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リレーインタビュー第43回 八木沼純子さん(中編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、元プロフィギュアスケーター、スポーツコメンテーターの八木沼純子さんにお話を伺いました。

八木沼さんは5歳でフィギュアスケートを始め、14歳の時に1988年のカルガリーオリンピックに出場。オリンピックがシニアの国際大会デビューということで当時話題になりました。数々の大会で活躍された後はプロスケーター、解説者、キャスターとして活動されていますが、現在、明治神宮外苑アイススケート場のフィギュアスケート教室で子どもから高齢者までの指導を行っています。

指導者になったきっかけ、最近の子どもたちの指導についてなど3回にわたって八木沼さんのインタビューをご紹介します。

(2023年1月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/43-1/

▷ 「教えすぎる」ことについてどのようにお考えでしょうか。

幼稚園、小学校中学年くらいまでの幼少の子どもたちには、手取り足取りしっかりと教えなければならないことも多いですが、それはレッスンをしながら身体に動きを染み込ませる段階なのだと思います。小学校高学年に上がっていくに従って、自分が何をやっているのかを考えさせることも大切なのではないかと思います。いつも先生の顔を見て先生のOKを確認しないと次にいけないようでは良くないと思いますし、正解が分からないと動けないのではなく答えを見つけていくというように考えを変えていくことが大事なのではないかと考えています。学校の勉強とは少し違うかもしれませんね。頭で考え、身体を動かしながら理解し、自分に合う正解の出し方を見つけることも大切だと思います。

フィギュアスケートの場合、親御さんもリンクにいらっしゃることが多く、中には他の子どもさんと比較して答えを求める方もいらっしゃいます。そうした方々には同じ年齢でもできることはそれぞれ異なるということを説明するようにしています。最近、私が子供の頃はどうだったかを母と話すことが増えたのですが「あの時代は先生に全てお任せして、自分の娘が言うことを聞かなかったりルールに反したことをやったりしたらすぐに叱ってくださいと先生に言っていた」と母は言っています。時代も違いますし、それぞれスケートを習うことへの目的や考えは違うと思いますので、個人レッスンを受け持つ前に、こちらの考え方や教え方をお伝えし、レッスンが進む中でもその都度考えや現在の状態をお話しするようにしています。

フィギュアスケートには学校の勉強のように、正解への近道を塾などで習ってすぐに満点にするやり方はありません。何よりも基礎となる部分が大切で、ベースが出来上がっていない身体に応用を足していっても、目標としているものには届きにくくなります。それはどのスポーツでも同じだと思います。

▷ 子どもたちに自分で考えさせるためにどのような工夫をしていますか?

以前ゴルフを習っていた時の先生の指導法でなるほどと思ったものがありましたのでそれをお借りしています。「いまボールが飛ばなかったね、なぜだと思う?どうすればいいと思う?」というように、まず考えさせる方法です。例えば「先生の目から見ると今のジャンプはこうなっていましたよ。自分の感覚ではどうでしたか?」「先生はジャンプに入るまでの軌道が中に入っていたから回転の軸がずれたのだと思いますよ」といったように。そうすると子どもたち自身にも気づきがあるようです。できる限り自分で考えて言葉にして言わせるようにし、その上で次に向かわせるのが大事だと思います。

ただ小学生のお子さんたちは、一度伝えても生まれて初めての動きを身体に取り入れるものですから全てがすぐに分かるわけではありません。ですので、こちらが噛み砕いてエッジの乗り方から身体の動かし方までひとつひとつ覚えさせるようにしています。今では私自身も「なるほど、ゴルフの先生がやっていたのはこういうことだったのか」と気づくことも多いです。

最近思うのは、今の子どもたちには細かく説明することが必要ですし、叱り方も難しいということです。指導者の意に反してハラスメントと言われてしまうことのある世の中ですから、なぜそうなのかを相手に伝わるように配慮した上でいけないことはいけないと言うようにしています。

▷ お子さんたちを叱る時はどのようにされていますか?

静かに叱ります。イチロー選手もそうらしいのですが(笑)、静かに伝える方が相手はいつもと違うな、しっかり聞かなくてはと思うようです。またこちらの感情に任せてしまうと余計なことや異なったニュアンスを伝えてしまうことにもなりがちですね。

例えば、レッスン時間以外で自主練をしている時に仲の良いお友達が同じ時間に滑っていると、ついお喋りをしたり雪だるまを作ったり(笑)、氷と戯れる時間が長くなります。そんな時間を含めて、リンクに長くいたことをみっちり長く練習をしたと勘違いすることに繋がってはいけないと思うのです。確かに小さい頃は遊びながらの練習もあって良いと思います。ただ、小学校中高学年が練習で自分がやらなくてはならないことに対して集中できないようでは、技術を上げていく速度がゆるやかになる可能性が高いです。周りには熱心に黙々と練習をするスケーターもいるので、そちらに引っ張られると良いと思うのですが。自分の生徒がそのような状況の時は、まず「あなたはなぜリンクに来ているのか」「スケーターとしてどうなりたいのか」確認をしながら、練習することの意味を伝えるようにします。また、リンクに親御さんがいらっしゃる場合は親御さんにも同時に伝える様にし、1人でリンクに来ているスケーターの場合は、メールで親御さんにその日あった事柄を送って連絡を取る様にしています。

フィギュアスケートを長く好きでいてもらうために、スケーターとして頑張りたいという気持ちを持っていてもらうためにも、「なぜ必要なのか」「なぜいけないのか」を理解してもらった上で次に進む形を取らないと、お互いに同じ気持ちを共有しながら一緒にやっていくことはできないと思います。

▷ 母校である早稲田大学でもコーチをなさっていますね。

昨年、コーチに任命されました。私が5歳の時から習っている福原美和先生が現在早稲田大学スケート部フィギュア部門の監督をされているのですが、そこで現在、福原先生の下で微力ながら選手のサポートをさせていただいております。各学生担当のコーチの皆さんと一緒に大会では力を合わせて選手を応援しています。

今季のインカレに勉強も兼ねて帯同させていただいたのですが、それぞれのスケーターの滑りに胸が熱くなるのを感じました。ほとんどの学生が幼い頃からフィギュアをやっているのですが、さまざまな級のスケーターが一緒に一つの大会に向けて頑張ってきたことを想像するとグッと込み上げてくるものがありましたね。

皆それぞれ自分のベストを目指して大会での演技に向かいますが、そこで得た課題を見つけ、また頑張ることが次のステップへと繋がっていくのだと思います。悔しそうな姿を目にすることもありましたが、その悔しい思い、そして来年は絶対に勝つ、次のシーズンに向けて頑張るという熱い気持ちはとても大切です。

▷ ご自身の経験の中で一番悔しかったことは何ですか?

14才でオリンピックに初めて出場し、その後2度チャンスがあったのですが両方とも次点で出場を逃しました。オリンピック前のシーズンまでは上り調子でいくのですが、オリンピックにピークを合わせることが本当に難しかったです。あともう一つというところでうまくいかなかったことは悔しいという意味では大きかったですね。

出場した時は実力が出しきれなかったこともあり、次のオリンピックでは自分が持っているものをすべて出したいという気持ちは強く持っていました。ですが今思うとオリンピアンという鎖に常に繋がれていたような感覚があったように思います。何かをやり遂げなければいけない、こうあるべきだといった気持ちが強く、逆に可能性を狭めてしまったような気がします。なぜもっと単純に、その時出せるものを出し切ることに心も身体も集中できなかったのか。

ですが今度は指導する立場として、選手たちにはそうした悔しい気持ちになってほしくない、だから頑張ってほしい、どのように頑張らせたらいいのだろうかと考える毎日です。(後編に続く)

(文:河崎美代子)

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/43-3/

◎八木沼純子さんプロフィール

生年月日:1973年4月1日 

血液型:B

出身地:東京都港区

出身校:品川高校(現・品川女子学院)→早稲田大学

主な役職:アイスショー「プリンスアイスワールド」広報大使

早くから有望視され、出場した世界ジュニア選手権で2位となって連盟推薦枠を獲得。カルガリー五輪の選考大会であった全日本選手権に初出場し、彗星のごとく代表の切符をさらった。14歳という記録的な若さで、初のシニア国際大会が五輪という異例の出場を果たす。スピンの美しさを武器に、その後も数々の国際大会に出場した。大学卒業とともにプロに転向し、18年に渡ってアイスショー「プリンスアイスワールド」に出演。長くチームリーダーを務め、スケーティングディレクターを担当後、現在は広報大使として携わっている。また、スポーツキャスターとしても活動し、フィギュアスケート解説の筆頭格としてオリンピックの解説なども務めている。現在、明治神宮外苑アイススケート場でインストラクターとしても活動中。

【関連サイト】

明治神宮外苑アイススケート場