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リレーインタビュー第25回 中川英治さん(後編)

©JBFA/H.Wanibe

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、ブラインドサッカー男子日本代表チーム ヘッドコーチ兼ガイド 中川英治さんにお話を伺いました。中川さんはクーバー・アカデミー・オブ・コーチングのヘッドマスターも務めていらっしゃいます。

中川さんは現在、オランダ人指導者ウィール・クーバーが開発したサッカー指導法を実践するクーバー・コーチングで主に指導者の養成を行っています。その中で出会ったブラインドサッカーに大きな可能性を感じ、2015年秋から日本代表チームのヘッドコーチとして、東京パラリンピックでのメダル獲得を目指しています。

サッカーとブラインドサッカーの指導に「違いはない」とおっしゃる中川さん。「強み」を伸ばす指導、視覚だけに頼らない「伝え方」、「目利き」としての指導者の在り方など、中川さんのお話を前・中・後編の3回にわたってご紹介します。

(2020年11月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/25-1/

中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/25-2/

▷ 理想の選手像はありますか。

サッカーはチームゲームですから、まず仲間と協力してプレーできることが必要ですが、一人でも打破できる選手であってほしいと思っています。サッカーは進化すればするほど、よりコレクティブになり、戦術的になっていきます。すると戦術対戦術の戦いになり、限界がきます。そこで何が大事になってくるのかと言うと、打破する個人です。その個人が突き抜けていくと、これを抑えようとしてコレクティブな守備になっていき、それが形骸化すると、そこからまた打破する個人が出て来るという、いわゆる循環が生まれます。一人で打破できる選手だけですと「王様」になってしまいますが、私が目指しているのはそのような選手ではなく、チームメイトと協力してプレーでき、コレクティブにプレーしながら、個人としての武器も持っているような選手を育成することです。

▷ 日本人の場合、チームプレーは得意ですが、個人で打破する、自分を出すのは苦手と言われます。現状はいかがでしょうか。また、個を立たせるためにどのような指導をされていますか?

20年程前にアメリカで9歳の子供たちを指導した時、「これができる人はいる?」と尋ねたところ、全員手を上げたので、「ではやってみて」と言ってやらせると、これが全然できないのです。ところが、日本で同じ年齢の子供たちに同じことをすると、全員下を向いて、目を合わせないようにします。彼らがシャイなのはわかっていますから、できそうなことをやってみせたにも関わらず。これこそ日本人のパーソナリティだと思いました。

なぜ下を向くのかというと、答えは簡単です。自信が無いからです。ですから私たちは彼らに自信を持たせる必要があります。そのために「君にはできる」という言葉も使いますが、ただ楽観的な「できる」ではなく、本当にできると感じさせるプロセスを作ることが必要です。クーバー・コーチング選手育成システムの中には、「スキルブリッジ」という、ステップ・バイ・ステップのコーチングメソッドがあります。段階的に負荷やプレッシャー強度をコントロールし、できるようになったら次のステップ、というように段階を追っていく指導です。

例えば、二人組でキックの練習をしている、その後試合をするとキックミスをする。コーチは「さっきあれほど練習したのになぜできないんだ」と言う。でも私は、それではできるわけがないと思います。相手のいない、サッカーの試合と乖離した状況下の練習では、カオティックな状況下でそれを活かそうとしても無理です。

ですから、最初は個別の相手(守備者)の存在しない練習でいいと思うのですが、そこから少しずつゲームに近づけていくプロセスが大事です。そのプロセスを経て、一つ一つできるようになったことを積み重ね、リアルなゲームに向かっていけば、自分にはできるという自信がついていきます。論理的に言えば、自信という言葉を定義すると「将来の確かな予測と確信」。つまり、自分が培った経験があるから予測がたつ。ゲームにどんどん近づいていくような練習で成功を重ねていけば、次のステップで自分が成功する姿が予測できるようになり、確信に変わっていく。そうすれば、自信をもってプレーできるようになるのです。

優れた個人が育っていくためには自信が絶対に必要で、自信をつけるために、練習の質が大事なのです。練習の質とは、トレーニングのプログラムであり、メソッドです。それらはソフトウェアですから、それを使うために私たちハードウェアが必要になります。だからこそ私たちは重要な立場にあるのだと思います。

子供たちからのフィードバックはそれぞれ違いますから、こちらからのアプローチも一つではありません。例えば、私たちが九九をすらすら言った時に「すごいね」と言われても別に嬉しくありませんし、バカにされている気分になることもあるでしょう。やはり、自分が挑戦してたどりついたところでほめられれば嬉しいし、モチベーションも上がるわけです。

コーチというのは「目利き」だと思うのです。コーチングはアートとサイエンスだとよく言われますが、まさに、この「コーチの目」というのがアートなのではないでしょうか。例えれば、競馬場のパドックで毎週赤ペンと新聞をもって、馬たちを熱心に見ているお客さんに似ています。育成年代にはそんな「目利き」が非常に必要だと思います。

©クーバー・コーチング・ジャパン

▷ 子供たちや選手のどのような点を観察されているのですか?

「目利き」というのはアートの部分ですから、それは中川さんの才能だよと言われることもありますが、全くそんなことはないのです。何を見るか、何を観察するかだと思います。例えば、練習グランドで、準備の時などにボールを蹴って遊んでいる選手を観察していると、元気か、元気がないか、いつもはグループでいる子が今日は一人だ、などさまざまなものが見えてきます。

指導者養成のコースでは朝一番で実技をやることもあるのですが、全体集合前に受講者たちがグループでボール回しなどのプレアップしていることが大半です。しかし、時々、受講生たちが座っていたり、ストレッチしながら話し込んでいたりすることがあります。そんな時は「ああ、疲れてるな」と判断します。そのようなアラートを捉えれば、全体ウォーミングアップの方法も内容も変わってきます。

また、選手たちの集合も観察する上での大事なポイントです。集合の時は大体選手の立ち位置が決まっています。毎回、私の近くに来る者もいるし、後ろの方に隠れがちな者もいます。後ろに隠れているのが悪いわけではなく、人それぞれで良いのですが、ただ、いつも私の前にいる者が離れたところにいる時、またはその逆の場合、それは何か変化があるはずです。このような、様々な観察ポイントを自分で整理すると発見があるのではないかと思います。

▷ 理想とする指導者像についてお聞かせください。

グランドに自分が存在するだけで、選手が生き生きとプレーしている、そんな指導者です。指導者が何か取り組みをしたり、声をかけたり、モチベーションアップのトレーニングをしたりすることがなくても、ただそこにいるだけで選手が100%プレーしてくれる、そんな指導者が理想ですね。

そのためには、選手全員から100%信頼されることが必要だと思います。この人の話を聞いたら、この人のコーチングを受ければ、この人がコーチだったら、自分の目標が叶えられる、夢は叶うと心底思ってもらえたらそうなれるのではないでしょうか。

ただ、指導者が信頼されるためには、指導者自身の日々の生き方が大事だと思うのです。グランドだけかっこよくやろうと思っても、普段の生活でだらしないことが多い人は、グランドでもそのだらしなさが見えてしまうものです。特に、大きな大会などで切羽詰まってくると、その人の人間性が出ます。まじめに生きるというではないのですが、自分はどうしたいか、自分はどんな存在なのか、自分としっかり向き合えていることが必要だと思います。

指導者とはまず自分をよく知ることから始まるのだと思うのです。選手のことを理解しなければならないのですから、そのためには自分を知っていなければなりません。自分がどのような価値観を持っていて、人をどのように見てしまうのかを知っておかないと、ただの経験値で決めつけてしまうことになります。

私はいつも立ち止まりながら、いまやっている行動が自分の目標に対して正しいのかどうかを考えてみたりしています。ですが独身の頃は、サッカー以外のことはまったく考えていなかったです。講習などのワークで目標設定をすると、仕事、サッカーのことはどんどんできるのに、人生については全くできない。ショックでしたよ。もし怪我をしてサッカーができなくなったら、自分には何もないではないかと思い、人生を考え直しました。でも、結婚して子供ができたら簡単に考えられるようになりました。自分の考え方やフィロソフィー、自分の目標や存在の意味は様々なものに出会うことでアップデートされていくのだと思います。

▷ 指導者の皆さんにメッセージをお願いします。

スポーツというのはみなさんもご存じのように、その語源から言っても、強要されてするものではなく、自分で選んでやるものです。スポーツの指導者がこんなことを言うのはおかしいですが、その競技から離れるということにネガティブにならないでほしいと私は思います。もっと自由意志が尊重されていいと思うのです。もちろん、思いとしてはサッカーを続けてほしい、もっとやってほしいと思いますが、決めるのはあくまでも本人です。強制されてやるものではありません。だからこそ、私たちは競技の本質や楽しさを十分に伝えなければならないのです。そうすれば、みな、スポーツ、競技の虜になって離れることはないのではないでしょうか。(了)

(文:河崎美代子)

◎中川英治さんプロフィール

1974年 北海道出身

クーバー・コーチングの指導者養成機関である、クーバー・アカデミー・オブ・コーチングのヘッドマスター。

このアカデミーを修了したコーチたちが、現在全国153か所のクーバー・コーチング・サッカースクールで指導をしている。

クーバー・コーチング・サッカースクールのスクールマスターなど、27年の育成年代の指導のキャリアを持ち、スクールコーチ時代は、数々のJリーガーや日本代表選手、なでしこジャパンの選手の育成に関わってきた。

現在は、アカデミーで指導者養成の他、ブラインドサッカー日本代表チームでの指導もおこなっている。

JFA 公認A級ジェネラルライセンス 他

<指導歴>

北海道静内小学校サッカースポーツ少年団

北海道静内町U-12選抜

北海道苫小牧地区日高トレーニングセンター

クーバー・コーチング・サッカースクール札幌校、日野校、大田校、世田谷校など

クーバー・コーチング USAレイクプラシッドサマーキャンプ

クーバー・コーチング インターナショナルキャンプ

クーバー・コーチング オーストラリアパフォーマンスアカデミー

暁星中学校サッカー部

クーバー・コーチング指導者養成アカデミー:ヘッドマスター

ブラインドサッカー日本代表:コーチ兼ガイド

【関連サイト】

日本ブラインドサッカー協会 公式サイト

クーバー・コーチング・ジャパン 公式サイト

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