「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、日本ライフル射撃協会常務理事 三木容子さんにお話を伺いました。
射撃と言うと自衛隊や警察のハードなイメージが強い競技ですが、大学や実業団のチームで日々、多くの選手がその技術と精神力を磨いています。三木さんは明治大学を卒業後、母校の射撃部や日立システムズライフル射撃部でのコーチを経て、2014年にはJOCエリートアカデミー(ライフル射撃種目)の立ち上げに参加、数々の選手を育ててこられました。現在は、HPSC味の素ナショナルトレーニングセンター(イースト)の地下にある射撃場で、子供からトップ選手までの育成を担当されています。
射撃とはどのような競技で、選手の育成はどのように行っていらっしゃるのでしょうか。三木さんの貴重な体験談を中心に、前編・後編2回にわたってご紹介します。
(2021年11月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/33-1/
もちろん選手が目指していた目標を達成してくれた時です。何度かありますが、例えばエリートアカデミーの選手が国体優勝のような目標を達成した時、選手本人が一番やりたかったことに自分が関われたことに喜びを感じましたね。明治大学の監督も10年ほどやりましたが、10年前の射撃部創立90周年の時に男子が24年ぶりに勝ち、女子も勝って、初めて男女総合優勝を果たしました。その時は、6年ぐらいかけて選手をスカウトするところから始めました。戦いながら準備してきたことがきちんと達成できて、選手が一番嬉しかったでしょうし、私もその顔を見ることができたのは本当に嬉しかったです。
違いはないのですが、優勝した時のチームは、それまで準備してきたことをみんなその通りできたのだと思います。よく運も必要と言われますが、選手自身がやっていることに違いはありません。多分、準備の段階でこちらが前年に見落としていたことがあって、それを改善できたのかもしれません。それはきっと些細なことの積み重ねだったのだと思います。
メンタル面での準備としては、勝った試合の風景なり、1発1発の良いイメージを寝る前に必ずイメージトレーニングしてほしいというのはよく言っていました。脳科学の本を読んだり、脳外科の先生にお話を伺ったりしていましたが、徹底してやっていたのは優勝の年だけだったかもしれませんね。みんな知識として持ってはいたのですが、繰り返ししつこく言っていたのは確かにその年でした。レギュラー選手はもちろん、全ての部員に「インカレで優勝した後の感想文」を、インカレが始まる前に書いてもらい、部員一丸となってインカレ優勝のイメージトレーニングをしたことを思い出しました。
射撃競技は個人種目で、選手同士がみなライバルで、各種目最大2人しか五輪に出られない競技です。ですが、今の選手はどちらかというとチームビルディングに向いていると思います。「自分だけが勝てばいい」といった気持ちでいる若手選手はほとんどいなくなっていて、自然に仲良く和気藹々とやりたい選手が多いです。その上で、一緒に過ごす機会や一緒に食事をする場があったり、共通のテーマで研修をしたりするので、ナショナルチームでは苦労はないですね。一昔前は選手同士の対抗意識が強くて、外国人コーチの取り合いとなる場面もありましたが、時代が変わったのか、今の20代にはそういう選手が少ないです。もしかしたらその闘争心のなさが欠けている部分なのかもしれませんが。まずは日本をメダルが取れるレベルに上げていかなければならないので、お互いをリスペクトしながら情報交換することが自分のためになるということは理解していると思います。
ジュニアの合宿ではチームビルディングの研修をします。他己紹介や判別ディスカッションなどです。東京2020に向けた代表選手は、特に研修を設定しなくても長い期間の合宿生活の中で自然にチームビルディングができていました。大学監督の時はミーティング、ミーティングの毎日でした。多分学生は面倒な監督だと思ったでしょう。学生自治と言いながら、監督やコーチがしょっちゅう顔を出していました。特にキャプテンたち幹部とは、常に連絡を取り、計画を立てる段階から話し合っていました。例えば、試合に向けた練習・合宿計画をどうするか、練習時間をどれだけ取るか、など学生から色々な意見が出ますので、こちらの思うように行かないこともありました。レギュラー決めでも、学生たちが出してくるメンバーとこちらが考えているメンバーとは違うことが多いので、その話し合いはほとんど闘いでしたね。選手はたとえ弱くても練習を熱心にしている人を選びたがります。練習をこれだけやっているんだからと。優勝の翌年は学生と話し合いの結果、こちらが折れて、彼らが選んだ選手を使ったのですが結局勝てませんでした。でも彼らにはそれでも達成感があるのです。それはそれで価値あることだと思います。
自分自身を大切にして、自分の人生を自分で作っていける人。競技を続けるか止めるか、結婚するかしないか、選択は自由ですが、自分の意思で自分の人生を切り開いていける自立(自律)した人であってほしいです。競技を通して心を強くしたり心を整える技を学んだり、そこで出会う人と世界を広げたり、ライフル射撃がそんなきっかけになればいいなと思っています。
ライフルは自分と向き合う競技で、自分に全ての決断力が求められます。レベルの違いは銃を止める能力の違いなのですが、引き金をいつ引くか、自分の今の状態が撃つのに良いのかやめるべきなのかを自分で決めなければなりません。自分と向き合うことで自らの弱さや潔さを知り、自分自身を鍛える競技だと思います。
人間は心拍も呼吸もあるので完全に止まることはできませんが、それらを一番落ち着けることができて、気持ちと身体の止まりが一致した時に引き金を引く、その決断の繰り返しです。例えば10mの試合は1発ずつ玉を込めながら、60発を75分間に撃つ競技で、自分の射座には誰も入ることができないので、自分と標的だけが向き合う時間になります。自分の足でその場を離れてコーチと話すことはできますが、コーチであっても外から声をかけることはできません。
早い人は35分で撃ち終えますが、ギリギリになる人もいます。上手な人は早いです。悩みませんし無駄なルーティンがない。能力が高く止めることができるのですぐに引き金を引く決断ができるわけです。銃を構えて照準して引き金を引くという動作は30秒から40秒ぐらいですが、銃を置いた時に呼吸をし直したりイメージを切り替えたり、完璧なルーティンを繰り返すことがパーフェクトショットにつながります。ルーティンを阻害するのは自分の雑念と言いますか、集中できない場合や、呼吸のコントロールがうまくいかない場合です。
呼吸はとても重要で、深い呼吸をするので練習自体が瞑想のような状態になります。選手によっては実際の射撃練習の前に音楽を聴いて集中したりしますが、ヨーガのように意識をいろんな部位に向けていくのもいいかもしれません。そうしたことをやっているうちに静かに心が整い集中していく、そんな競技です。
選手の話を聞くことでしょうか。選手がどうしたいか、選手が目指す目的を知りたいですから。気をつけなければいけないのは、こちらが察して先に動いてしまうことです。私が思ったことが選手の気持ちと違うと失敗の原因になりますから、とにかく聞き続けることが大切です。
私自身は自立(自律)した選手を作っていきたいと思っていますが、ジュニア選手の場合、コーチのできる範囲が多くついついサポートしてしまいがちです。そうならないように注意した上で、全ての選手が自立(自律)して、試合に一人で行って一人で帰ってこられるようにできれば、それが理想と思っています。
ライフル射撃のエリートアカデミーで学んだ選手たちには、修了後に色々な形で競技を続けてくれて、経験を積み、いずれはコーチやスタッフとして戻ってきてほしいですね。一番年上の選手が23歳なので、もう少し時間がかかると思います。
東京2020に関わらせていただいたのですが、思ったよりも他の競技と関わることができませんでした。ユース五輪の時はチームジャパン全体がもっと小さく、コーチ同士も横のつながりがありました。でも今回はコロナ禍であることや、選手団の人数が多くなったこと、競技会場が点在していたこともあり、チームジャパンと言いながらも、他競技のコーチの方との交流や情報交換はJOCを通してしかできませんでした。様々な経験や知識をお持ちのコーチの方たちがたくさんいるので、そうした方々のネットワークを使っていくことが日本の財産になると思うのですが、それがまだまだできていないのは残念です。そうしたコーチ同士のネットワークを今後どのように構築していくか、私も関わっていきたいと思っています。
選手と向き合う時には、選手の声にしっかり耳を傾けて聴いていきましょう。そしてコーチ同士、情報交換をしていきましょう。大きなことでなくてもいいのです。同じチームの中はもちろん、隣の地域のコーチ、別の競技のコーチとも是非積極的に関わっていき、情報共有してほしいと思います。(了)
(文:河崎美代子)
◎三木容子さんプロフィール
明治大学政経学部卒業
1994 年より 2013年3月まで日立システムズライフル射撃部 のコーチを務め、担当した選手はアトランタ五輪、シドニー五輪、アテネ 五輪の3大会に出場した。また、明治大学においては 1992 年 から 2005 年にはコーチを担当、2005 年から 2015 年3月までの 10年間、監督を務め、インカレを 8 回の優勝に導いた。
2013年からJOCエリートアカデミー(ライフル射撃)の立ち上げを担当し、企画提案。その後、JOCエリートアカ デミー(ライフル射撃)選手の育成・強化に当たっている。1993 年に日本体育協会公認コーチ資格取得、1997 年 ISSF コーチライセンス B 級資格取得、2012 年 JOC ナショナルコーチアカデミーを修了している。現在は日本ライフル射撃協会の常務理事として選手強化副委員長、ジュニア育成委員長を務 めている。