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リレーインタビュー 第20回 宮崎博史さん(後編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、鹿児島県で陸上競技ナンバーワンクラブの宮崎博史さんにお話を伺いました。

宮崎さんは高校時代、野球に打ち込み、夏の甲子園に出場。社会に出てからも軟式野球を続けていましたが、24歳の時、地元である喜入町の大会に陸上選手として出場したことをきっかけに、県民大会の100m走に出場して見事優勝、同年の日本選手権と国体でも優勝を果たします。以後、陸上選手としてめきめきと成績を上げ、日本代表として国内外で活躍するようになりました。

1993年からは企業の陸上部監督に就任し、2003年プロの指導者となってからは主に小中学生の指導を行っています。

大人になってから陸上競技を始め、一流選手になっていく過程で、宮崎さんがどのような指導者や指導法と出会い、その経験がどのように今に活かされているのか、前・中・後編の3回にわたってご紹介します。

(2020年2月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
リレーインタビュー 第20回 宮崎博史さん(前編)

中編はこちらこら↓
リレーインタビュー 第20回 宮崎博史さん(中編)

▷ 大会で子どもたちが予想以上の力を出すことがあると伺ったのですが、例えば、桐生祥秀選手、サニブラウン選手、小池祐貴選手は続けて100m9秒台を出しました。心理的な要因もあるのでしょうか。

心理面は大きいと思います。やはり集中力が高まるのではないでしょうか。彼らの場合は、肉体的な変化もあるかもしれません。昔と比べるとタータンやスパイクの素材が格段によくなっています。それだけに、新しい素材に対して動ける筋力が必要になってくるのですが、最近の選手たちの筋肉がそうした環境に適応するように変わって来たとも考えられます。

科学の力もあります。ナイキ、ミズノ、アシックスといった会社がスパイクの開発で日々競っています。昨年、長距離で好タイムが出た理由は「やはり道具なのだ」ということが、ナイキの厚底シューズで実証されましたよね。短距離では桐生選手が履いている、ピンなしスパイク(アシックス)が注目されています。

桐生選手と一緒にドーハ世界陸上の4×100mリレーで銅メダルを獲った白石 黄良々君はこちらの出身です。中学生の時に指導したのですが、里帰りすると必ず顔を出してくれます。

昨年帰って来た時に、身体の線が変わっていることに気づきました。そのことを尋ねたら、ウェイトトレーニングをして体重を8キロ増やしたのだそうです。それから、以前は、膝は上がっていても、振り下ろす動作が遅かったのですが、現在はとても速くなっています。多田修平選手や桐生選手の動きを見て学んだのだそうで、やはり自分で見て、自分で考えて実践しているのだなと思いました。もちろん大東文化大学の佐藤監督の指導のおかげもあるでしょう。白石君はまだ24歳ですから、これからも伸びるのではないかと思います。

▷ どのような指導者像が理想ですか?

私はわかりやすいアドバイザーでありたいと思います。理想の指導法は、わかりやすい説明をした上で、実際に動いて見せることだと思いますが、一流選手にはそれは必要ありません。ですから、相手が小1でも白石君や橋元(晃志)君選手でも、わかりやすく説明することが大事です。理論があり方法論があり身体を動かす、という流れの中で、より良い方法を考えられる指導者でいたいと思っています。

それから、今までこだわってきたことに、今後もこだわりつづけたいです。例えば、姿勢、重心、連動性といったこと、食事もです。口を酸っぱくして、とにかく食べなさいと言います。子どもたちは好き嫌いが多いので、炭水化物だけではなく、たんぱく質、ビタミンをしっかり摂るように言います。

食べないと、一生懸命に練習をしてカロリーを消費しても、筋肉は大きくなりませんし、絶対に強くなれません。そこはかなりこだわります。小学生に限らず高校生でも誰でもそれは言います。最近の子どもたちは食べませんからね。朝ごはんを食べないと集中力がすぐになくなりますし、身体に不調をきたすこともあります。

実は、運動性溶血性貧血などの貧血症状になる子が意外と多いのです。運動性溶血性貧血は、足裏の衝撃により赤血球が壊れやすくなることで起こる貧血です。以前、走っていて突然スピードが落ちる子供がいたので検査したら、白血病一歩手前だったことがありました。そうした子どもたちの身体の異常に気づくことはきわめて重要なので、見ておかしいと思ったらすぐに声をかけます。

▷ 高校生と小学生で、コミュニケーションの取り方や指導法など変えていることはありますか? 

いいえ。特に変えてはいません。理論は一緒です。ただ、小学生は2時間ぐらいしか集中できないので、量的なものは少なめにします。中学生まではウェイトトレーニングはせずに、階段などまわりに在る物を使って筋肉を鍛えさせ、高校に入ったらウェイトトレーニングをやりなさいと言います。

▷ 指導を素直に聞かない子どもにはどのように対応なさっていますか?

とことん声をかけます。「今の動きはこうだ」、「こういうふうに考えてみたらいい」と。自分ではどのように考えているのかを尋ねることもあります。中学生は一応黙って聞いています。素直でない子どもはうちにはほとんどいませんが、聞いているふりをして、言われたことが残っていない子供は結構います。そういう子どもたちにもとことん声をかけます。それしかないです。6年生や中学生の子どもには「声をかけてもらわなくなったらおしまいだぞ」と言います。

どこのチームも同じような物だと思いますが、自分で陸上をやりたいと思って入って来た子どもは2割ぐらいしかいないのです。ほとんどの場合、親御さんがさせています。礼儀作法も学べますし、うちに2時間ぐらい子どもを預ければ、その間、親御さんは楽なわけです。

礼儀作法の指導は特にしませんが、最低限のことは言います。競技場では私だけでなく、知らない大人の人にも挨拶するように言うのですが、今のご時世で知らない大人には声をかけようとしません。ですから、競技場にいる人は何らかの関係のある人なのだからと言うと、一応挨拶するようになりました。

親御さんの中には、子どもを連れて来てすぐ帰ってしまい、終わる頃に迎えに来るだけの方もいらっしゃるので、懇親会では子どもたちのがんばっている姿をぜひ見てくれと言っています。子どもたちの結果だけで物を言う方もいますし、結果が出ないとやめさせてしまう方もいます。「今からなのに」と残念に思うことがあります。

親が見ていると子どもはすごくがんばります。子どもは親に見てもらいたいのですよ。見られない事情があるなら子どもと会話をしてほしい、「今日はどうだった?」とせめて子どもたちの話を聞いてあげてほしいです。

▷ 子どもを指導する上でどのようなことを大切にされていますか?

スポーツの世界とは教育の場であると考えているので、まず一つは、素直に育って欲しいということ。それから聞く姿勢を大事にしてほしいと思います。話をしている時によそ見している子にはすぐ「先生の目を見て話を聞きなさい」と言います。そうしたことを学んでいくと、大人になった時に人の話をきちんと聞くことのできる大人になれるのではないかと思います。うちのクラブはそうした、人間を作るための場だと思うのです。

プロのスポーツ選手は、そこに行くまでに実に色々なことを教わっています。礼儀作法と素直さを持ち合わせた上で、人より秀でた者がプロになっているのです。トップにいきなり行く人などいません。私達のクラブは、人としての性格的なベースを作り上げるものでなければいけないと思います。

数年前、小学校と中学校、養護学校に1年間、授業をしに行ったことがありました。陸上、サッカー、水泳、ハンドボールなどの指導者への国分市のスポーツクラブからの依頼でした。授業をしてわかったのは、「はい集合!」と言った時にすぐにできるクラスは先生が厳しく指導していたことです。そこに先生の指導力を感じました。学校には学校、家には家の躾があると思うので、親御さんにもぜひお子さんをご指導いただきたいと思います。

▷ 指導者の皆さんにメッセージをお願いします。

まず指導者が素直でなければいけないと思っています。私達が素直な気持ちで本気で話をすれば、子どもたちもリアクションを返してくれます。ひたすら叱る、ひたすら褒める、様々な指導者がいてそれぞれのやり方があると思います。しかし、言ったことには責任を持たなければいけませんから、言った後には必ず反省をすることも必要です。かなり厳しい指導をした後は嫌な思いが残るものですが、その日にあったことはその日のうちに反省し、翌日また新たな気持ちで指導に臨むべきです。もし子どもたちが素直でないのだとしたら、それは指導者が素直でないということです。(了)

(文:河崎美代子)

◎宮崎博史さんプロフィール

昭和34年生まれ。

鹿児島商工高校(現・樟南高等学校)で夏の甲子園に出場、

卒業後、日本石油喜入基地に入社。

24歳の時陸上に転向。

83年・85年・86年の日本選手権及び83年・89年国体の100mに優勝。

日本代表としてソウルアジア大会6位入賞等々国内外で活躍。

93年からは城山観光陸上部監督

2001年からは徳洲会陸上部の監督として全日本クラスの選手を数多く育成。

その間、日本陸上連盟の短距離コーチ、鹿児島県県陸上協会強化部短距離担当として数多くの優秀選手を育成。徳洲会陸上部の廃部を機に、2003年、ナンバーワンクラブを設立。プロの指導者としてスタートする。

日本体育協会公認陸上競技指導員。

100mBEST・10秒48

◎陸上競技ナンバーワンクラブ HP