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リレーインタビュー第32回 山倉紀子さん(後編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、JOCアシスタントナショナルコーチ、日本トライアスロン連合常務理事の山倉紀子さんにお話を伺いました。

トライアスロンがオリンピックの正式種目になって20年。趣味で楽しむ人からメダルを目指す人まで、日本の競技者数はアメリカに次ぐまでになっています。

トライアスロンを始めたのは、雑誌「ターザン」のチームに入ったのがきっかけという山倉さん。現在は日本トライアスロン連合オリンピック対策チームで総務のお仕事をしながら、ご主人の山倉和彦さんとともに東京ヴェルディのトライアスロンセッションで普及活動もなさって来ました。

トライアスロンは、レースがスタートしたらゴールするまで自身で判断して進めなければならない競技だけに、個の力が試されます。普段、選手やスタッフとどのように関わり、チームをサポートしていらっしゃるのか、山倉さんのお話を前・後編の2回にわたってご紹介します。

(2021年9月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/32-1/

▷ 選手の中には、人間的に成長する選手とそうでない選手がいると思うのですが、その違いはどこにあるとお考えですか?

結果を環境や人のせいにする選手、例えば、あれが良くなかったから、あれがなかったからと不平を言う選手はなかなか成長しないようです。逆に、黙々と取り組み、何があっても人のせいにしない選手、寒くても暑くても工夫するから大丈夫、これだけ練習してきたから大丈夫というような選手は伸びます。レースでは、天候が悪くなって水泳がなくなったり距離が短くなったりすることがありますが、それは全ての選手にとって同じ条件なので、環境のせいにするのではなく、その中で自分はどうだったか言える選手はどんどん強くなります。もちろん私自身、不平を言うことはありますし、それが全部ダメとは言いませんが、大きく見るとその傾向はあると思います。

また、オリンピックのメインの競技では、自転車は人の後について走ってもいいというルールになっています。これをドラフティングというのですが、集団で走るので自分の位置を保とうとしてもまわりの選手に左右されることがあります。もしうまくいかなくてもランで頑張るとか、もし水泳で出遅れたら自転車で挽回するとか、リカバリーの方法はありますので、とにかく最後までやり抜くことが次につながります。うまくレースが展開できなくても投げ出さずに自分の力を発揮できるかどうかは、その選手の性格にもよりますが。

ただし、レースをやめたことが後に影響することはないと思います。連戦になった場合、この大会はポイントを取るためだけに参加するということがあるのですが、それができない時は次に備えることもあります。一つのレースでかなり消耗しますので、やめるべき時はやめることも必要なのです。

▷  人間的な幅が広く、他の選手や環境のせいにしない選手が人間的にバランスのある選手だということですが、その部分と競技の結果との関連はありますか?

人間力があって優れているからと言って、必ずしも競技の結果が伴うわけではありません。しかし、そういう選手の存在はまわりに影響を与えます。黙々と取り組む、練習を一生懸命やる、体のケアをしっかりする、食べる内容に気をつけている、そんな姿勢はまわりの選手に影響すると思います。

選手はお互いを見ていますし、スタッフが選手を見ている以上に、選手の方も「このコーチはどういうコーチか」とスタッフを見ています。特に、遠征や合宿のように一緒にいる期間が長いと、まわりの選手にしろコーチにしろ「この人はこういう人だ」ということがわかってきます。だから嫌がるのではなく、お互い認め合う必要が出てきます。そういう時に発揮される人間力はまわりにとっては非常に刺激になりますし、同時に競技力を持っている選手もいますが、人間力と競技力が直接結びつくわけではないと思います。

▷ トップの選手の中には、人間力は関係なく、持って生まれた身体能力で勝てている選手もいるのではないでしょうか。

3種目ありますし、頭も使うスポーツなので、体力が秀でているから勝てるというわけではありません。日本の場合、エリートは豊かな人間性を持っている選手が多いと思いますが、中高生ですと身体能力だけで勝ち上がってくる選手がいます。その年代で大事なのは、今後その子たちが人間的に幅をもったエリートになっていけるかどうかです。

トライアスロンは競技人口が他の競技ほど多くないので、小学生の時から始めれば結果は出ますし成長も速いです。でも、中学生ぐらいまでは競技人口が少ないので勝てたとしても、高校生になると、本気でやり始めた人にどんどん勝てなくなっていき、やめていってしまいます。そういう時は競技力というよりも、自分自身が本当にやりたいと思っているのかどうかが大事になります。トライアスロンが生活の一部になり楽しむことができれば、人間力もついてきて次も頑張ることができると思います。

▷ 一時、経営者の間でトライアスロンが流行りましたが、ビジネスとトライアスロンには、自分と向き合う、自分と勝負するといった共通点があるからなのでしょうか。

確かに、企業の社長さんもいらっしゃいますね。そういう方の時間の使い方や取り組み方を見ていると、なるほど仕事ができる方なのだなと思うことがあります。オンとオフの切り替えが上手いですし、コミュニケーションも得意で、私たちは多くを学ばせていただいています。

自分と向き合うという点ですが、エリートがオリンピックを目指す以外は、バイクも人の後ろについてはいけないというルールがあり、本当に一人でやることになるので、自然と自分と向き合うことになります。ですが、そんなに厳しいものではなく、プールでやったり、ママチャリでやったりするレースもあるので、皆さんにはぜひトライしてみてほしいと思います。3つの競技を繋げていくという点で、1つの種目だけの競技より入りやすいという利点もあります。

▷ 最近の小中高生についてですが、昔との違いを感じることはありますか?

全体的にフランクですね。私が子どもの頃は、先生はあくまでも先生で親よりも怖い存在だと感じていましたが、今では友達感覚というのでしょうか、日常のこと、学校のこと、親に言えないことなど何でも対等に話してきます。言葉遣いもさまざまで、私の子どもの頃とは違いますね。

それからこれは私自身についてですが、以前は「だめ」と言えたようなことでも、今ではちょっと言えなくなりましたよね。もちろん危険な時は言いますが、そうでない時は考えてから言葉を発するようになりました。また、私が20代から30代の頃は、年下の子に自分の経験から「こうした方がいいんじゃない」「これを使うといいよ」と言うことがよくありました。それがその子にとって近道になると思いましたし、自分の成功経験を伝えたいと思いましたから。でも、時代も変わりましたし、私自身それではいけないと気づいてからはアプローチの仕方も変わりました。

子どもたちには継続してスポーツの楽しさを知ってもらいたいので、トライアスロンを通じてスポーツが好きになってくれたらいいなと思っています。小学校から中学、中学から高校、高校から大学に上がるタイミングでやめる子がいるのですが、スポーツの楽しさや達成感を知っている子は大人になって戻ってきます。ですから子どもたちにはずっと続けたいと思ってもらえるように、基本的に楽しさを知ってもらうようなアプローチをしています。

▷ 現在の日本スポーツ界の課題は何だとお考えですか?

欧米にはスポーツが生活の一部になっている国が多いのですが、日本では多くの人がやるぞと決めて準備を整えてからスポーツを始めます。欧米には一般市民でもエリートでも、誰もが楽しめる設備がありますが、それは生活の中にスポーツがあるのが当たり前という考え方があるからなのでしょう。仕事の前にサーフィンしたり、自転車に乗ったり、仕事の後に走ったり、ご飯を食べるように普通にスポーツをやっている人がたくさんいます。子どもたちは幼い頃からそんな大人たちを見ているから、用具などに頼らずに自然の中で伸び伸びやれるのかもしれません。日本でも最近はランニングをする人が増えて来たので環境も整備されて来ましたが、まだまだ欧米には及びません。そういう意味では、子どもからシニアまで誰でもできるトライアスロンの意義は大きいのではないでしょうか。私は、スポーツは遊びの延長線上にあっていいと思っています。

欧米には子どもが出られるような草レースが毎週行われていたり、トライアスロンができる広場があって、みんながエリートを目指しているのではなく、ただ楽しいからという理由でやっているのです。フランスのオルレアンでは高校生以上の選手は屋外プールしか使えないので、気温2度の冬でも外で泳ぐのが当たり前だったりします。食べ物にしても、素材がいい物をしっかり食べることで体が作られているようで、日本の食事とはだいぶ違うように思います。

でも日本にも他国にはない良いところはあります。特にきめ細やかさやテクニックは海外でも生かすことはできると思います。ですから選手には、こんなコーチに学びたいとかこんな練習がしたいとか、なるべく海外に出てチャレンジして、自分の目で見て体験して、バランスのいい選手になってもらいたいと思います。海外でも物おじしない、まわりに順応しながらも存在感を持って自分は自分でいられるようになってほしいです。その上で日本人の良さが生かせる場面は必ずあると思います。エリート以前の選手にはそこに至るまでに自分自身で掴み取ってほしいので、そのサポートをしていきたいです。

▷ 指導者の方々にメッセージをお願いします。

どんな人ともコミュニケーションをよくとることが大切だと思います。私は相手を知って受け入れて、どんな年代でも同じ目線で話をすることをいつも心掛けています。中には、コミュニケーションが苦手な相手もいると思いますが、そういう人とはとにかく毎日顔をあわせて話をして、コミュニケーションが苦手な理由はどこにあるのか考えてみてほしいです。私たちもその人たちも皆、トライアスロンがやりたいという同じ気持ちで繋がっているのですから。(了)

(文:河崎美代子)

◎山倉紀子さんプロフィール

1963年東京生まれ

<現職>

JOCアシスタントナショナルコーチ

JTUハイパフォーマンスチームアシスタントディレクター

<主な競技歴>

1990-1994年 世界選手権日本代表

1991,1994,1999年 宮古島大会優勝

1996年 ロングディスタンス日本選手権優勝

1996年 ロングディスタンス世界選手権10位

2000-2004年アイアンマン世界選手権プロカテゴリー出場

<指導歴>

1992年から現在に至る

<主な活動歴>

第15回アジア競技大会(2006/ドーハ)総務

第29回オリンピック競技大会(2008/北京)総務

第1回ユースオリンピック競技大会(2010/シンガポール)チームリーダーー

第30回オリンピック競技大会(2012/ロンドン)総務

第31回オリンピック競技大会(2016/リオ)総務

第32回オリンピック競技大会(2020/東京)総務

ITU世界選手権、世界トライアスロンシリーズ帯同など

日本トライアスロン連合

東京ヴェルディトライアスロン