「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、日本バスケットボール協会(JBA)スポーツパフォーマンス部会 部会長の佐藤晃一さんにお話を伺いました。
佐藤さんは大学卒業後、当時日本ではあまり知られていなかったアスレティック・トレーナーになるべくアメリカの大学に留学、その後23年間の在米中に、NBAのワシントン・ウィザーズで5年間リハビリテーション・コーディネーター、ミネソタ・ティンバーウルブスでスポーツパフォーマンスディレクターを3年間務められ、2016年より現職に就かれています。
アメリカで学ばれたこと、コミュニケーションについて、チャレンジの大切さなど佐藤さんのお話を前・中・後編の3回にわたってご紹介します。
(2021年5月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/29-1/
それは多分「加えるか、減らすか」の問題だと思います。英語で言うと「addition by subtraction(減算による加算)」です。
誰もが相手に対して何かしなければいけないという気持ちを持っていると思います。「何も言わずにいる」ことは一見、放置しているようで冷たく見えるかもしれません。スポーツの選手起用でも、選手交代しないことや、ピンチでタイムアウトを取らないことも手を打っていることであるように、物事を良くするには必ずしも何かを加えなければいけないのではなく、何かを取り除くことも大切なのです。こちらが何かを表現し続けることも大切ですが、時には何も言わずに、相手に考えを発酵させる時間を与える方がいい場合もあります。選手によっては毎日「怪我どう?」と聞かれたら嫌になってしまう選手もいるでしょう。
私たちは選手に対するとどうしても「何か言ってあげなくては」「繋がっていなくては」と不安になってしまい、それを解消するためについ前傾姿勢になってしまいます。でもそこで必要になるのが、ネガティブケイパビリティ(消極的能力)、つまり「白黒はっきりさせない」ことに慣れることです。「この人私のことをちゃんとわかってくれているかな」と不安になるかもしれませんが、そもそも「わかってくれない」という前提で接していればいいと思います。なので、Empathyの能力を使って相手の立場になり、Courageをもって自分を表現して相手に接するということです。
いかに言葉の数を減らすかを意識し始めた時でしょうか。JBAに入って指導者養成部会部会長の鈴木淳さんや、ERUTRUC代表の鈴木良和さんと仕事をするようになって、コーチングとティーチングの違いに触れるようになったことは大きかったです。私が関わるトレーニングやリハビリの分野はバスケットボールの指導に比べて、選手にとっては比較的不慣れな分野だと思うのです。ですからある程度教え込まなければならず、選手ができていないとつい「ああした方がいい」「こうした方がいい」と言いたくなります。でもその中でも減らせることはあるのだと考え、最小限の指導をして、あえて観察するようになりました。言葉で指示するのではなく、例えば足の裏の感覚がどんなかを聞くだけで、こうしなさいとかこうあるべきだというような指示はしないようにしています。まだ試行錯誤の最中ですけどね。
コーチングを導く作業、ティーチングを教える作業と定義すると、この2つを使って、選手が自分で自分を導けるようにするという感じですかね。ティーチングに関しては、Empathyを働かせてそれぞれの選手にあった指導をすることを心がけています。また、ティーチングの方法も、自分のパターンにはまりたくないので、あえて「禁じ手」を作るようにしています。つまり、目の前にタスクがある時に、そのタスクに有効なエクササイズなどの自分の得意技をあえて禁じ手として使わずに、別の方法をとることで新しい発見をして、自分の対応能力を高めるようにしています。同じことを繰り返していたら飽きてしまいます。
選手が自分で自分を導けるようにするために、今はティーチングをできるだけ減らそうとしています。選手の五感を研ぎ澄ますような言葉掛けをいかに少ない言葉で行うか。選手自身に感じる能力がないと、選手は自分で学ぶことはできないと思います。
自分で学ぶには自身のフィードバックが不可欠なのですが、現在はたくさんの便利な道具がありますよね。動画で自分の体をチェックしたり、体の動きを可視化できて心拍数も測れるようなセンサーを使ったり。それ自体は良いことなのですが、人間には自分の体を知る力が元々備わっているのです。「今日の体調はどうですか」と尋ねられて、自分の体のどこがどのように重いかを答えたい時、アプリに出ている数値をチェックする以前に、自分の感覚で自分の体を把握できている必要がある。そのためにはまず選手たちの五感を回復させなければいけないと思います。便利が人類をダメにしていると言われますが、今は、視覚にしても味覚にしても自然のものに触れることがほとんどなくなっていますから。
手始めとしては裸足でエクササイズをさせたり、足の裏や手のひらはもちろん、地面や壁と接触している体の感覚を意識させたりします。
また、日頃の会話の中で、五感を刺激するような話をよくします。例えば、今が旬の食べ物の話や、趣味で撮った風景写真の話。選手たちはどうしても体育館にいる時間が長くなるので、今は桜が咲いているよ、富士山はこんな風に見えているよといったことを写真で見せながら話したりします。体育館の中の人工の色彩に比べたら、画面上だとしても自然の色彩は圧倒的に刺激的ですからね。
さらに、考えることを促すような話題や問いかけをします。例えば、大坂なおみ選手がBlack Lives Matterに賛同して全米オープンの場でアピールをした時、スポーツ選手が政治的発言をすべきかすべきではないかということが話題になりました。彼女は黙ってテニスをやっていれば良いわけですが、あえて行動を起こしました。物事をぼんやりみているだけでなく、自分はどう考えるかが必要だと思いますが、ただ自分の競技だけやっていればいいという選手も多いようです。自分のスポーツ以外に時間を費やしたりしてはダメというような考え方もあるじゃないですか。
ですから、この世ではバスケットボール以外にも様々なことが起きているのだと話します。そういった問題に関して発言するしないは別として、考える能力を持っておかないと、引退後はもちろんのこと、選手としても視野が狭くなってしまうと思うのです。
皆さんもご存知だと思うのですが、ネットには無数の情報があるはずなのに、Yahooのホームページを開くと、過去の閲覧や検索履歴を元に記事や広告が並んでいます。こういった仕組みのせいで、自分が求めていない情報に接することがどんどん難しくなってきています。ですから選手に対して本の話だったり、ちょっと考えさせるような話題を投げかけたりするのです。五輪のワクチンの話も選手とスタッフにはしましたよ。私たち五輪参加者に優先されることをどう考えるか。もし質問された時に自分の意見をちゃんと言えなくちゃダメだよと。
私は今までの実績があるので、自分で言うのもなんですが名声も実力も必然的に今のスタッフの中で一番上にいます。選手が私のNBAで仕事をしていたというバックグラウンドを知っていれば、私に見てもらいたいと思うでしょう。しかし私が全ての選手をサポートすることはできませんし、それをしていたら私のスタッフが仕事をしにくくなります。
選手との距離感と同じように、スタッフとの距離感も大切です。選手にもスタッフにも近づきすぎてはいけない。寄り添いすぎるとスタッフは私にどうすればいいのですかと聞いてきます。一挙手一投足を私が指示するのではなく、彼らには育ってほしいし、独立心を持ってほしい。同時にここはおさえておいてほしいというところを上手に伝えなければなりません。ストレングスコーチとアスレティックトレーナーの区別はありますが、お互いの立場を理解して、協力して物事を行うことが、選手をサポートするチームとして不可欠です。
JBAにはA代表だけで男女5人制、男女3X3と4つのチームがあり、それぞれにスタッフがいます。これらの男女やカテゴリーの垣根をなくして、スタッフ全員でサポートし合うようにしています。ある選手が苦労している時にそのチームのスタッフが苦労していたら、他のスタッフが知恵を貸してあげた方が良いと思うのです。誰の手柄といったことではなくて、みんなでみんなをサポートしましょうと言うのは大事ですし、それをやることによってお互いから学ぶこともあります。
スタッフが成長し続けるために、私も学ぶ姿勢を見せるようにしています。私にわからないことがあればスタッフに聞きますし、今は難しいのですが、外部の人を連れてきてスタッフと一緒に学ぶ機会を作るようにしています。
私がまだNBAで仕事を始める前に、友達がアスレティックトレーナーをしているNBAのチームに遊びに行ったら、ある日その人が「コウイチ、ちょっとこの人の膝を見てよ」と言うのです。私は見学していただけなので「本当にいいの?」と聞いたら、「こいつはいつも僕たちに見てもらっているから、たまには他の人にも見てもらうのもいいんだよ」と言うのです。他にも同じようなことがあり、私も機会があれば自分がサポートしている選手を他の人に見てもらうようにしました。選手にとってリフレッシュになりますし、チームみんなでやるというのはそういうことかと思ったわけです。以前だったら、誰か他の人が自分よりも選手の問題を解決できたら、選手の自分への信用が失われるのではないかと思っていましたが、それは全く自己中な考え方ですよね。今は選手にとってベストの方法を考えます。実は自分も学べるので自分にとってもベストなんです。
なぜこのように考え、振る舞えるようになったか、その理由を考えることがあります。経験からなのか自分の年齢のせいなのか、それとも他の要因があるのか。私の場合、両方あると思うのです。少し名前が知られるようになったので、NBAでやっていましたとか、これだけできます、ということを頑張って外に出さなくてもいい立場になったので、リラックスしてできるようになったこともあります。私は若い時、ガツガツと自分が自分がと思っていた時がありましたが、若い時からそうではなくオープンに振る舞っている人はなぜそうできるのだろう、それで道が開けているのだろうか、と考えます。
今のところ、自分のためではなく人のためにやっているという方向性があるかないかということだと考えています。自己顕示欲があると自分はこれだけできる、とつい主張したくなります。他人のためにやるということがちょっと恥ずかしい世の中になってきましたが、結局はそこに行き着くのかもしれないですね。(後編に続く)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/29-3/
◎佐藤晃一さんプロフィール
日本バスケットボール協会スポーツパフォーマンス部会部会長。
1971年生まれ、福島県出身。
東京国際大学教養学部国際学科卒業。
イースタンイリノイ大学体育学部アスレティックトレーニング学科卒業。
アリゾナ州立大学大学院キネシオロジー研究科バイオニクス修士課程修了。
アリゾナ州立大学スポーツメディスン・アシスタントアスレティックトレーナー、
ブリストールホワイトソックスヘッドアスレティックトレーナー。
2008年から
NBAワシントン・ウィザーズでリハビリテーション・コーディネーター。
2013年から
NBAミネソタ・ティンバーウルブズでスポーツパフォーマンスディレクター。
2016年から現職。
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