スポーツ指導者が学びあえる場

リレーインタビュー第35回 渡辺輝史さん(前編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。

今回は、日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)の渡辺輝史(きし)さんにお話を伺いました。

小学2年生でテニスを始め、選手として世界を目指して奮闘してきた渡辺さんですが、大学生の時にバーンアウトを経験して引退。その後、大学院、人材会社勤務、テニス指導者を経て、現在JSCで『次世代アスリートの発掘・育成』を担当されています。

ご自身の貴重な体験を踏まえ、大局的な視点で選手やスポーツの未来を考える渡辺さんのお話を2回にわたってご紹介します。

(2022年2月 インタビュアー:松場俊夫)

▷ 現在はどのような活動をなさっていますか?

東京都北区にある、味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)や国立スポーツ科学センター(JISS)の機能を一体に捉えた日本の国際競技力向上の中核拠点であるハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)で働いています。主に私たちJSCの管轄になっていますが、スポーツ庁・JOC・JPC・JSPOなどの組織と連携しながら、アスリートのハイパフォーマンスに関わる活動及び支援をセンター全体で行なっています。

私は、HPSCのハイパフォーマンス戦略部に所属し、スポーツ庁が策定したスポーツ基本計画に基づき、JSC中期計画及び年度計画に沿って、競技力向上事業に関わる業務を担当しています。

(※スポーツ庁 競技力向上事業) 

(※JSC 業務目標・計画

「競技力向上事業」は大きく分けて『戦略的強化』『基盤的強化』とあるのですが、私が担当しているのは戦略的強化の分野での『次世代トップアスリートの育成・強化』です。その中でも『アスリートパスウェイの戦略的支援』が私の担当で、子どもがスポーツに触れてからトップアスリートになるまでの道すじである『アスリート育成パスウェイ』を構築するために、パスウェイコーディネーターとして、中央競技団体(NF)のタレント発掘・育成の支援、全国各地(市区町村含む)で実施されているタレント発掘・育成事業のコンサル業務を担当しています。

(※JSC アスリート育成パスウェイ

パスウェイコーディネーターとしては、JSCからNFへの委託事業である『ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト(J-STARプロジェクト)』、『競技別コンソーシアムによる地域パスウェイの高品質化』の担当をしています。NFがアスリートの発掘・育成の手法・仕組みを開発し、次世代の有望選手を持続的に発掘・育成できるシステムを構築する支援しています。

また、全国各地で実施されているタレント発掘・育成事業のコンサル担当として、ワールドクラス・パスウェイ・ネットワーク(WPN)を運営しています。WPNに加盟している全国のタレントは発掘・育成事業の担当者向けに『アスリート育成パスウェイ』に関する情報提供を行っています。また情報提供だけでなく、NFへの委託事業と連動させ、地域タレントからナショナルタレントへのパスウェイを構築する支援も行っています。

▷ テニスプレーヤーから現在のお仕事に至るまでの経緯についてお話いただけますか?

小学校2年生の時からプロテニスプレーヤーを目指してずっとテニスをやってきて日本代表に選ばれたこともあるのですが、大学在学中にバーンアウトしてしまい、そのまま就職せずに大学院に進みました。大学院ではスポーツマネジメントについて勉強し、修了後、人材系の会社に勤務した後、テニスコーチを経て、2020年9月にJSCに入りました。

3年間ジュニア選手の指導をしたのですが、まだまだ自分は未熟で、コーチにはあまり向いていないのではないかと感じることもありました。それでも自分には選手たちに伝えたいことがありましたし、もっと大きな視野でスポーツ(テニス)、そして育成・強化(コーチ)について考えてみたいと思い、JSCに入りました。

私がコーチに向いていないと思ったのは、自分もトップの一人としてやってきて、自分なりに大事にしなければいけないことを理解して選手に伝えているつもりだったのですが、それがなかなか伝わらなかったからです。伝わっているだろうと思っているのに、それがなかなか行動に結びつかない選手もいました。でもそれは当たり前のことなのです。選手たちには選手たちの人生があって、彼らが何を取り入れるかは彼ら自身が判断することです。完璧な人はもちろんいませんし、選手たちが変化するには時間がかかることもわかっていましたが、私はそれに耐えることができませんでした。もっと指導者、そして人として自分自身が成長しなければいけないと感じました。

▷ コーチを辞められた後、選手たちに伝えたかったのはどのようなことだったのですか?

私がバーンアウトした時、テニスが全くできなくなったわけではないのですが、練習に行けなくなりました。それでも無理やりコートに立ち続けて試合をしていましたが、絶対コートに立ちたいと思っていた全日本選手権大会が終わって気持ちが完全に折れました。それまでテニスのことだけ考え、ずっと結果を追い求めていて、何らかの結果が出ても、もっともっとという気持ちが強く、自分に対して過度のプレッシャーをかけてしまっていました。

だからこそ私は、選手がどんな結果を出しても、結果について触れませんでした。とにかくテニスだけではないのだということを選手たちに伝えたいと思っていたからです。結果が出ていればいいというものではない。もっと大切なことがある。トップを目指す過程から人として生きる上で大切なことを学び、自分の強みを見つけること。テニスの後により豊かな人生を送れることが人として生きる上で大切なのだ。そういったことを伝えたかったのです。

JSCで担当することで初めて『デュアルキャリア』を知りましたが、私が選手に伝えたかったのは、まさにこれだ。と思いました。

▷ 選手たちが自分の人生を長い目で見て、キャリアをデュアルにできるようになるにはどうすればいいか、持論はございますか?

私も選手時代、引退後のことを考え、勉強しなくてはいけない、知識や情報を取り入れる努力をしなくてはいけないと理解してはいたのですが、そんな時間はなかなか取れないと感じていました。でも振り返ってみればタイムマネジメントができていなかっただけで、時間はあったのです。大切なのは自分でしっかりと自身の未来像を持つこと。テニス選手になれればいい、それだけではなく、その先どういう人になっていきたいのかを考え、その像を明確にすることで、時間を夢に向けての準備に充てることができます。また、その時間を持つことで、テニスのプレッシャーから距離を置いてリフレッシュできるのではないかと思います。

▷ もしご自分がテニスプレーヤーだった頃に戻れるとしたら、どのようにデュアルキャリアを考えていくと思いますか? 

まず一つ言えるのは、まだデュアルキャリアが浸透しておらず、セカンドキャリアという意識が強いので、私たちJSCなどの関係各署がデュアルキャリアという考え方を広めていく必要があります。まずはアントラージュに広め、指導者や保護者が選手に伝えていくことが重要だと思います。

私が選手だった時代にそのような知識があったとしたら、結果を追い求めるだけではなく、その過程や計画をしっかり持つことが大切だと思ったのではないでしょうか。それができれば、日々の勉強に対しても考え方が変わっていき、興味が出てきて、将来なりたいものが出てきたかもしれません。

結果にこだわっていると一つのものしか見えてこないのです。当時の自分には見えているものが少なかったので、夢が描けなかったのだと思います。当時の夢はテニス選手になることだけで、国を代表して戦いたい、自分よりも応援してくれる人たち、親やコーチやスポンサーといった人たちに喜んでもらうために頑張りたいという気持ちが強かったです。

▷ 大学院終了後、人材系の会社に入られた理由は何だったのでしょうか。

テニスだけを目標に生きてきて、心身的に難しいなって思い始めたのが大学4年生の春で、就活も終盤に差し掛かっていた時期でした。ただ周りに流されてどこかに就職してもすぐ辞めてしまうだろうと思い、それならば人生を振り返ったり、好きなことを勉強する時間を作ろうと思い大学院に進学しました。

テニスをやめた当初はラケットもウエアももう見たくないと思い、全部捨ててしまっていました。でも大学院で学んでいく中で、テニスっていいなと思えるようになったのです。修士論文もテニスについて書きましたし、自分の学んだことや経験したことをテニスコーチとして伝えたいと思うようになりました。

とは言え、その時点で急にテニスコーチになっても狭い視野でしか伝えられないと思ったので、一度社会に出て様々な人と出会える人材系の会社に入ったのです。最初はキャリアコンサルタントをやっていましたが、半年ぐらいで営業に移り、様々な企業の人事の方、仕事を求める転職者、働いているスタッフさんと話をしました。

 その後テニスコーチになるわけですが、大学院で学んだことで将来像を見つけることができ、ビジョン通りの道を辿れたと思っています。

▷ 今後またコーチに戻ることはあると思いますか?

今の仕事がまだ2年目なので、それはまだわかりません。JSCの職員はほとんどが4〜5年の有期雇用ですので、働きながら将来自分は何がしたいかを考えようと思っています。ここにいると本当に様々な情報が入ってきます。それらを自分のものにしたいという気持ちがあります。そんな貴重な場で働きながら、将来何をすべきか考えているところです。コーチとは違う立場で何かできることがあるのではないかと思っています。

▷ 渡辺さんにとって、テニスの魅力は何だと思いますか?

テニスは生涯スポーツで、世界中で人気がありますが、一番の魅力はテニスを介して多くの人脈や経験が得られることなのではないでしょうか。またテニスは個人競技で試合中のコーチングが禁止されているスポーツです。相手と勝負しながらも、自分と向き合い、自分に問いかける時間が多くあるのも魅力の一つだと強く思います。自分はどうしたいのか、どのように解決するか。自身で考えることが自身の成長に繋がります。この経験が競技としてだけではなく、人生を豊かにするものでもあります。もちろんその分辛さもあります。挫折もありますし、過酷なスポーツだと思います。(後編に続く)

(文:河崎美代子)

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/35-2/

◎渡辺輝史さんプロフィール

小学2年生から姉の影響でテニスを始め、本格的にテニスに打ち込むため神奈川県に引っ越し、有名テニスクラブに入門。

中学校からは親元を離れテニスにかける生活を続け、全国大会優勝や日本代表選手選出などの戦績を収める。

しかし、大学進学とともに少しずつ心身のバランスが崩れ、バーンアウトしテニスを引退。

その後は、大学院に進学しスポーツマネジメントを学び、現在は日本スポーツ振興センター(JSC)で各中央競技団体のパスウェイコーディネーターを務めている。

また2021年10月からは、日本テニス協会アスリート委員に就任している。

2015年3月         慶應義塾大学大学院(修士)修了

2015年4月~2017年6月 人材会社(営業兼コーディネーター)

2017年7月~2020年8月 テニス指導者

2020年9月~      日本スポーツ振興センター

            ハイパフォーマンス戦略部開発課 パスウェイコーディネーター

※2020年9月~2021年3月 ハイパフォーマンス統括人材の育成支援 兼任

2021年10月~      公益財団法人日本テニス協会 アスリート委員

【関連サイト】

ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)

アスリート育成パスウェイ