「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、元プロ野球選手、野球指導者の生山裕人(いくやまひろと)さんです。
高校卒業時、教師を志して大阪教育大学を受験するも不合格。芸人を目指して入学した近畿大学時代に子供の頃から好きだった野球の能力を活かして四国の独立リーグへ。2009 年には千葉ロッテマリーンズに育成選手として入団し晴れてプロ野球選手になります。しかし2012年シーズン終了後に戦力外通告を受け、その後、ウェディングプランナーや野球選手のキャリアデザインセンターの立ち上げ、独立リーグの2球団でのコーチなどの紆余曲折を経て、現在は滋賀県大津市で放課後等デイサービスの代表を務めています。
「人生は壮大なネタ創りだ!」と語る「イクヤマン」生山さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2024年3月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/52-1/
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/52-2/
選手がコーチの顔色を窺うことのないように努めていました。強豪チームにいた選手ほど監督やコーチを気にする傾向がありました。例えば、肘につけたサポーターが汚れている選手に「めっちゃ汚れてるやん」と笑いながら言うと「すみません」と返ってきます。私にはなぜ謝るのかがわかりませんでした。なぜ「すみません」と言ったのかを深く聞いてみると、今までの指導者に自分の意見を言ったとしても押さえつけられることが多く、反射的に「すみません」が出てしまうということでした。その選手から「指導者とこんなに会話をしたことは野球人生で初めてです」と言われたことも、私にとっては衝撃的でした。
それから、選手の「夢中」の邪魔をしないようにしていました。きっかけはこちらが提供しますが、常に選手の夢中を引き出す存在でありたいと思っていました。技術的なことを指導していると、彼らが夢中になっていると感じる瞬間があります。例えば、見本として私がスライディングを実演して見せると、彼らは新しい技術を目の当たりにします。ベースが吹っ飛ぶような猛烈なスライディングなのですが、特に走塁が売りの選手たちは怪我が心配になるほど楽しそうに練習し続けます。まさに夢中になってやるのです。この状態になってしまえば、彼らは勝手に試行錯誤し成長します。
とにかく選手の言動をよく見ていました。彼らがチラチラとコーチの様子を伺ったりしているかどうか、発言と行動が一致しているかどうかを観察していました。
また、丁寧に「言葉を置く」ようにしていました。選手はコーチの言動をよく見ているので非常に注意が必要です。一度発言したことを無かったことにはできません。コーチにはどれだけ言葉を上手く操れるか、言葉で遊べるか、相手の心に火をつけられるかどうかが問われると思います。言葉は勇気づけることもできれば、傷つけることもできる、非常に取り扱いが危険なものなのです。私自身、今までの人生でたくさんの勇気づける経験も、傷つける経験もしてきたからこそ、言葉の持つ力の素晴らしさも怖さも知っています。
今も会社を経営しスタッフをマネジメントする立場である以上、日々言葉と向き合っています。だからこそ、相手の言葉の選び方に敏感になってしまいます。何気ない言葉にその人の深層心理が出ると思っているので、普段の何気ない言葉を意識的に聞くようにしています。口だけで耳ざわりのいいことを言うのなら誰でもできるので、行動もセットで観察します。言行一致ができているかが何より重要ですので。私も自分ができないことは、言わないように気をつけています。
自分の競技の当たり前を疑い、当たり前をぶっ壊すために行動を重ねることだと思います。
千葉ロッテマリーンズ時代の話ですが、私の強みは足の速さだったので、長所を伸ばすために陸上の本を何冊も読んで走り方を勉強しました。福島大学の川本和久教授が書かれた本に感銘を受けたので、きっかけを作ってもらい研究室を訪ねました。先生は陸上界の重鎮なのですが、野球がお好きだったので会ってくださり、特別に女子のトップ陸上選手たちと自主トレをさせていただきました。彼女たちがオリンピックに出場するような選手たちだったので当たり前なのかもしれませんが、驚いたのは歩き方一つ一つにも気をつけて内省するような本物のアスリートだったことです。それまで当たり前だと思っていた概念が吹っ飛び、「道具を持つなんてまだ早い、野球の中だけにいちゃダメだ」と思いました。まずは自分の身体と向きあい、自由自在に操れることが野球が上手くなるために大事なのかもしれないと気づかされました。そのオフシーズン、怖さもありましたがバットやボールを使う練習を最低限にし、自重での身体操作のトレーニングに時間を割いたことで、自分でも驚くくらいに楽にプレーすることができるようになりました。
他競技と接点を持つことで、練習にも創造性が生まれ自分の可能性は広がります。これは同業種の人ばかりと接点を持ちがちな社会人の方々にも当てはまることだと思います。当たり前の基準は環境によって大きく変わるということを知ることは、視野を広め、視座を高める上で不可欠です。
指導者の役割は「選手の成長の邪魔をしない」ことだと考えています。視野を広げるために他の人を紹介したり、選手だけでは知り得ない世界を見せる人、きっかけ作りをするのが指導者の役割なのではないでしょうか。
以前、24歳ぐらいの選手の引退後のキャリア相談に乗った時、「どうやって次の職業を決めるつもりなの?」と聞いたところ「中学の時のコーチに相談します」と言われたことがあります。詳しく聞いてみると、彼は今までの進路をずっとその人に決めてもらってきたようなのです。手取り足取りしてくれる「良いコーチ」と、言うなりになる「可愛い選手」。それでは選手はずっと未熟なままです。これは共依存の関係で非常に怖いことです。
私はアマチュア時代に強豪校でプレーしたことがなかったので、ある程度自由にさせてもらったことが良かったと思っています。練習環境に恵まれていなかったがゆえに、野球に飢えていました。だからこそ、どうやって上手くなるかを考え続けることができました。すぐに答えを教えることや、恵まれた環境を提供することで思考停止になるリスクがあることを知っておくべきだと思います。恵まれていないことは、実は恵まれているかもしれないということです。
また、SNS等で情報が取れるようになった今、技術指導の価値がどんどん下がっていくのは必至です。今後は、選手たちが、いかにワクワクした状態でプレーできるかのモチベーション管理能力が大切だと考えています。
そのためには指導者と選手が互いにリスペクトし合い、議論できることが重要です。
それぞれが自分の意見を出しながら、最適解を探っていく。ただ、それができるかは育ってきた環境が大きく関わってくると思います。独立リーグでのコーチ経験を通じて、改めて強く思いました。このような指導者との関係を子供の頃から経験できたら、指示待ちになる選手は減っていくと思います。自分の選択に責任を持つことが、力強く自分らしい人生を送る上では不可欠です。
自分の幸せに真っ直ぐな人が増えてほしいですね。私自身、自分の幸せに真っ直ぐだと言われることがありますが、自分の幸せがどこにあるのかは常に向き合うようにしています。自分で自分の幸せや元気を作ることができれば自分を満たすことができ、人に対しても愛を与えることができます。そのためには様々な人に出会い、様々な価値観を知り、自分が生きていく上で本当に大事な価値観はどこにあるのかを知る必要があります。どんどんチャレンジして失敗し経験を積む、そして人に愛を与えることができる、そんな循環が生まれるような社会になってほしい。その一助になればと思います。
「放課後等デイサービス」は、支援を必要とする子供たちや発達に特性のある子供たち、その保護者様のための福祉サービスです。
2023年10月に開所して、半年以上たったのですが、頼りになるスタッフたちにも恵まれ、楽しく刺激のある日々を過ごせています。何より子供たちがとにかく可愛いです。そして、その素直さや吸収力には驚かされるばかりです。私たちが提供する療育プログラムを通じて成長する子供たちを間近で見られることに誇りを持てていますし、保護者様やスタッフたちと、子供たちの未来を一緒に創っていくことにワクワクしています。
日本は世界基準でみるとインクルーシブ社会から遅れていると言われています。インクルーシブの意味は「すべてを包括する、包みこむ」なので、障害の有無や性別、人種など、違いを認め合い、すべての人がお互いの人権と尊厳を尊重し合いながら生きていく社会が創られていないということです。
私の姪がダウン症なのですが、なぜ障害者という線引きをしなければならないのかというと、福祉の制度を利用するために必要だから、ただそれだけだと思っています。私自身、双極性障害を持っていてADHDの傾向があるのですが、実は著名人にも発達障害を持つ人は多くいます。でもたまたま社会で経済的に成功したから障害者とは言われず成功者と言われる。何だかおかしいですよね。豊かさや優秀の基準はもっと色々あっていい。それを滋賀でやろうと思っています。
この国が抱える社会課題はたくさんあります。障害児や障害者を取り巻く環境もそうですし、東京一極集中による地方の人口減少、少子化高齢化など、自分が当事者側に属することで、当事者として課題を発信することができます。つまり、この事業を通じて障害のある人やそのご家族のリアル、地方のリアルを伝えることができるのです。また、私の目指すインクルーシブ社会の実現において、スポーツは有効な手段だと考えています。個人的にパラアスリートとの交流もありますが、スポーツという共通言語があるだけでスムーズなコミュニケーションを取ることができます。それはトップアスリートに限ったことではありません。誰もが参加しやすいスポーツイベントを企画し、参加してもらうことで、お互いの個性を理解するきっかけになるはずです。
スポーツに価値があると思いすぎないことではないでしょうか。「スポーツの可能性は無限だ」というのは危険なことだと私は思っています。スポーツの世界の人はとかく声が大きく権力を持ちがちで、実際、勉強は嫌いだと言えてもスポーツが嫌いと言いづらい空気がありますよね。私のように、過去の理不尽な指導や上下関係によるトラウマで心からスポーツを好きと言えなくなっている人もいるでしょう。スポーツ好きが「スポーツって最高だね」と身内で盛り上がっていることが、逆にスポーツ嫌いを作っているかもしれないという側面もわかっていなければいけないと思います。普段スポーツに触れない人たちに、スポーツの価値に気づいてもらう工夫が必要です。そのためにも他業界との交流を深めて、新たな可能性を探っていくべきだと考えています。
自分が指導する対象者に対して責任を取るのは難しいことです。責任感は持てても、本当の意味での責任を取るのは難しいということです。「思い切りやれ、あとは僕が責任を取るから」という言葉をよく聞きますが、使い方は気をつけないといけないと感じています。信頼関係が築かれた上で最後の背中を押すために、この言葉を使うことは大事だと思いますが、その選択に選手たちが自ら選んだという感覚があるのかが重要です。それがなければ結局は他責になりますから。何より大事なのは、失敗を責められない環境、空気作りです。それは指導者からだけでなく、チームメイトからもです。それさえできれば、わざわざ思い切らなくても勝手に挑戦して失敗して自ら学んでいきます。
指導者は選手たちに影響やきっかけを与えることはできても、結局選手たちの人生は選手たちのものです。にもかかわらず「指導者としての必要以上の責任」を感じるから「こうあるべきだ」と決めつけることになってしまう。選手も誰かに責任をとってもらおうと思うから、自分の人生に責任を取れない人間になってしまうのです。選択肢さえ与えれば、自分たちなりに勝手に育つのだから、それを見守っていればいいのです。指導者が自分だけで課題を抱え込まず、選手たちの話を聞きながら伴走して、共に課題を解決することを楽しみたいものです。だから私から皆さんへのメッセージは「夢中や挑戦を邪魔する大人にはならないようにしましょう」です。(了)
(文:河崎美代子)
◎生山裕人さんプロフィール
1985年生まれ 大阪府出身。
▶︎大阪府立天王寺高校卒業後、一浪し、近畿大学文芸学部芸術学科演劇芸能専攻演技コースに進学。
▶︎二部の準硬式野球部、八尾ベースボールクラブを経て、21歳の時に独立リーグの四国アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)のテストに合格。大学を休学して香川オリーブガイナーズへ入団。2年在籍。
▶︎2008年の育成ドラフト4巡目指名で2009年千葉ロッテマリーンズへ入団。4年間在籍したが、支配下登録されることはなく、2012年のシーズン終了後に戦力外通告を受ける。
▶︎ウェディングプランナーを経て、四国アイランドリーグplusキャリアデザインセンターの代表、四国アイランドリーグplusの香川オリーブガイナーズ野手コーチ、日本海オセアンリーグの滋賀GOブラックス野手コーチ。
現在、株式会社Sprint Career Design代表取締役。
滋賀県大津市で放課後等デイサービス「シーズステップ」を運営。
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