんな意味があるんだよ」と説明するのに2時間かかったりします。骨が折れますね。

それから、代表で世界選手権に行ったときに思ったのですが、日本人には心に火がついた時の底力がすごい。文化的なものなのか、普段抑えられているようなものに、一度火が着くと屈強な欧米人にも負けないようなパワーを出せるところがあると思うのです。どの国よりも心と体がリンクした時の強さが大きいです。U16でもU19でも、心身の準備をし、スキルや戦術も組み合わさった時には、「パフォーマンスがこんなに変わるんだ!」と驚くような体験をしました。特に若い選手ほどそうした瞬間が多くあると思うので、それを日常的に創り出す事ができれば日本人はもっと強くなれると思っています。

▷ 心と体がガチッとハマるにはどのような要素が必要だとお考えですか?

かつて日本のバレーは世界一だったわけで、まず、その大きな目標を全員で持てるようになることが挙げられると思います。「成長したい」とそれぞれがもれなく思えた時に何かが起きそうでワクワクしませんか?失敗への不安などが取り除かれた状態で、それは起きやすくなるのではないかと思います。

欧米人は練習前には様々な不安があっても、試合ではガチッとスイッチを入れてきたりするのですが、日本ではそういうスイッチを勝手にオフにしてしまう選手が最近多いように感じています。もっと自分を信じて欲しいので、私は「自分に期待しよう」と選手に言います。トヨタ車体クインシーズ時代、チームが落ち込んだ時に私が「もっと自分に期待して欲しい。みんなすごいから」と選手に伝えたことがありました。シーズン終わりの打ち上げの際に、「あの言葉が印象的だった」と選手に言われました。私自身は覚えていなかったのですが(笑)

▷ 日本のスポーツ界に向けて伝えたいことはありますか?

「大人が変わろう」ですね。指導者が変わるのが先決です。私はいずれコーチデベロッパーになりたいと思って勉強している最中なのですが、指導者から世界を変えていけるようにしたいと思います。指導者が変わるには、まず「変わろうとすること」が必要ではないでしょうか。世界中で学んでいくと、自分とは異なるやり方や意見もたくさん出てくると思いますが、「ああ、そういうのもあるのか。やってみよう」という感じで受け入れること。選手は環境が整えば違いを受け入れることができるので、指導者がそれをどれだけ自分で実践できるかがポイントなのではないかと思います。

▷ 最後に、指導者へのメッセージをお願いします。

変化を愛しましょう。日本中のコーチの皆さんとたくさん議論をしたいので、興味を持ってくださった方はいつでも連絡ください。みんなでコーチングを盛り上げていきましょう。(了)

(文:河崎美代子)

◎林謙人さんプロフィール

佐賀県出身

日本体育大学男子バレーボール部 – 大学院修了

日本体育大学男子・女子9人制バレーボール部 監督

トヨタ車体クインシーズ コーチ

Atlanta Performance Volleyball 18Elite Head coach

U16日本代表 アジア選手権 金メダル コーチ

U19日本代表 世界選手権 第4位 コーチ

Reale Mutua Fenera Chieri ’76(イタリアSerieA) コーチ

【関連サイト】

バレーボールコーチ・ケント