「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、日本フェンシング協会の普及育成事業を担当される石部緑風さんにお話を伺いました。
東京2020では男子エペ団体が悲願の金メダルを獲得、日本におけるフェンシング競技の存在感を印象づけました。ルールをよく知らなくても、緊張感あふれるスピーディーな展開を息を飲んで見守った方が多いのではないでしょうか。
高校時代にフェンシングを始めた石部さん。強豪校ではなかったため伸び伸び練習できることが楽しくて仕方なかったそうです。大学に進学し社会に出てもその「楽しい体験」を忘れることができず、やがて今のお仕事につながっていきます。常に選手を見守り、選手に寄り添う石部さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2021年12月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/34-1/
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/34-2/
6年前に協会に入った時からずっと普及と育成を担当して来ました。最初はサーブルとエペの選手の発掘プログラムを担当していました。私が協会に入る11年ほど前からスタートした全種目対象の育成事業があるのですが、3年ほど前からそちらも担当になり、合宿の企画・運営・精算の一連の業務を行なっています。
プログラムに関しては、これまでに大きく変わったところは特にありません。エペとサーブルの選手発掘が始まったのは6年前で、データの蓄積がまだ十分にできていないので、同じ内容を繰り返し行なっているところです。6年前にプログラムの対象になっていた選手が今ようやく大学に入り始めているので、その選手たちが今後日本代表選手になって行く時に、成功例やロールモデルのようなものが見えてくると思います。
選手に無理矢理聞き出そうとしないこと、決めつけでものを言わないようにすることでしょうか。選手との会話も、日常会話から入れば自分たちが話したいことは話してくる世代なので、学校の様子や地元でやっていることなどの話を聞きながら、話を展開していくように気をつけています。人見知りだったり、大人慣れしていない選手の場合、自分からはあまり発信してくれませんので、そうした選手たちをいかに孤立させないようにするか、自分の殻に閉じ込もらせないようにするか、そのための「ほぐし」を心がけています。と言ってもそれは簡単なことで、元気に手を振りながら挨拶をしたり、練習で「さっきのアレ、よかったね」と話したり、そんなところから積み重ねて、向こうから心を開いてくれるのを待ちます。
最初は選手が警戒するので、一言二言話しただけで離れて行ってしまうのですが、それ以上距離感を詰めるようなことはしません。継続的に声かけして話をすることで、こちらとの距離を切らせないようにして、どの選手にも自分から一方的に入り込んで行かないように気をつけています。
選手によって、こちらとの距離感の持ち方は全然違います。何にでも興味を持つ選手はどんどん自分から聞いて来ますから、会話が増えて一緒にいる時間も長くなります。でも自分からあまり発信しない選手は一緒にいる時間も短いですし、同じ空間にいても離れていたりするので、できる限り距離を縮めるよう頻繁に声かけするようにしています。
声かけの内容を選手によって変えることはあまりないのですが、変えている部分があるとすれば競技のことでしょうか。練習を見ていて前回よりもできるようになっていたり、良くないところが良くなっていたりと個別に課題があるので、声かけの内容も選手によって変わってきます。コーチが一人で選手が複数いるとコーチは全員に同じような声かけはしませんから、選手が自分で意識していた点が良くなったことを、こちらから言葉にして伝えてあげれば、それが自信につながります。「見てくれているんだな」と選手は思いますから、コーチがフォローできない部分はこちらでフォローするように意識しています。もちろん競技の専門的なことはあえて言わないようにしています。
選手の数は、各合宿に心理チェックを定期的に行なっている初心者が6人いますが、それ以外に競技経験3年以上の選手達が20人から30人の規模になります。彼らについてはほとんどコーチが主導していて、私はたまに顔を出して様子を見るぐらいです。その他、別のプログラム事業にも初心者の選手が20人ぐらいいて、こちらの方は3ヶ月に一度、6ヶ月に一度ぐらい見に行ったり、定期的にオンラインプログラムを実施して、個別に声かけしています。
まず選手には、競技する時に自信を持って欲しいと思います。私はずっとフェンシングを楽しんで来ましたが、試合では全く自信が持てなかったので、選手には内弁慶にならずにオープンマインドで強い選手になって欲しいと思っています。
とは言え、どうすれば自信が持てるのかわからない選手は多いと思います。こちらから「今やったことを自信にしていいんだよ」と言ってあげれば理解するかもしれませんし、もしその時に納得しなかったとしても、そうしたことが自然に結果に結びつき、急に自信がついて伸びる子を何人も見てきました。
例えば、国内ではその体格が武器だと言われてフェンシングを始めた子がいたのですが、専門的な指導になるとコーチの言うことが理解できず、「表現してみて」と言われてもできない。結局コーチに怒られてしまう。そんな、体格とスピードだけでやってきて技術的な指導が活かせず試合に勝てない選手がいました。2、3年その状態が続いて、合宿に来るたびに泣いてしまったり、合宿に来なかった時もありましたが、その選手がプログラムの修了年度に国内最大の大会で優勝した時は、諦めずにやってきて本当に良かったと思いました。コーチに怒られても何とか自分で理解しようとして、悩みながらも続けてきた成果だと思います。
選手が落ち込んでいる時、私はずっと励ましていました。心の相談室のようだと周りにも言われていましたね。合宿の後、ミーティングルームで何時間も話しを聞くこともありました。今でも当時の選手たちは声をかけてくれて、大学でもフェンシングを続ける道を自分で選んでくれました。こういった経験が当時の彼らにとっての大きな成功につながったのかなと、私にとっても非常に嬉しい体験でした。
毎回うまく大人の目をくぐって「あの子はいいね」と言われる選手と、頑張っているのになぜか怒られる選手がいます。でもそれぞれに苦悩はあります。「いつもいい子でいなくてはいけない」という気持ちの反動なのか、他の選手にちょっかいを出す選手もいました。でもどの選手でも、それぞれの辛い時期や思いを知っているだけに、試合を見ていると涙が出ることがあります。
まず、6年間担当してきた選手がそろそろパリ五輪の世代になって来て、何人かは代表選手に入りそうなので、その姿を見るのを楽しみにしています。当時の選手が大学やそれぞれの場所で活躍していることは事前と耳に入ってきますので、それが仕事を続けていく上での活力になっています。
それから、6年前何もわからなかった頃に比べればだいぶ選手発掘の仕組がわかって来ましたので、そこの部分を改良して行きたいです。全国的にも運動能力の高い選手が発掘でき、育成事業とも連携ができてきたので、そこをもう少し生かす方法はないかと考えているところです。協会ではトライアウトのようなことをやるのですが、その基準と地域の発掘事業の基準が少し異なるので、統一できないかと思っています。同じ基準で発掘できれば、一貫してプログラムを行うことが可能です。といった具体的なイメージはあるのですが、実現するのはなかなか難しいのが現状です。
また、地方にはサーブルとエペの専門的な指導者が少ないので、子どもたちだけではなく、指導者をフォローできる体制が作れないかと思っています。競技団体の指導者そのものが不足している状態なので、私一人の考えでは実現できませんが、今は欲が出て来てしまって、やりたいことがたくさんあります。
日頃感じていることなのですが、一番大切なのは、その競技に対して自分が楽しいと思う気持ちをいかに相手に伝えられるかだと思います。「楽しいから、強くなりたいならやりなさい」ではなく、自分はこれだけ楽しかったということを伝えられれば、選手たちも何か感じてくれるのではないでしょうか。元は内弁慶だった私ですが、「フェンシングは楽しい」、その思いが今につながっているのです。
ですから、そのための環境を作ってあげることが必要です。今年度、コロナ禍で競技を始める子どもたちに向けて指導者が講義をする場を何回か作って来ましたが、子どもたちには「楽しんでほしい」ということを必ず伝えています。選手は少しでも上に行きたいと思ったら「技術力を上げなきゃ」と自分の課題ばかりに目が行きがちなのですが、今できることをさらに伸ばすこと、今できることを自覚することが大事だと、どの指導者の方も伝えておられて、私もその通りだと感じています。(了)
(文:河崎美代子)
◎石部緑風さんプロフィール
共立女子大学卒業。
(選手としては高校3年間の部活のみ、高校卒業~2019年までは地元クラブ及び母校で競技と指導を週1~月1でするレベルでした)
2015年~現在
公益社団法人日本フェンシング協会で普及育成事業を担当。
○2015年〜2017年
3年間エペ・サーブルの中学生選手の発掘・育成の運営サポート。
○2018年〜現在
当協会選手育成事業(フルーレ・エペ・サーブル)の運営、企画、選手の教養プログラム等を実施。
○2018年〜現在
当協会JOCエリートアカデミー担当マネージャーとして選手・コーチの活動サポート。
○2020年〜現在
地方タレント発掘事業と連携しサーブルの小中学生選手の発掘・育成の企画、運営。