「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、JOCアシスタントナショナルコーチ、日本トライアスロン連合常務理事の山倉紀子さんにお話を伺いました。
トライアスロンがオリンピックの正式種目になって20年。趣味で楽しむ人からメダルを目指す人まで、日本の競技者数はアメリカに次ぐまでになっています。
トライアスロンを始めたのは、雑誌「ターザン」のチームに入ったのがきっかけという山倉さん。現在は日本トライアスロン連合オリンピック対策チームで総務のお仕事をしながら、ご主人の山倉和彦さんとともに東京ヴェルディのトライアスロンセッションで普及活動もなさって来ました。
トライアスロンは、レースがスタートしたらゴールするまで自身で判断して進めなければならない競技だけに、個の力が試されます。普段、選手やスタッフとどのように関わり、チームをサポートしていらっしゃるのか、山倉さんのお話を前・後編の2回にわたってご紹介します。
(2021年9月 インタビュアー:松場俊夫)
JTUではオリンピックを目指す選手たちの環境整備に関するマネジメントをメインで行っています。大会や合宿に帯同したり、移動の手配をしたり、選手の日常のコンディショニングの管理をしたり、コーチ・スタッフとJ T Uの事務局をつなぐような活動をしています。JOCではアシスタントナショナルコーチとして、ナショナルコーチ・専任コーチ・強化スタッフと連携して育成・強化を効果的に推進できるような活動も行っています。主に関わっているのはエリートですが、U23など色々な合宿に参加したりもするので、同じようなことでも年代と競技力によって異なる面が多々あります。
ちなみに、エリートというのはオリンピックを目指していたり、主に競技として取り組む18歳以上のカテゴリーです。エリート選手はワールドランキングのポイントを獲得するために国内外のレースに参加します。東京オリンピックの出場資格は、オリンピックランキング140位以内の選手に与えられました。
つい手伝いがちになったり、競技の先輩としてアドバイスをしがちなのですが、できる限り選手が自分で工夫して考えられるようサポートすることを心がけています。こうした方がいいのにと思っても、まず何も言わず、どうしたらいいか本人に考えさせるようにしています。選手の要望は様々あり、それがわがままなのか、本当に必要なのかを見極めるのはなかなか難しいものですが、彼らの様々な個性も楽しみながらやっています。
東京ヴェルディトライアスロンは、小学生から中学生までのジュニアから70歳オーバーの方々まで一般の方が参加できるクラブで、オリンピックを目指す選手のクラスもあります。2003年に主人の山倉和彦と作りました。
私は小5からシンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)をやっていました。大会ではなかなか成績が出ませんでしたが、一生懸命取り組んではいました。中3までやっていましたが、練習が辛くて苦しくていつも辞めたいと思っていたので、高校では水泳はやらず、バスケットボールなどをしていました。高校卒業後は幼稚園の先生になるための専門学校に行ったのですが、他の仕事がしたいと思い、子供に水泳を教えるスイミングクラブでインストラクターになりました。ずっと水泳は苦しいものと思っていましたが、自分でやりたいと思って始めたら、水泳がとても楽しくなったのです。なので、水泳を生かして何か夢中になれることはないかと思うようになったちょうどその頃、テレビでトライアスロン中継を見たのです。どんなに大変な競技かもわからずに「これがやりたい」と思っていたところ、偶然、「ターザン」でトライアスロンのチームメンバーを募集するという告知があり、すぐに申し込みました。
メンバーに選んでいただいてからは、とにかく1年は真剣にやろうと思っていました。実は、自転車に乗ったのは子供の時ぐらいで、ロードレーサーは乗ったことがありませんでしたし、ランニングも2キロ以上は走ったことがありませんでした。でも、逆に何も知らなかったからできたのかもしれません。「ターザン」のチームに入ってからは、トレーナーの方にメニューを作ってもらったり、アドバイスしてくださる方もいらしたので、様々なことを少しずつ無理なくクリアしていきました。とにかく楽しかったです。
そんな風にして始めた練習がどんなものかを知りたくて、初めて大会に出ました。水泳が1000m、自転車が40キロ、ランが10キロと、距離はオリンピックとほぼ同じ、場所はタイのプーケットで、参加者は地元の人と日本人というアットホームな大会でした。結果は1位でしたが、強い人が出ていたわけでもないですし、楽しい楽しい、私がやりたかったのはこれなんだ、と思っているうちにゴールした感じです。その2ヶ月後に宮古島の大会に出ることが決まっていたので、そのあたりから本格的にトライアスロンに取り組むようになりました。
目標に向かって練習するのは本当に楽しいですし、レースではもちろん苦しい場面があり、自分を鼓舞することもあるのですが、ゴールした時には大きな達成感があります。それから、自転車に乗っている時の風を切る爽快感、自然の中でレースができることも魅力です。レースが終わると、次はこの点をこうしたいという気持ちがすぐに出て来て、次に繋がります。
色々な年代の方たちとレースできるのもいいですね。抜いたり抜かされたりしてもお互いによくがんばったねと同じ思いを分かち合えますし、たとえどんな成績でも同じコースを完走したという連帯感が生まれます。
選手が表彰台に立った時は、関わってきた時間が長ければ長いほど嬉しいものです。選手を送り出したら、試合中、私たちは関わることはできません。選手が近くを通った時にタイム差を教えたり、声をかけたりすることはできますが、それは一瞬のことです。選手は状況やコンディションを自分自身で判断して戦わなければなりません。選手が一人で考えて色々な場面を乗り越えて初めて、勝利を勝ち取ることができるのです。選手とスタッフと一体になってやるだけのことをやり、あとは選手が走るだけなので、成績が伴うと私たちも達成感を感じます。「頑張ってきてね」と送り出した時の選手の表情を見て、それが良い結果につながるととても嬉しいです。
色々ありますが、落車したり怪我したりしてレースを中断しなければならない時、怪我で何ヶ月も休まなければならなくなった時には、その選手の頑張りを見てきただけになんとも言えず寂しい気持ちになります。選手がスタートラインに立つ時はいつも、どんな順位でもいいから元気に帰ってきてもらいたいと思っています。遠征でも安全面が一番気になります。
また、なかなか成績が出なかったり、人との勝負の中で色々と悩んでいる選手には声をかけづらい時があります。でも何でも言い合えるような信頼関係があれば、声をかけられなくても一緒に行動している中で、こちらの思いを伝えるチャンスはあります。
私自身は20代からトライアスロンを始め、プロ選手として競技活動をしながらセッション会員さんの指導を行って参りました。最初は若さで思うままにやって来たわけですが、年月を経て、時代も変わり、選手への声のかけ方も変わって来ました。選手にもそれぞれ個性があり、正解は一つではなく、選手それぞれにあるのだとわかりました。それからは、選手には特に環境に対する強さ、バランスの良さを求めるようになりました。これは以前は考えていなかったことです。
バランスが良いというのは、成績を上げるだけではなく、また自分だけが良くなればいいというのではなく、日本や世界で何が起きているか、環境を知った上で自分がどうすべきかも考えられるということです。
スイム、バイク、ランの3種目がありますし、自然の中でやる競技ですから、寒い時も暑い時もあります。スイムは海・川・湖などを泳ぎ、バイクとランは上り下りがあったり、平地だけだったりと場所によってコースの条件が異なります。そんな中で、何にでも対応できる力、環境に順応できる力を備えてくれたらいいと思っています。日本ではこうしているから海外でもこうしなくちゃとか、日本のこれを食べなくちゃとか、それではダメです。環境に順応できるというのは、タフになるということです。常に周りに耳を傾けて、でも言いなりになるのではなく、自分で見聞を広げて競技に生かしてほしいと思います。
エリートの選手はある程度出来上がっているので個を大切にしています。私たちが関わるのは彼らがサポートを必要としている時だけにして、基本的には見守る姿勢です。
小中学生には、最初から良い環境を与えることはしないようにしています。自分で工夫して我慢することを自然にできるようになって欲しいのです。とにかく失敗を恐れないこと。こちらが何かを言うと失敗が怖くなると思うのですが、安全を守った上でチャレンジしてもらうようにしています。高校生大学生もそうです。
子どもたちはエリートの選手を見ていいなと思うでしょうけど、彼らは最初からそこにいたわけではなく、たどり着いたのです。環境にはすぐに順応できるものではなく、段階を追って自分で作り上げていくものでもあるので、背伸びをせずにやってくれればいいなと思っています。例えば暑さの中で練習する時、子どもたちはエリートが持っているような高級な涼しいウェアが着たくて親にねだったりしますが、その前に暑さに負けない工夫をすることがまず必要だと思うのです。初めに楽をするのではなく、失敗してもいいので、暑い中で走るとどうなるのかを知ってから、それに対する工夫をすること。その上で、こういうものを着た方がいいとか飲んだ方がいいとか、自分自身で一つずつつかんで行って欲しいと思うのです。もちろん私たちも最終的には良い物を紹介しますが、これがあれが大丈夫と物に頼ることはさせたくないと思っています。(後編に続く)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/32-2/
◎山倉紀子さんプロフィール
1963年東京生まれ
<現職>
JOCアシスタントナショナルコーチ
<主な競技歴>
1990-1994年 世界選手権日本代表
1991,1994,1999年 宮古島大会優勝
1996年 ロングディスタンス日本選手権優勝
1996年 ロングディスタンス世界選手権10位
2000-2004年アイアンマン世界選手権プロカテゴリー出場
<指導歴>
1992年から現在に至る
<主な活動歴>
第15回アジア競技大会(2006/ドーハ)総務
第29回オリンピック競技大会(2008/北京)総務
第1回ユースオリンピック競技大会(2010/シンガポール)チームリーダーー
第30回オリンピック競技大会(2012/ロンドン)総務
第31回オリンピック競技大会(2016/リオ)総務
第32回オリンピック競技大会(2020/東京)総務
ITU世界選手権、世界トライアスロンシリーズ帯同など