「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、岡山県の創志学園高等学校 硬式野球部の長澤宏行監督、同校 女子ソフトボール部の長澤正子監督にお話を伺いました。リレーインタビュー初の、ご夫妻でのご登場です。
長澤宏行さんは兵庫県の夙川学院高等学校 女子ソフトボール部で8度の全国高校総体優勝を成し遂げ、硬式野球の指導に移行してからは鹿児島県の神村学園高等部 硬式野球部を創部2年目でセンバツ出場に導き、準優勝。できたばかりの創志学園に迎えられた2010年、創部1年目にして全員1年生で選抜高等学校野球大会に出場という史上最速の快挙を成し遂げ、これまでに3度の選抜大会出場と2度の選手権大会出場を果たしています。
長澤正子さんは神村学園の硬式野球部でサポート役として宏行さんを支えた時期もありましたが、2010年、創志学園女子ソフトボール部の創部にあたり監督に迎えられ、同部を6度の全国制覇に導いています。
長澤宏行さんと正子さんの出会いは日本体育大学のソフトボール部。ライバルであり、アドバイザーであり、何よりも最高のパートナーとして切磋琢磨し合うお二人にお話を伺いました。前・中・後編の3回にわたってご紹介します。
(2020年1月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
リレーインタビュー第19回 長澤宏行さん・正子さん(前編)
中編はこちらから↓
リレーインタビュー第19回 長澤宏行さん・正子さん(中編)
宏行さん:
体罰はもちろん、言葉の暴力には十分に気を付けています。生徒たちの意識の持ち方は、チームの実績やチームとしての意識の高さで変わってくるものです。ですから生徒には日常生活における注意に留め、生徒の一面だけを見るのではなく、一つの立方体として多面的に見ていかなければならないと思っています。そのためにはまず指導者自身が変わらなければいけません。この歳になっても絶えず変わっています。
正子さん:
昔は、お互いの気持ちが通じていることを前提に、魂を入れるための体罰というものがあったのだと思います。愛情があれば、少々厳しくても許された時代でしたが、今は時代が変わりました。方法を変えなければいけません。
私は2015年にガンの手術を受けて、半年で復帰したのですが、それからの方がチームの成績が上がっているのですよ。翌年の国体で、岡山県代表としては70年かかって初めて優勝しました。この時は私が退院して間もない頃で、夫が試合に連れて行ってくれたのですが、準決勝と決勝を会場で、選手たちと同じ空気を吸うことができました。
その時、生徒が赤のリストバンドをつけているのはわかっていましたが、全員30番(※監督の背番号)をつけていたのは知りませんでした。先日、当時のキャプテンから「私ので良かったら使ってください」と30番のリストバンドをもらって初めて知りました。感激でした。この時以降、今やっているような「自分たちで考えさせる」という指導法に変わっていったように思います。
宏行さん:
アトランタオリンピックの時、私はヘッドコーチだったのですが、日本の野球には監督という絶対的な存在があります。日本の野球のそうした特殊な部分は早くなくさないといけないという感覚はありますね。
彼女(正子さん)の場合、一般企業で女性の部下を持っていた経験が非常に生きていると思います。私たちの年代は女の人を扱うのがへたですから。それに、女子の方が男子よりも精神年齢が高いです。
でも男同士の場合は、リストバンドのようなことは照れくさいというか、あまりないですね。男子の場合はキャプテンシーを持つ者が、常に監督の意を汲んで話ができるというのが強いチームを作るポイントかもしれません。
正子さん:
生徒たちの保護者によると、彼女たちは「監督を日本一にしたい」と言い続けているようで、それはずっと変わらないのだそうです。そんな話を聞いたら、私もこの子たちを日本一にしてあげなくては、彼女たちを喜ばせたいと思いますよ。
正子さん:
学び続けることです。子供たちにもよく言うのですよ。「先生は65歳。もうすぐ66歳になるけど、まだ人間として出来が悪い。だから勉強する。あなたたちはまだおしりが青いのだから、もっともっと勉強し続けないといけない」と。
宏行さん:
私はなかなか一言では言えませんね。まだ答えは出ないかもしれません。これまで、やっては挫折し、やっては挫折し、幾度も叩かれてきていますし。今は日本一を目指していますが、生徒といつも絆を持って、生徒に対する愛情を絶やさずにやっていこうと思います。
正子さん:
(宏行さんは)愛情、ありますよ。生徒たちの食事は朝昼晩の間に補食を入れるので一日5食ですが、監督自身が買い物に行くのですよ。私もつきあったことが何度かあるのですが、うどん玉など、これは腰を傷めるわと言うぐらい大量になります。それに、献立がマンネリ化してきたら、もっとおいしい食べ方はないかと研究するのです。あの愛情を生徒たちは本当にわかってるかなと思うこともあります。
この人のいいところは継続することです。この辺でいいか、ということがないのです。継続がこの人の強みですよ。
宏行さん:
なぜうどんを食べさせようと思ったのかと言うと、うちの生徒たちはよその生徒よりも身体が細いなと思ったのですよ。運動量が高い割に食べていなかったのですね。鍛治舍巧さんという秀岳館高校、現在岐阜商業の監督は、いつもカレーライスを食べさせているそうですが、私はカレーが作れないのでうどんにしました。生徒たちが食べているところを見るとこちらも安心します。
正子さん:
(宏行さんが)鹿児島の神村学園の野球部を指導していた時は、私もヘルプで入って補食を担当していました。創部2年目にセンバツ出場が決まった時、「甲子園で選手が貧弱だと困るから体を作ってくれ」と言われたのです。私、腱鞘炎になりましたよ。部員は80人、多い時は90人いますから、買い物だけでも大変で、カレーも大きな鍋が2つになりますし。ですから、故障中の生徒に「剥き方教えてあげるから」と手伝ってもらったりもしました。おかげで、初出場で準優勝できました。忘れませんよ。
宏行さん:
やはりそういうものが土台にあるわけで、お互いの気持ちが噛み合うと力が出ますね。
宏行さん:
女子ソフトボール部では日本代表選手が、野球部ではプロが何人か出ていますが、そうなってほしいと思って育てたことはありません。指導の延長上には人間教育がああります。社会に出てどうなるか、野球を学ぶというよりも野球から何を学ぶかを大事にしていますので、一人の人間としてしっかり生きていける人間性を持ってくれればいいと思います。
正子さん:
ソフトボールはできるけれど、ちょっと話したら「は?」と言いたくなるような人間だけは困ります。社会に出て、テキパキ気が利いて、心遣いができる、そういう人間になってほしいです。
うちのチームは曲がりなりにもこんなに勝たせてもらっていて、多くの人に見られています。他の学校は「打倒 創志学園」と思っているのですから、アスリートとしての自覚を持って、言動に注意してほしいと言います。親御さんにも「アスリートの娘さんを持つ保護者という自覚をもって行動してほしい」と言います。
私は生徒たちを大きく育てたいのです。他と違う意見でも自分の意見を人前でしっかり言える勇気を持つ人間になってほしいし、外に出たらリーダーになってほしい。実業団のチームに入ったらキャプテンをやり、コーチをやり、監督まで目指せと言っています。
正子さん:
部員全員、大事な選手です。ですからベンチに入った生徒は全員使います。たとえ最後の一打席だけでも、「あなたは大事な選手」「この試合で一本打つために練習してきたのだから」と。インターハイでも、エース一人に頼るのでなく総合力でつないでつないで、全員で勝ちます。
ベンチに入れない選手は、人の責任にするのではなく、自分に持って帰りなさいと言います。出場選手を選ぶためのアンケートを見ると、はずれた者は自分でわかっているのですよね。ベンチに入れないのはなぜか、何が足りなかったかが。彼女たちは悔しいと思いますが、しょげたり後悔したりするのはやめてほしいと言います。一人でもへこたれている生徒、暗くなっている生徒がいたら私は練習しません。そんな生徒には寮に帰って掃除でもしていなさいと言います。全員が元気でいい顔していないと練習はやりませんよ。
ですから時々、不貞腐れる生徒がいると「まわりに気を使わせるな」と言うのです。「あなたが、自分ができずにそんな表情をしているのは、まわりにとって不愉快だ。わかりますか?」と。1年の間で何度もありますよ。今日はこの練習にはおつきあいできませんと途中で練習を打ち切ります。
宏行さん:
自分の感覚の中で確認しながら、日々努力して結果に結びつけられるような練習は続けています。理想というより、自分自身を裏切らない様に、そしてコーチや選手も裏切らない様に、しっかり結果に結びつく毎日を過ごすことを大事にしています。
宏行さん:
日本一です。ソフトボールだけではなく野球でも日本一になりたいです。生徒たちには未来を語りながら、日本一になれるチームになるべく、一つ一つ積み上げているつもりです。
正子さん:
5連覇されている方(宏行さん)がいるので、なかなか破れないとは思いますが、そこに向けてがんばりたいですね。創志学園女子ソフトボール部は今年で10年ですが、創志は最近どうなっているんだと言われないように、できる限り長く強くチームが存続してほしいと思います。
宏行さん:
できるかぎり長く二人でやっていきたいです。そして、できるかぎりよい人材を創り上げていきたい。それが一つの夢ですね。 (了)
(文:河崎美代子)
◎長澤宏行さん プロフィール
1953年生まれ
ポジション 外野手
1971年 兵庫県西宮市立西宮高校卒業
1975年 日本体育大学 卒業
<指導>
1975年~1997年 兵庫県 夙川学院高等学校ソフトボール部でコーチ
*22年間で全国制覇15回。(国体、選抜含む)
1996年 アトランタ五輪女子ソフト代表ヘッドコーチ
2000年~2002年 東海学園大学女子ソフトボール部 監督
*創部1年目でインカレ ベスト8
東海学園大学野球部 監督
*3部リーグから1部リーグへ昇格
2003年~2007年 神村学園高等部野球部 監督
*創部2年目で選抜出場と準優勝
2008年~2009年 環太平洋大学野球部 監督
*4部リーグから1部リーグへ昇格
2010年~現在 創志学園高等学校野球部 監督
2011年、創部1年目で 春の選抜出場。
春夏甲子園5回出場、神宮大会出場。
◎長澤正子さん プロフィール
1954年生まれ。香川県出身。
丸亀商業高校(現 丸亀城西高校)卒業後、
保健体育科教諭を目指して日本体育大学に入学。
ソフトボール部に所属し、インカレ・全日本総合優勝を経験。
京都府の宇治高校(現 立命館宇治高校)女子ソフトボール部監督を経て、
2010年から創志学園高校の女子ソフトボール部監督に就任。
<主な戦績>
2013年 インターハイ優勝
2016年 センバツ優勝
2017年 インターハイ優勝・センバツ優勝
2018年 インターハイ第3位・センバツ第3位