「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、元プロフィギュアスケーター、スポーツコメンテーターの八木沼純子さんにお話を伺いました。
八木沼さんは5歳でフィギュアスケートを始め、14歳の時に1988年のカルガリーオリンピックに出場。オリンピックがシニアの国際大会デビューということで当時話題になりました。数々の大会で活躍された後はプロスケーター、解説者、キャスターとして活動されていますが、現在、明治神宮外苑アイススケート場のフィギュアスケート教室で子どもから高齢者までの指導を行っています。
指導者になったきっかけ、最近の子どもたちの指導についてなど3回にわたって八木沼さんのインタビューをご紹介します。
(2023年1月 インタビュアー:松場俊夫)
これまでアイスショーでの活動をしていたこともあり、コーチの仕事に携わることは考えづらい環境でありましたが、私の選手時代のコーチ福原美和先生から「コーチをやってみない?」と何度かお声がけいただき、それをきっかけにコーチになることを考え始めたと思います。ただ、初めは果たして自分が指導者の立場になって子供たちを指導していけるだろうかという不安があり、なかなか踏み出せなかったのも事実です。しかし年齢的にも最後のチャンスと思い、自分にとって未知ともいえる扉を開くことを決めました。
私が所属している明治神宮外苑アイススケート場はインストラクターとなる前に見習い期間が設けられています。週5日常設スケート教室(29クラス)が設けられていますが、その教室に見習いとして入りノウハウを学びます。アイスショーで滑っていた時も子供・親子スケート教室が定期的に開催されメンバーと共に教えていましたが、年齢別に3歳児、幼児、ジュニア基礎、ジュニア上級、アダルトと分けられたお教室で学べることは大変良い学びの場となりました。
お教室での見習い期間が始まったのが、2019年10月。ちょうど新型コロナの流行が始まる直前でした。コロナによる休止期間を経てから正式にインストラクターとしてお教室で教えることになり、その後は福原先生のアシスタントとしても一対一のレッスンを行っていくようになりました。
本格的にひとり立ちして教えるようになったのが、2020年5月です。常設スケート教室は現在週5回受け持っています。3歳児のお教室からアダルトのお教室まで幅広く担当させていただいていますが、毎回が学びです。
大人の方は70歳以上の方もいらっしゃいますし、実は私が選手時代から同じリンクで滑っていらっしゃった方々もいまだに現役スケーターとして日々鍛錬されています。余談ですがアダルトスケーターの皆さんはとても熱心な方が多く、大人の大会に出場される方も少なくありません。現在国内では年に大小合わせて数回、大会が開催されます。これまで25回開催されているマスターズチャレンジカップは、最初は2,30人で始めた大会だったのですが、今では200人以上もの大人スケーターが参加するとのこと。参加者は全国から集まるそうです。年齢別にクラスが分かれており、男女シングル、アイスダンスに出られる方もいらっしゃいます。現在そんな大会が盛んに行われていて、中にはドイツで行われる海外の大会に向けて練習を積んでいる方もいらっしゃいます。フィギュアスケートはすでに生涯スポーツになり得ているように思います。
元々フィギュアスケートのファンで一度滑ってみたいという気持ちから教室を探して神宮に来られる方々もいらっしゃいます。荒川静香さんがトリノ五輪で金メダルを獲ってから子どもも大人もフィギュアスケートのファンは年々増えているようです。トリノでは日本が獲得したメダルはただひとつ。しかも荒川静香さんの金メダルだったことから静香フィーバーが巻き起こり、多くの皆さんに興味を持っていただけるようになりました。その後高橋大輔さん、浅田真央さん、羽生結弦さんといった世界的に活躍する選手のようになりたいとフィギュアスケートを始める子どもが増えました。神宮の常設教室は様々な方に入っていただいているおかげで、どのクラスも満員になっています。限られた場所でのレッスンなので最高35名という定員があるのですが、ウェイティングされて参加する方も多くいらっしゃいます。大変有難く教え甲斐もあります。
ただこの人気を途切らせることのないように、どのように良いものにするか、どのように変化させるか、インストラクターたちとミーティングを行って多くのことを共有しています。先生方それぞれに現在の状況を見ながら将来を考えています。
インストラクターは26人いますが、一番年長78歳の福原先生は今でもスケート靴を履いて小さな子どもたちを追いかけながらレッスンしていらっしゃいます。また佐野稔さんのようなオリンピアンや全日本チャンピオンとして活躍された方、全日本出場選手、オリンピック出場選手を育てている先生もいらっしゃいますので、様々な方の様々な目線から私たちのリンクを見ることができるという環境があります。そういった意味で活発に意見交換が行われているのも神宮の良い点だと思います。
何度目かのお誘いの時、年齢的にも多分これが誘っていただく最後になるだろうと思ったのは確かです。身体はどんどん動かなくなっていきますから、自分の体が動けるうちに指導を始めた方がいいと思いました。これが指導でリンクに立つ最後のチャンスだと思ったのが2019年でした。
18年間アイスショーで滑っていて、チーム一丸となって作品を作ったり、プロデュースに集中していた時期が長かったので、1人の選手と向き合ってその選手を一から育て上げていくというのは全く別世界のことでした。他の先生方の指導する姿や、試合で選手に帯同される姿を見て素晴らしい仕事だと思って見ていましたが、選手の背中を押したり引っ張り上げたりしながら育てていくのは並大抵なことではなく難しいだろうと思っていたものですから、まさか自分自身がこの世界に入るとは思ってもいなかったのです。
ですが指導をするという新しい扉を開いてみると、教えることはこんな面白さがあるのだと感じることが増えてきました。具体的には、どう言えば子どもたちに伝わるか。一人一人個性も受け取り方も違います。福原先生のアシスタントレッスンを始めた時、福原先生が教えていらっしゃる選手コースの子どもたちを見ながら、この子は性格が怖がりだから、やり方としてはこういう言い方が良いのだな、一つ一つもみほぐしていく方がやりやすいのだな、反対に怖いもの知らずの子は良い意味でどんどんお尻を叩いていくことでジャンプも飛べるようになるのだな、といったことを感じたり。子供たちが新しい技を覚えたり、出来たりうまくいかなかったりを繰り返す姿に一喜一憂して一緒に階段を上がっている感覚、一緒に嬉しさを共有できる、こんな感覚もあるのだなと思うようになりました。
指導を始めてようやく2年経ったばかりなのでどうでしょうか。フィギュアスケートは一番下が初級で全日本選手権出場レベルは7級を持っています。それぞれのスケーターはその7級を目指して日々練習に励みます。幼少の頃などは先生が常についてじっくりと教える事は必要だと思いますが、自分で考えさせることも大事なのではないでしょうか。先生に聞けば答えが見つかると思わせてはダメだと思うのです。なぜ飛べなかったのか、なぜ三回転を転んでしまうのか、自分で気づき自分で考えて練習する、というように導いていくことも必要ではないかと思い始めているところです。(中編に続く)
(文:河崎美代子)
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/43-2/
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/43-3/
◎八木沼純子さんプロフィール
生年月日:1973年4月1日
血液型:B
出身地:東京都港区
出身校:品川高校(現・品川女子学院)→早稲田大学
主な役職:アイスショー「プリンスアイスワールド」広報大使
早くから有望視され、出場した世界ジュニア選手権で2位となって連盟推薦枠を獲得。カルガリー五輪の選考大会であった全日本選手権に初出場し、彗星のごとく代表の切符をさらった。14歳という記録的な若さで、初のシニア国際大会が五輪という異例の出場を果たす。スピンの美しさを武器に、その後も数々の国際大会に出場した。大学卒業とともにプロに転向し、18年に渡ってアイスショー「プリンスアイスワールド」に出演。長くチームリーダーを務め、スケーティングディレクターを担当後、現在は広報大使として携わっている。また、スポーツキャスターとしても活動し、フィギュアスケート解説の筆頭格としてオリンピックの解説なども務めている。現在、明治神宮外苑アイススケート場でインストラクターとしても活動中。
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