「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、バスケットボール男子日本代表チームマネージャー古海五月さんにお話を伺いました。
TOKYO2020で、バスケットボール女子代表が初の銀メダルを獲得したことは記憶に新しいことでしょう。古海さんも6年にわたり日本代表選手に選ばれ、4年間キャプテンとして活躍なさいました。共同石油、徳島の北島CR・クラブで輝かしい成績を残した後、引退され、スポーツ用品販売会社の経営、バスケットボールクリニックの主宰、さらにラジオのパーソナリティなど、活動の場を広げられました。2009年にはコートに戻り、JALラビッツコーチ、女子日本代表アシスタントコーチを経て、2014年、男子日本代表初の女性アシスタントコーチに就任されました。
選手たちの「ビッグママ」である古海さんのお話を前・中・後編の3回にわたってご紹介します。
(2021年7月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/31-1/
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/31-2/
喜怒哀楽を出さなくても生活が成り立つと言いますか、それでも困らない生活をしているのでしょうか。もし携帯電話だけに向き合っていればいいと思っているのであれば、これは本当に怖いことです。もしかしたら携帯電話は多くの大切なことを奪っていっているかもしれません。特に今はマスクのせいでお互いの表情がわかりませんし、話をしなくてもよくなってしまっています。
選手が50人くらいいる中で、「自分たちが40歳、50歳になった時にバスケットボールでご飯を食べていると思う人は何人いる?」と聞いても、手が上がるか上がらないかです。つまり、みんなバスケットボールで食べていこうと思ってはいないということなので、「それなら、みんながいずれどんな仕事を選ぶのかはわからないけど、今こうしてバスケットボールをやっているのだから、ここで学んだことを次に生かしてほしい」と、これまでに何度も話しました。
ですが今の若い人たち、という言い方はしたくないんですが、元スポーツ選手の中には、企業などに就職しても、「え?あなたスポーツやってたの?」と思われがちな人たちが多いように思うのです。スポーツ選手というのは元気があって、体力があって、根性があって、粘り強くて、というのが当たり前だと私は思っています。企業の面接官も、たとえ口数は少なくても闘志みなぎる感じは目や表情を見れば大体わかります。やはり「自分はここまで」と決めずに突き抜けるところまで体験していないと、その雰囲気は生まれないのではないでしょうか。私も、そこまで挑戦している選手には「頑張ってるね」くらいしか言いませんが、そういう選手があまりいないので、何とかできないかなと思っているうちに合宿が終わってしまうということもあります。
感謝の気持ちなど多くのことを学びましたが、中でも大きいのはバランス力だと思っています。私は不器用で、一つのことに100%集中してしまう選手でした。ですから実業団のチームでも、とてもじゃないけど40分持たないと思っていましたし、5分間の練習でもハーハー息を切らしてしまうほどだったのです。でもそのせいで「遊ぶところ」を覚えました。一生懸命やるところから息抜きの場所を覚えたという意味です。
それは息抜きをさせなかった指導者の方のおかげだと思います。その方に巡り合ったことで、まず何でもこれでもかというところまで常にやる、いつでも一生懸命やるという癖がついたのかもしれません。普通の人が普通にやっている計算が私にはできなかったので、だんだん余裕がなくなってしまい、コーチに「遊んでみろ」と言われることがよくありました。
「選手たちはみな、あなたを見ていますよ」と言いたいです。日頃ちゃんとしていない指導者から意見や注意をもらったら、子供の心の中には「なんだよ」という気持が生まれます。今の選手たちはコミュニケーション能力があまり高くない割に、指導者の日常の立ち居振る舞い、言葉遣いをしっかり観察しています。選手たちは注意されたことをとりあえず「はい、はい」と聞いてはいますが、実際はすぐに忘れてしまったり、なんだよと思ったりしていると思います。
自分はバスケットボールのことをたくさん勉強したと思っていても、結局大事なのは人間力です。まず、選手たちの人間力について言うと、それは育った家庭の影響が大きいと私は思います。
例えば、10数年それぞれの家庭で育てられた選手たちを私たちが1年や2年で変えるのは難しいことです。にも関わらず、それを望んでいる保護者の方もいらっしゃいます。本来は親がやるべきことだと思うのですが。保護者の方に「挨拶ぐらいはちゃんとするように家庭で躾けてください」と言いたいという指導者は多いと思います。
自分の子供の実力が不十分なのに「うちの子がゲームに出られなかった」と指導者に文句を言う保護者の方もいますね。指導者はそうした文句を言われたくないので、出したら負けそうな時にもその選手を出してしまうことがあります。今の指導者が苦労するのは、こういうご時世なので、保護者や学校関係も考えながら指導をしなければならないことです。
だからこそ、指導者自身の人間力が試されるのです。「お父さんお母さん、選手がチームに入る時には挨拶が非常に大事だと私は思っているのですが、お宅のお子さんはできなかったので、挨拶は大事だと指導をしました」と保護者にしっかり言えるような指導者でないと今の時代は厳しいと思います。
そのためにも、コミュニケーションは非常に大切です。指導者がそのスキルを上げるには何をすればいいのか。この人はすごいと思う方たちにたくさん会うチャンスを自分から模索していくことが一番なのではないでしょうか。人からの刺激、それが一番大きいと思います。書物にもいい言葉や文章がたくさん出ていますが、そうしたことを実践している人の生の声を聞くことで、感じるものがあると思います。つまり、人に何かを感じさせるには本物でなければならないということです。そんな自分になるにはどうすればいいのか。本物の自分になるために模索をしていくことかが大事だと思います。教える側が学びをストップさせてしまったら全てが止まってしまいます。室内であれこれ頭を悩ませるのではなく、もっと学べることはないかと外に出る、行動するのも良い勉強法なのではないでしょうか。
実は今、ビジョンがなくて困っている状態、目的や目標を探せていない状態です。現在、JBAの一員としてアンダーのマネージャーと、ナショナルトレーニングセンターの専任コーチをやっていますが、これからの人生どうしようかと常に考えるものの、これがやりたいというものが探せていないのです。ただ、私と話すと「楽しかった」「食欲が湧いてきた」「元気が出た」という人が多いので、具体的なことは決めていませんが、人を元気にするようなことはずっとやっていきたいですね。今の仕事も、人を元気にしていると思えるからやっているのだと思います。
私たちが指導されていた当時のやり方は今は通用しないものです。ですが、古き良きもの、大事にしなくてはいけないものは昔も今も変わってはいけないと思います。ですからこれからもどんどん、そうしたことを人に伝えたり、意見交換をしていかなければいけないと思っています。
チームの中にリーダーシップを取れる選手がおらず、みな同じに見えることが多いので、リーダーシップを育てるのも課題の一つだと思います。それから、TOKYO2020は無観客ですが、選手たちがその競技に取り組んでやり遂げたことはテレビ画面を通してでもわかります。「あなたにとってバスケットボールは何ですか?」と問われた時に「私の人生でした」と言えるような毎日を過ごしてきた人は、画面を通してでもわかるのです。選手たちには、画面の向こうで見ている人々を感動させるような頑張りをしてほしいです。120%の力を出せる選手、死に物狂いというようなものを出せる選手であってほしいし、もっと喜怒哀楽を出して毎日の練習に取り組んでほしいと思います。全てはその積み重ねでしかありません。選手たちには、とにかく思い切ってやってほしいですね。(了)
(文:河崎美代子)
◎古海五月さんプロフィール
長崎県出身
長崎女子高等学校卒業後、(株)共同石油(現エネオス)入社。
日本リーグ優勝3回、全日本総合優勝3回。
【受賞歴】
MVP2回受賞
ベスト5賞3回
敢闘賞
3ポイント賞
フリースロー賞
【日本代表歴】
6年間在籍中4年間キャプテン(選手)
アジア大会(選手)
アジア選手権出場(選手)
女子代表アシスタントコーチ
男子代表アシスタントコーチ
男子アンダーカテゴリーマネージャー
【その他】
国体2連覇
全国クラブ選手権4連覇
ラジオパーソナリティー
現在味の素ナショナルセンターバスケット専任コーチングディレクター
こども2人