「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、株式会社ユニクロ女子陸上競技部の長沼祥吾監督にお話を伺いました。
高校生の頃、箱根駅伝出場を目指した長沼さんは、筑波大学に入学したものの、怪我のせいで断念せざるをえませんでした。しかし指導に興味を持ち、大学院で専門的な知識を学び、営団地下鉄、アコムなど実業団チームの指導者になりました。廃部の憂き目にも遭い、さまざまな経験をした長沼さんですが、陸上競技への飽くなき情熱が数々の出会いを生み、新しい扉を開くきっかけとなりました。
これからの日本陸上界を牽引する一人である長沼さんが、指導者として選手に求めること、実業団チームで学んだこと、そして「長沼流 科学的根性トレーニング」について、前・中・後編の3回にわたってご紹介します。
(2017年11月 インタビュアー:松場俊夫、河崎美代子)
前編はこちらから↓
リレーインタビュー 第11回 長沼祥吾さん(前編)
中編はこちらから↓
リレーインタビュー 第11回 長沼祥吾さん(中編)
選手には自立してほしいです。自分で立つ「自立」だけでなく、自分を律する「自律」も含めてです。そうでないと強くなりません。初めから自立しろというのは無理なので、そういう選手に育つように持っていきたいと思っています。ですから、あえて手助けしないこともあります。自分で考えて自分でやって失敗して、心の底から失敗したくないと思った時に初めて指導が必要になります。指導というのは、そうした体験を自信として植え付けるためのサポートであり、すりこみ作業だと思います。
私たち指導者はバーンと号砲が鳴ったら何もできません。号砲がなったら選手はすべて自分で判断していかなければなりません。100%の自立はなかなか難しいと思いますが、まず自立ありき、それをサポートしていくスタンスは変えたくありません。そういう意味では、私は選手を管理する指導者ではないです。管理は好きではありません。
失敗して精神的にへこむ選手は、しょせんその程度なのだと思います。大きな大会ではなるべく成功させようと思いますが、そこに持っていくまでの練習の中では失敗も必要だと思います。もし選手の意向が流れからみて違うと思っても、頑でやらないと気が済まない者には経験させ、失敗したら「なぜ失敗したんだと思う?」と問いかけ、指導をします。失敗した時の方が人間は人の言うことをよく聞くものです。ただ、成長過程のどのタイミングで失敗経験をさせるかは私たちにかかっています。むりやり失敗させなくても、失敗はしてしまうものですが、それを受け入れながら励ますのか、注意を促すのか、怒るのか、突き放すのか、それは私たちのさじ加減です。それができないと私たちもスポイルされていきます。
1年目は様子見でした。ゼロからの立ち上げではなく前任からの引き継ぎでしたので、前から残っている良い部分と悪い部分を把握する1年でした。前任の鈴木監督とは話したことがありましたが、選手は知らない人ばかりでしたので、とにかく選手を知ろうと思い、自分の色はほとんど出していませんでした。
2年目に入った時は、強い選手が辞めて戦力が落ちる中、どのように強くしていこうかと考えました。素質はあるのですが、精神的にむらがある選手、陸上よりもお化粧や食べることに興味がある選手もいて、トレーニングはやっているものの、魂が陸上の方に向かっていない、一生懸命陸上に打ち込んでいない印象を受けました。ですから故障も多かったです。結局、予選落ちしたのですが、その瞬間の選手の顔を見た時に「これはだめだな」と思いました。魂が入っていない結果が顕著に出たわけで、それで良かったと思います。
ですから私も腹をくくって選手に告げました。「死ぬ気でやる者だけ集まれ。新しい舟を作ったから、乗るかどうかは自分で決めろ。乗った者は連れていく。ただし、陸上競技第一でない者は海に落とす」と。覚悟を決めた宣言ですね。結果、乗らなかった選手が2人いて、会社はあわてていましたが、それでいいのです。実業団に入るということは何かしらメリットがあるわけで、一生懸命取り組めば、駅伝ならできるはずです。そして、その中で素質がある選手がもう一つ上のステージに上がることができます。とにかく「必死にやる」ということだけをうちのチームの方針として、3年目に向けて動き出しました。
選手それぞれのタイプに合わせて、「必死にやる」ことをベースに、生理学的測定などの科学的要素をもっと取り入れていきたいです。そのために、元看護師で、アスレチックトレーナーの資格も持つコンディショニングコーチの女性にも参加してもらいました。科学的視点と「陸上競技第一」をうまくミックスさせていこうと思います。いわば「科学的根性トレーニング」です。ただ根性、根性だけではだめですから、科学的裏付けのあるトレーニングプランを立てています。その方が「根性入っていないんじゃないの」と言いやすい面もあります。
苦しい思いをして結果が出るか出ないかはわかりませんが、選手にはその体験を人生の財産にしてほしいと思っています。将来、結婚・出産・育児などがあると思いますが、がんばったことは必ず生きてきます。今だけのことではなく、確実に未来につながっているのです。アコムにいた選手たちの中には、お母さんになってからランニングチームを作ったり、幼児の教育に陸上を取り入れたりしている者が何人もいます。それは指導者冥利に尽きることで、とても励まされます。指導者と選手という関係が終わってからもつながりを保てること、何より、彼女たちの「陸上をやってよかった」という気持が嬉しいです。苦しい体験を人生の財産にできるのは、一生懸命やった者だけです。甘い気持ちでやっていたのでは無理です。だから「科学的根性トレーニング」が必要なのです。
理想を言うなら、私が何もしなくてもうまくいくようなチームであってほしいです。「監督、そんなことわかっていますよ。邪魔ですよ」と言いつつも、何かが起きた時には選手の方から積極的に相談しに来てくれる、そんなチームが一番だと思います。
本当は金メダルなのでしょうけど、今の時点では、ユニクロという企業チームに限らず、中距離からマラソンまでどの種目でもいいので、日の丸をつける選手に出てほしいということでしょうか。駅伝に関しては、町民運動会のリレーのようなもので、盛り上がればよいと思っています。そう会社にも思ってもらえるくらい、みんなに応援されるチームにしたいですね。駅伝チームの良し悪しは、指導者の指導力と選手の力だけではなく、会社の力もあると思います。十分な人数の選手を抱えるために、どれくらいのお金をかけてくれるのかということです。
来年度は3人の選手が入って来ますが、選手の採用は試合を観に行ったりして決めます。まずは動きを見て、直感で判断します。そして、その記録を出した背景、夢をもっているか、やる気があるか、欲があるかどうかを確認します。なかなか少ないのですが、来年度入ってくる3人はその条件を満たした選手です。もしも強くならなかったら私のせいです。
自分にも言うことなのですが、「情熱を持ってやろう」、これだけです。情熱があれば様々なつながりも生まれて来ます。今後、下の年代の指導者が出て来て、私たちはどんどんいなくなる年齢ですから、合理性や効率よりも、情熱を第一にしていきたいです。
ユニクロではまだ自分の熱さを出していないので、まず私自身がそこから変わっていかなければなりません。チームに対してはそれからです。それから、もしもルールを破るようなやんちゃな選手がいたとしたら、切るのではなく、活かしていきたいです。人間教育です。かつてはよくやっていましたけどね。人を教育することは自分の勉強にもなりますし。
とにかく私にとって、今年は勝負の年です。ガラッと変えますよ。ユニクロの陸上競技部は20年もやっているのにあまり強くなっていない、そういう流れをここで断ち切らなければいけないという覚悟はしています。しばらく忘れかけていた情熱をふりしぼって、成績を出しますよ。 (了)
(文:河崎美代子)
生年月日:1968年7月27日(49歳)
学 歴:1987年03月 長崎県立長崎西高等学校 卒業
1991年03月 筑波大学体育専門学群 卒業
1994年03月 筑波大学大学院修士課程・体育研究科コーチ学専攻 修了
指 導 歴 :1994年04月〜2001年03月 帝都高速度交通営団(営団地下鉄)・監督
2001年10月〜2010年03月 アコム株式会社・監督
2013年04月〜2014年03月 TOTO株式会社・ヘッドコーチ
2016年04月〜 株式会社ユニクロ・女子陸上競技部監督
その他 :2006年 国際千葉駅伝・女子日本代表チーム監督
2007年 大阪世界陸上・日本代表チーム/女子マラソン担当コーチ
2008年 横浜国際女子駅伝・日本代表チーム監督
2008年 北京オリンピック・日本代表チーム/女子マラソン担当コーチ
2011年02月〜2013年03月 文部科学省「チームニッポン」マルチサポート事業女子マラソン担当
2014年04月〜 独立行政法人日本スポーツ振興センター・マルチサポート事業男女マラソン担当
2015年04月〜 独立行政法人日本スポーツ振興センター・マルチサポート事業女子マラソン担当
指導実績:小幡佳代子(マラソン) ベスト記録 2時間25分14秒
1999年 セビリア世界陸上・女子マラソン8位
2000年 大阪国際女子マラソン5位(シドニーオリンピック補欠)
2006年 ドーハ・アジア大会・女子マラソン銅メダル
長沼一葉(マラソン) ベスト記録 2時間33分50秒
2001年 シカゴマラソン7位
2002年 東京国際女子マラソン8位
桑城奈苗(800m・1500m)
2005年 全日本実業団対抗選手権大会・女子1500m・2位
2007年 日本選手権・女子1500m・2位
早川千聖(800m・1500m)
2003年 日本選手権・女子800m・3位(アジア選手権日本代表選手)
2004年 全日本実業団対抗選手権大会・女子1500m・2位
世界クロスカントリー大会・日本代表選手 3名輩出
全日本実業団対抗女子駅伝出場 のべ5回(営団地下鉄1回/アコム4回)
都道府県対抗女子駅伝/東日本女子駅伝・東京都監督(2005〜2009年度)