「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。
今回は、日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)の渡辺輝史(きし)さんにお話を伺いました。
小学2年生でテニスを始め、選手として世界を目指して奮闘してきた渡辺さんですが、大学生の時にバーンアウトを経験して引退。その後、大学院、人材会社勤務、テニス指導者を経て、現在JSCで『次世代アスリートの発掘・育成の支援』を担当されています。
ご自身の貴重な体験を踏まえ、大局的な視点で選手やスポーツの未来を考える渡辺さんのお話を2回にわたってご紹介します。
(2022年2月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/35-1/
中央競技団体(NF)の発掘・育成、審査等にはタッチしていません。JSCはNFに委託し、支援する立場です。私の役割は、NFが事業を実施するうえで、アスリートの発掘・育成の仕組み(アスリート育成パスウェイ)を開発し、次世代の有望選手を発掘・育成するサポートをすることです。そのなかで、HPSCとして共有できる情報は提供させていただいています。
JSCの立場としてではなく、テニス指導者の立場から見ると、テニス選手はどちらかと言えばおとなしめで、自分から話すというより人の話を聞いた上で発言するタイプの方が、指導者に言われたことについて自分の意見を持っていたりします。
テニスは自分で解決しなくてはいけないスポーツですから、指導者に言われたことを鵜呑みにしているだけでは、試合の時に行動に移せなかったり強みとして活かせなかったりすることがあります。アドバイスされたことを解釈して自分のものにするということは控えめな子の方が得意なように思えます。
もちろん「自分を表現する」と言う部分も必要ですが、試合は根性論で勝てるというものではなく、相手やコートサーフェイスなどの環境(状況)に対して、自分の強み(プレースタイル)をどのように活かし、勝利に繋げるか自分で考えることが大事なので、自分で自分に問いかけることのできる選手が伸びるようです。もちろん団体競技のようなコミュニケーション能力も、周りからの協力(アドバイス)をもらうためには必要ですが、試合に勝つためには、自身で問題解決できる能力をもつことがテニス選手には求められると思います。
努力を重ね続けられる選手は、トップ選手になれるチャンスがあると思います。しかしながら、努力は必ずしも成長や勝利に繋がるものではなく、いくら努力を重ねても埋まらない差が勝負の世界にはあります。
私自身、日々練習している時に、これだけ努力しているのに結果が出なかったらどうしようと思った時期がありました。努力イコール勝つというわけではない、そのことに気づいた時に「これをやり続けて結果が出なかったら自分は終わりだ。自分には可能性がないのだ」と思ったのです。この恐怖心は練習やトレーニングを一生懸命やればやるほど強くなり、自分自身と向き合うことが耐えられなくなりました。そこから、少しずつ自分でブレーキをかけるようになってしまったせいで、努力も、するべきこともできなくなり、結果が出せなくなりました。
努力を積み重ねた上で得られるものや、努力をしても勝てない時に感じる感情といったものがトップ選手になるためには必要です。ですが、積み重ねても結果が出ない時に絶望感と向き合い、それでも努力を重ねることは選手にとって非常に厳しく、辛いことだと思います。
もし自分が指導者に戻るのなら、選手が目標を達成するためのサポートをしながら、大切なことは結果だけではないと言うことを伝えたいです。トップ選手として活躍できるのは一握りの選手のみですし、誰もがいつかはテニスを引退する日が来ます。トップ選手を目指す過程から多くのことを学び、一人の人間として成長してほしいです。
また目標を達成する力、問題を解決する力などの主体性や実行力を培うだけでなく、様々な機会も無駄にしてほしくないと思います。私自身、遠征などの時には、試合が終わるとすぐ帰って来ていました。とくに負けた時はこの場からすぐに去りたいという気持ちがあって、夜行バスに乗って無理矢理帰ることもあったぐらいです。でも今になって思えば、その国や土地の文化や様々なものをもっと体感するべきでした。その場所にいるからこそ感じられることがたくさんあったと後悔しています。
主役はあくまでも選手ですから、指導者は自分の価値観や考えを押し付けるべきではないと思います。指導者やコーチというのは教える者、導く者と思われがちですが、そうではなく、指導者も選手から学ぶことが多いと思うのです。選手たちとの対話で得られるものや気づくことは大きいです。ですから、お互いが同じ目線で寄り添って一緒に成長していくこと、あくまでも人と人の関わり合いであることを忘れてはいけないと思います。
また、一人の人生に関わるという点で、指導者は自分の競技の知識だけでなく、幅広い知識や情報を得る必要があると思います。専門的になることも大切ですが、選手が指導者と関わる時間は多く、選手により近い存在で影響を与える人物でもあることから責任は大きいと思います。
最後に、HPSCでは得られた知見や情報を社会に還元できるよう努めています。是非、ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)のホームページなど見ていただければと思います。子どもがスポーツに触れてからトップアスリートになるまでの道筋である『アスリート育成パスウェイ』についての説明、各部の取組みや情報が掲載されています。(※参考サイト:ハイパフォーマンススポーツセンター、 アスリート育成パスウェイ)(了)
(文:河崎美代子)
◎渡辺輝史さんプロフィール
小学2年生から姉の影響でテニスを始め、本格的にテニスに打ち込むため神奈川県に引っ越し、有名テニスクラブに入門。
中学校からは親元を離れテニスにかける生活を続け、全国大会優勝や日本代表選手選出などの戦績を収める。
しかし、大学進学とともに少しずつ心身のバランスが崩れ、バーンアウトしテニスを引退。
その後は、大学院に進学しスポーツマネジメントを学び、現在は日本スポーツ振興センター(JSC)で各中央競技団体のパスウェイコーディネーターを務めている。
また2021年10月からは、日本テニス協会アスリート委員に就任している。
2015年3月 慶應義塾大学大学院(修士)修了
2015年4月~2017年6月 人材会社(営業兼コーディネーター)
2017年7月~2020年8月 テニス指導者
2020年9月~ 日本スポーツ振興センター
ハイパフォーマンス戦略部開発課 パスウェイコーディネーター
※2020年9月~2021年3月 ハイパフォーマンス統括人材の育成支援 兼任
2021年10月~ 公益財団法人日本テニス協会 アスリート委員
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