「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、元アルペンスキー、スキークロス選手の日置千耶子さんです。
5歳からスキーを始め、10代の時はアメリカにスキー留学、社会人になってからスキークロスに転向し、ワールドカップなどで選手として活躍。引退後は指導者の道に進み、現在は主にトレーナーとして活動されています。
スキークロスの魅力について、スキークロスというアルペンとは違った競技におけるフィジカルの重要性について、日置さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2024年11月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/58-1/
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/58-2/
スキーは転戦で車移動が多く、選手とは運転しながら色々な話をよくしていました。選手たちとは年代も違いますし、男子選手ですし、話がよくわからないことも多かったのですが、選手の方がこちらに合わせてくれていましたね。また、こちらの悩みを聞いてもらうこともよくありました。試合期間中は仕事が多く、食事の時間が合わせられなかったりしたので、車移動中の会話は大事な時間だったと思います。
またトレーニング期に、連盟からの指示でスキークロスの指導法のようなものをヘッドコーチとして作らなければならなかった時は、選手から意見を聞きながら作成していたのですが、選手が絵を描いてきてくれたり、話をまとめてくれたりしました。
コミュニケーションに関しては、選手からもっと時間を割いてほしいと言われていました。ヘッドコーチは現場での仕事が多すぎて、お昼ごはんを抜いて次の遠征の準備をしていたり、時差のある中で日本とミーティングをしなければならなかったので、成績を上げていくためにも選手と人間関係を深めるためにも、日々もっと選手とコミュニケーションを取りたかったと思います。
私が16歳で足首を粉砕骨折した時、それまで目指していたゴールを変えたわけではなく、ゴールへのルートを変えるという選択肢を取りました。目標が何かしらの理由で遠くなった時に、頑なに同じルートを早足で進むのではなく、一旦止まってそのゴールは本当に目指したいところなのか?もしそうであれば今のやり方は合っているのか?と柔軟にプランを変更しながら、やり抜くことが大切だと私は思っています。
一時「やり抜く力GRIT(グリット)」が話題になりましたが、言葉をそのまま受け取ってはいけないという考えが今の私にはあります。というのも、一つのゴールに向かう中でその目標に向かって突き詰めていくからこそ、「こちらもありだな」と見えてくる別ルートや目標もあると思うからです。オリンピックでメダルを獲ることが目標、と小学生の頃から言っていても、ある程度の年齢を過ぎてまだランキングが何百位だったりすると、手遅れになっていることがよくあります。なので、やり抜く力やマインドは大事なのですが、視野を狭めず、常に自分や周りを客観視して、今までの進み方を振り返って改善するのか、異なる道に行くのか、選択する方が良いと思っています。
選手は人生の中で、とても大切な前半の時間をそのスポーツに捧げます。辿って来た道が花開くこと、職業になることはとても少ないとも思います。だからこそ、GRITを発揮し続けながらも柔軟性を身につけ、常に自己省察し客観視することや、他の人の考え方を知ることで見えてくるものがたくさんあるような気がします。
自分が思っていることや感じたことを言語化しなければならない環境が日本にはないと感じています。それがなかなか許されない、空気を読まなければいけない雰囲気があって、トレーニングで見ている高校生の中にも、自分の感情や感覚を言葉にする習慣がない子がほとんどです。
国にもよるとは思いますが、その状態で海外に出ると「私には話したくないんだね」と相手に思われ、関係が築かれないことがしばしば起きます。心を開けば、時には対峙することもありますが、関係性は上がりますし、お互いの考えを深いところまでディスカッションすることもできます。それができる子が世界で活躍する人間になっていくと思います。
何でもいいので、何かに触れた時に「これ、こんな感じがする」と言えること。その積み上げが大事かなと。私が英語講師をしていた時、幼稚園や小学校の送り迎えなどで子供達と話をする際、事実を話すだけではなく「あの雲何に見える?」という正解のない会話をしたり、学校であった事実の話をしている最中に、「What do you think?」というフレーズを使って、その事実に対して子供がどう思ったのか、そうした正解も形もない子供の感情や考えに焦点を当てていく会話で言語化していくことを、日々新たな発見を楽しみながら積み重ねましょうと保護者の方たちに話をしていました。
他にも、実験をする前に自由な仮説を立ててから実験して最後に振り返りをしたり、作戦や新種の動物を創造して更に名前もつけたり、色々な遊びをしながらどうしたら子供たちが世界に出た時に活躍しやすいかという視点で英語講師をしていました。
私もアメリカに留学した当初、英語ができない以上に自分の感覚を日本語でも言語化できないことに唖然としたんです。他のアメリカの同世代選手たちは、今の滑りは何を意識してこういうことをトライしてきた、多分ここはできていたから次はこういう風にすると、コーチに教わるのではなく、自ら報告することが普通でした。コーチと深い話ができず掘り下げもできず、英語力ももちろんですがディスカッション能力を上げなければ強くなれないわと中学生ながら焦りを感じたことを今でもしっかり覚えています。
スキークロスの選手たちも感覚や感情、目指す技術など言葉にして伝えてもらっていました。これは、私がコーチとして経験値がないこと、選手のレベルが高すぎて理解不能だったこともあり、私が彼らの感覚を言葉で聞いてから滑りを見るという分析方法をとっていたからという事情もあります。また、選手自ら、ビデオミーティングで自分の滑りを解説しながら改善するところなどを話し、チームで意見を言いながら最後に何かあればコーチが少しアドバイスをするというのがクロスチームのミーティングスタイルでした。このスタイルは、元々選手がレベルも身体も選手それぞれ違うので、自分の言葉と他選手やスタッフと実際の動きを擦り合わせていきたいという選手の希望で始まりました。選手からの提案がたくさんあることは、すごくいいことだなと思いました。
スキークロスは怪我が多く、この間も怪我明けの選手を送り出したのですが、その選手が怪我をした時には「やるべきことはしっかりやる。でもそれ以上のことは絶対にやらないように」と言いました。選手はみんな頑張り屋なので、もっと頑張らないとだめだと追い込んでしまうのです。膝の前十字靭帯を切ると、早く復帰したくて膝を曲げようと頑張ると、脳が危険を察知して膝が逆に曲がらなくなります。また、筋トレしようとするのですが偏りが大きく出過ぎ、他を故障することもあります。JISSのリハビリチームやチームトレーナーと密にコミュニケーションをとる事、不安なことや復帰スケジュール、復帰後のプランをコーチと共有していくように伝えました。
特に焦りの強い選手には、「長い目で見れば良いよ」と、その選手のゴールまでのマネジメントを言い続けます。指導者が選手の思いと同調して動いてはいけないと思います。「チームとしてはこのスケジュールだよ」とだけ伝え、その選手のプランは別に個人でマネジメントしてもらい相談にのるようにしていました。
スポーツというものは本当に面白いものです。ただ見ているだけでも面白いので、スキークロスの楽しさをできるだけ多くの人に味わってもらいたいですし、選手たちの生き様を通して、ゴールを達成する道のりは、柔軟に考えることができればたくさんあるということも知ってほしいです。環境や資金問題など、たくさんの制限がある日本チームですが、その中で取れるルートを探して実行したら、日本人でも世界で勝てることが伝わるといいなと思います。スキーは究極の遊びだと思っているので、選手たちが際どいラインを瞬時に選択しながら勝ちに行く姿を楽しんでほしいです。
スポンサーがつかず活動資金が少ない、チームが脆弱でグラグラしている中でも成績を上げなければいけない、そうした環境で苦労しながら選手は頑張っています。彼らに教えられたことですが、チーム力は自分たちが一丸となって作っていけば、必ず上がっていくものです。スタッフを含めネガティブな人間が一人でもいるとチームはダメになるので、常に「真っ直ぐ」でいなければなりません。「真っ直ぐ」とは、個人スポーツでよくある「誰かを蹴落とす」ことではなく、相手への妬みをプラスに、頑張る力に変えることです。それができれば周りの人々に素直な感情を言語化できるようになります。そうするとディスカッションは深まり、チーム全体がお互いの協力者となって非常に大きな力を発揮します。出る杭は打たれる文化の日本ではなかなか苦労している方が多いですが、そうした気持ちの持ち方を社会でも生かして欲しいです。子供の頃から続けてきたゴール達成へのプランづくり、実行、その道のりはすべてそれからの人生に活きてくると思います。
最終的にはトレーナーとして世界で活躍をする選手をサポートできる立場になっていきたいですが、まずは一般の人たちに向けて、骨の動かし方や楽な体の動かし方、効率的に健康的に痩せられる方法、トレーニングによって若返る方法を引き続きやっていきたいと思っています。
それから、今指導しているジュニアの子たちには世界で活躍してほしいので、コーチと話すための英語や言語化の指導もトレーナー業を通してやっていきます。来年からはトレーニング指導と治療ができるトレーナーになるため、鍼灸師の学校にも通うことにしています。世界のどこなのか、種目は何なのか、私にはまだわかりませんが、世界に羽ばたけるよう、できる限り選手のサポートをしたいと思っています。
スポーツをしている人が「やってて良かった!」と思えるような指導やトレーニングの場、練習の場を作っていけたら、何歳でもその人たちの人生が豊かになると思います。ですからそこに「黒い私情」のようなものは不要だと思っています。厳しさが必要な時はもちろんありますが、それも含め、純粋にスポーツを「人生を豊かにする究極の遊び」にしていく先生を一緒に増やしていけたら嬉しいなと思います。(了)
(文:河崎美代子)
◎日置千耶子さんプロフィール
元アルペンスキー、スキークロス選手
1984年大阪生まれ、鳥取県出身。5歳からスキーを始める。
小6:北海道へ単身留学
中3〜高校卒業まで:4年間単身渡米、スキーアカデミーであるストラットンマウンテンスクールを卒業
大学:帰国後、筑波大学体育専門学群にてスポーツ科学全般について学ぶ
社会人:スキークロスに転向し、(株)パートナーエージェントマーケティング部スキーチームに所属。30歳までスキークロス選手活動。
引退:30歳で引退、英語講師やアルペンスキーコーチを経て、36歳から全日本スキー連盟スキークロスナショナルチームのセクレタリー兼コーチ、38歳からJOCコーチ・スキークロスナショナルチームヘッドコーチ
現在:フィジカルトレーナー。ゴルフ、トランポリン、アルペンスキー、スキークロス、ラグビー、ダンサー、サッカー、一般ボディメイク、ジュニア選手からトップ選手、一般の方まで大阪やオンライン、海外にて幅広くトレーニング指導をしている。
<選手時代経歴>
*アルペンスキー
全中10位、全日本スキー連盟ジュニア強化指定選手
米国ジュニアオリンピック4種目総合10位
*スキークロス
ワールドカップ15戦出場
2014年ソチオリンピック候補強化選手(出場ならず)
○Instagram:chiyako.hioki