「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、空手家・指導者の森川琢也さんです。
森川さんは小6から「武の道」を志し、2013年にはカラテワールドカップで3位に入賞するなど常に世界を目指してきた空手家ですが、自ら立ち上げたBUDOU KARATEDOU天水は「戦わない空手」としてスタート。格闘技でありながら「戦わない」とは?子供達に言い続ける「5つの約束」とは?森川さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2025年7月 インタビュアー:松場俊夫)
2017年に現在の道場の原点となる空手教室を学校の体育館で始めたのが最初です。私は当時小学校で介助員をしていました。肢体不自由や発達障害のある子を一日中介助する仕事です。その子たちがいたのは普通学級でしたから色々な子と仲良くなっていく中で、「先生、空手やってるの?」と声をかけて来た女の子がいました。その子は他の子となかなか馴染めない子だったのですが「空手がやってみたい」と言うのです。「じゃあ教えてみようか」となり、まず体育館で5人ほどから始めました。現在、私の道場の方針は「戦わない空手」ですが、そのスタンスは当時からのものです。
私はもともと指導者を志望していたわけではありませんでした。教えるのは好きでしたが、選手を育てることに興味がなかったからです。ただ現役を終えたらその方向も考えようとは思っていましたが。
私の道場は様々な方に声をかけていただいたおかげで、少しずつ練習日も増え、大人も含め生徒も集まり始めました。道場の方針はキャッチーにしたかったこともあり「戦わない空手」にしました。基本的に試合は一切考えず、組手も私が攻撃を受けるというスタイルで始めました。怪我の怖さもありますが、空手というのは心の在り方や基礎体力、体幹の力といった様々なことを学べるので、まずそれらを身につけさせたかったのです。
最初に声をかけてきた女の子は、友達とうまく話すことや集団の中で自然に振る舞うことがうまくできなかったのですが、稽古に一生懸命取り組んだことで、自分の居場所を見つけ、後輩たちとの関係も築くことができました。彼女の変化を見ることができたのは大きい経験でした。お母様にも感謝していただきました。

身体の「芯」や「軸」を作ることで「立つ力」を身につけてほしいです。それはつまり姿勢ですが、基礎体力であると同時に、「人として立つ力」でもあります。達人の方とYouTubeでコラボレーションすることがあるのですが、達人は実に簡単そうに相手を倒します。人というのはしっかり立っている人に無意識に寄りかかってしまう習性があり、そうなると軸が崩れるのでちょっとした力が加わるだけで倒れてしまうのです。私は達人の先生方から「立つ」ことの重要性を学びました。人は精神的にもしっかりした人を頼りますから、私はそういう人間性を育てていきたいと思っています。
「芯」や「軸」になると思います。信念や内面的な強さが「芯」、そのまわりにあって外から見えるもの、例えば行動などが「軸」なのではないかと考えています。私が選手を育てないのは、子供たち一人一人の芯や軸があるので、試合に出る必要がないと思うからです。
例えば、道場の一番上の帯の子は小学校3年生の女の子なのですが、彼女は将来お医者さんになりたいと言っています。医者になるためにも「芯」や「軸」は大事ですし、勉強をたくさんしたり課題をクリアしたりするには「立つ力」が強くなければなりません。それが私の考える「立つ」ということ、体幹の強さと折れない心を持つことです。
ですから私は指導の中で「姿勢、挨拶、返事、聴く、靴を揃える。この5つは必ず守ってね」とよく言います。他のことは全く自由ですが、この5つについては厳しく言っています。この一つ一つができてくるだけで心身が整っていくので、その上で拳立てや腹筋などをやって体を強くすればいいと考えています。
実は参考にしたものがあります。それは「ヨコミネ式教育法」で、「すべての子どもが天才である」という考え方を基に、子どもの可能性を最大限に引き出すというものです。バク転ができたり跳び箱10段が跳べる園児のいる幼稚園で、そこの教育の仕組みを調べてみたところ、その中に「姿勢、挨拶、返事、聴く、靴を揃える」の5つの柱があり、これは空手でも全く同じだと思ったのです。
「姿勢」に関して言えば、強い体とぶれない体幹。「挨拶と返事」は社会に出たら絶対に必要になるものです。でも「聴く」ことは、今の子供たちにとって難しいものです。子供たちはいつも何かしながら人の声を聞いていて、なかなか集中できません。そもそも集中して聞く習慣がないのです。聴くことで得よう、感じようという力が弱くなってしまうのではないかと心配しています。
私が選手の時、2013年のカラテワールドカップ準決勝で負けたのですが、なぜ負けたのかを10年以上考え続けました。私は世界一になったら死んでもいいという覚悟で臨んでいたのに、チャンピオンになれなかったのはなぜなのだろう、それがずっと引っかかっていました。あんなチャンスはもう訪れませんでしたし、自分にとって最大の心残り、後悔でもありました。
そして数年前にようやく気づいたのは、「集中力が足りなかった」ということです。相手は勝利への強い執念を持っていましたが、自分は「こんな相手と戦えるなんて面白いな」とワクワクした気持ちになってしまいました。これは集中力の差、執念の差です。
では「集中力」とは何か。その問いをずっと考えて来ましたが、最近わかったことがあります。人は「拳を握る」というアウトプットの際、脳から電気信号が送られ筋肉が収縮し拳が握られます。逆に、何か物を手に乗せて「感じてください」と言われると人は力を自然と抜くのです。これは脳からの信号ではなく「物を手に乗せる」というインプットがあると「感じよう」として脱力が起こるからです。感じ取ろうとすること、相手の息遣いや体の緊張を感じ取ろうとすることが脱力につながり、試合の中で集中力になるのではないかと考えました。スポーツは「脱力」の状態で動いた方がいいとよく言われますが、「そういう強さがあるのですよ」と達人の方はおっしゃっていました。「聴く」ことも同じです。耳だけでなく全ての感覚器官を使うことが大事なのだと感じています。(中編に続く)
(文:河崎美代子)
◎森川琢也さんプロフィール
空手家・指導者
1988年11月28日生まれ。小学6年生から武の道を志し、中学3年生で全国大会を制覇。順天堂大学スポーツ健康科学部に進学しスポーツ科学を学ぶ。
現在は、空手家・指導者として活動しつつ、YouTubeチャンネル「天水さん」で武道や格闘技の魅力を発信。チャンネル登録者は3.5万人を突破。世界大会軽量級3位の実績を持ち、空手道場「BUDOU KARATEDOU天水」での指導に加え、全国各地でセミナーも開催し、心と身体の成長を理念に幅広い世代に指導している。
【関連サイト】
BUDOU KARATEDOU天水