「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、日本フェンシング協会の普及育成事業を担当される石部緑風さんにお話を伺いました。
東京2020では男子エペ団体が悲願の金メダルを獲得、日本におけるフェンシング競技の存在感を印象づけました。ルールをよく知らなくても、緊張感あふれるスピーディーな展開を息を飲んで見守った方が多いのではないでしょうか。
高校時代にフェンシングを始めた石部さん。強豪校ではなかったため伸び伸び練習できることが楽しくて仕方なかったそうです。大学に進学し社会に出てもその「楽しい体験」を忘れることができず、やがて今のお仕事につながっていきます。常に選手を見守り、選手に寄り添う石部さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2021年12月 インタビュアー:松場俊夫)
日本フェンシング協会で選手の発掘と育成の業務を担当しています。競技のコーチングではなく、生活面や教養に関するプログラムが主な活動です。また、視察に行って発掘した小学校高学年から中学生の子たちの合宿を、協会の育成事業として定期的に行うのですが、その企画なども行っています。
フェンシングにはフルーレ、エペ、サーブルの三種目があるのですが、発掘事業で私が主に担当しているのはサーブルという競技です。対象者には未経験者も含まれます。チェックする内容はフェンシングの基本的な動きができているかどうかで、より専門的な点はコーチがチェックすることもありますし、一緒にすることもあります。例えば、剣を構えて軽くジャンプしてもらい「剣の音が鳴ったタイミングで前に一歩進んでみて」と指示を出した時、音が鳴ったタイミングで身体が止まることなくスムーズに出せるかどうかを見ます。もちろん、それだけで今後伸びるかどうかの判断をするのは難しいことですが、最初の導入段階で音への反応が良いか、コーチの指示をちゃんと理解できてそれを身体に反映できているか、そんな点を見ています。
育成については、定期的にプログラムをやりながら、合宿に来る時の心理状況のチェックや、アンチドーピング講習、栄養講習などのプログラムの構成を行なっています。フェンシングの剣も持ったことのない子には、どちらの手で剣を持てばいいかアドバイスするところから始めます。
基本的には利き手で剣を操作するのですが、棒立ちの状態から背中をポンと押してあげて咄嗟に出した足がもし左なら、たとえ利き手は右でも「左に剣を持ってやってみようか」と言うことがあります。利き腕ではない方で剣を持つという人は意外に多いんです。全国的な割合はわかりませんが、フェンシングの競技者に左利きは少ないので勝ちやすいと言われています。利き腕でないと最初はやりにくさがあると思いますが、少数派を選ぶことが強みになることもあります。
それぞれの競技力の伸び方にはかなり差があります。日本で最も普及しているのが太田雄貴さんがやっていたフルーレという種目で、幼少期からやっている選手はフルーレが多いのですが、中学生になると他の種目に転向する場合があります。そういう選手たちと、タレント発掘事業で小学校高学年ぐらいから競技を始めた選手が同じ試合に出ると、やはり競技経験が長い選手の方が勝ってしまうので、その差を埋めるのはなかなか難しいです。
でも、より専門的なプログラムを協会が提供していくと、競技経験には関係なく、元々選手が持ったポテンシャルによって、早ければ1年で結果が出ることもありますし3年かかる場合もあって、ばらつきが出てきます。ポテンシャルというのは、身体的な面が大きく関わってきますが、運動能力の面では、全国の平均以上の選手がタレント発掘でフェンシングを始め、競技を習得していくと、長い競技経験を持っている選手でも敵わなくなることがあります。体が大人になっていく中高生になると、バネやスピードの点でタレント発掘の選手たちの方が成績が出せる傾向があるように思います。
フェンシングは種目によって特徴があり、エペは全身が有効面で、(注:フルーレは胴体、サーブルは上半身が対象)無闇矢鱈に動くと失点してしまうので、ずる賢い人、相手の裏をかける人が向いているとよく言われます。逆にサーブルは、用意スタートの合図でトップスピードまで上げる種目なので、運動能力が必要とされますが、それだけでカバーできない部分は、コーチの言うことをよく理解して、自身で試合展開を組み立てられる力、実行できる力が重要になります。
日本人にとってエペは、手足の長い外国人と戦うのは不利とずっと言われてきました。確かに日本人は外国人に比べて身体が小さいという欠点がありますが、逆にそれがポジティブに働いているところもあるのです。例えば、身体が小さい分、俊敏性があり、その利点で戦略を立てることもできるわけです。
エペが今回の五輪で優勝した一番の要因は、年少の時から専門的な身体の訓練ができていたメンバーが揃ったからではないでしょうか。4人のうち2人は小学生ぐらいからずっとフルーレをやってきて、高校でエペもやり始め、大学でエペに絞って集中的なトレーニングをしてきた選手。あとの2人のうち1人は、子どもの頃からずっと剣道をやってきたのですが、道具を使って一対一で攻撃をするという点で似ているということで、高校でフェンシングに転向、それからずっとエペをやってきた選手です。もう一人はずっと器械体操をやってきて、高校でエペを専門に始めた選手。器械体操で培った身体のバランスや柔軟性がうまく働いたのだと思います。
外国人選手の中には、35、6歳でメダルをとる選手がいますが、海外にはそれぞれの種目のクラブ拠点があって、幼少期から専門的に練習することができます。それに対し日本では、専門的な練習を始めるのが高校ぐらいからになってしまいます。もしフェンシングクラブがあってもフルーレがメインなので、高校生になってからインターハイに出るために他の種目もやってみるという状況です。また、日本にはエペとサーブルの専門的な指導者が、フルーレの3分の1ぐらいしかいないのです。そうした海外との差が、今まで外国人選手に追いつけなかった要因なのではないでしょうか。(中編に続く)
(文:河崎美代子)
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/34-2/
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/34-3/
◎石部緑風さんプロフィール
共立女子大学卒業。
(選手としては高校3年間の部活のみ、高校卒業~2019年までは地元クラブ及び母校で競技と指導を週1~月1でするレベルでした)
2015年~現在
公益社団法人日本フェンシング協会で普及育成事業を担当。
○2015年〜2017年
3年間エペ・サーブルの中学生選手の発掘・育成の運営サポート。
○2018年〜現在
当協会選手育成事業(フルーレ・エペ・サーブル)の運営、企画、選手の教養プログラム等を実施。
○2018年〜現在
当協会JOCエリートアカデミー担当マネージャーとして選手・コーチの活動サポート。
○2020年〜現在
地方タレント発掘事業と連携しサーブルの小中学生選手の発掘・育成の企画、運営。