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リレーインタビュー第24回 新生剛士さん(中編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、「QB道場」代表 新生剛士さんにお話を伺いました。

2011年、新生さんはアメリカンフットボール(以下アメフト)の司令塔的なポジションであるクォーターバック(以下QB)のスキルを専門的に指導する日本初のスクールとして「QB道場」を設立されました。

関西大学、オービックシーガルズでQBとして活躍された新生さんですが、アメフトを始めたのは大学に入ってから。意外なことに、高校までは体育平均点以下の運動音痴だったのだそうです。それだけに、選手として成長していく過程で得たものは大きく、指導者としての現在に強固につながっているようです。

技術指導から人材育成へ、「人を巻き込む」方法、ビジネスにもつながるリーダーシップとは?新生さんのお話を前・中・後編の3回にわたってご紹介します。

(2020年9月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/24-1/

▷ 「選手のレベルの差は、ポテンシャルの量ではなく、スイッチが入っているか否かなのではないか」とのことですが、指導者として選手の心のスイッチをどのように探されているのでしょうか。

私が心がけているのは、選手に小さな成功体験を積み重ねさせてあげることです。

私自身、大学でアメフトを始めた頃、ある日の練習でそれまで全然うまく出来なかったプレーを少しうまく出来た事があって、その時、当時チームにいたアメリカ人のコーチが「Good job新生」と声をかけてくれたのです。「ほめられた!」と嬉しかったですね。自分でも「うまくいったかな」と感じたことをコーチにも認めてもらえたのがとても励みになり、もっとうまくなりたいと思うようになりました。

そういう小さな成功体験を積み重ねていく中で、選手が自分でも驚く様なプレーが出来る瞬間というのがあります。自分がやったことに感動する瞬間といいましょうか。これを体験すると、鳥肌が立つような、そんな瞬間をもっと味わいたいと思うようになります。そのような感動がモチベーションになり、心のスイッチがパチンと入るという経験を私自身がしたので、同じような体験をさせてあげるよう心掛けています。

褒めるのがいいのか、叱るのがいいのかという話もありますが、私はとにかく小さな成長を評価するようにしています。例えば、1年で到達したいゴールというのがあって、今はまだまだでも、第一段階はうまくいったと思えば、必ず声を掛けます。それも私自身の経験からです。

指導者が選手をよく見て、選手本人が感じているかもしれないことを客観的に伝えてあげることに意味があります。明確に変化が見られた時には「ナイス!今の良かったね、何を意識したの?」と声を掛けたり、「あ、今のは何か手応えを掴んだかもしれない」と感じた時であれば、選手に「今のどうだった?」と尋ねたりします。すると、自分の言葉で返ってきます。そういうタイミングで問いかけすることが、選手自身が得た感覚を言語化して、再現性を高めることにつながると思います。

▷ 10年間「QB道場」の指導をされてきたわけですが、その間、指導のスタイルに変化はありましたか?

私自身が体育平均以下のどうしようもないレベルから、日本一のチームで試合に出場できるぐらいの選手になるまでの間に、コーチになるための様々な引き出しができたという自負はあります。

ただ、QBとはこうあるべきという意識が少々強かったかもしれません。例えば、QBはアメフトではリーダー的ポジションですから、プレーヤーの頃から、リーダーシップは大事だと思ってきました。社会人チームを指導していた時には、それを自分が指導する選手にも求めました。しかし、私が思う「リーダーとはこうあるべき」というスタイルを、それが必ずしも得意でない選手にも押し付けてしまったため、結果、その選手のリーダーシップを育てることにつながらなかったということがありました。例えば「オフェンスメンバーの前に立ってみんなを鼓舞する声を発する」ということが本当に必要だったかどうか。選手によっては、後ろから支えてあげる方が得意な者もいたのではないかと思います。

「QB道場」では、様々なチームの様々な選手たちがよりよい形でリーダーシップを発揮できるように、4年前から先ほどお話した「リーダー道場」を開催していて、松場さんや中竹竜二さんにも講義をお願いしていますが、その中で私自身が気づかせていただいたことがいくつもありました。技術的なこともリーダーとしてのありかたも、その選手らしさというのを認められるようになり、それぞれの方向で伸ばしていくという考え方ができるようになったと思います。

また、この10年で技術指導のひきだしも圧倒的に増えたのではないかと思っています。「QB道場」は社会人チームと比べると技術的レベルの低い選手が多いのですが、彼らの成長の可能性を信じ、絶対にうまくするのだという気持ちで指導方法や練習メニューを研究開発してきた成果だと思います。

▷ これまで指導してきた中で最も印象に残っているのはどんな道場生ですか?

たくさんいますので選ぶのが大変ですが、リーダー道場のプログラムを立ち上げるきっかけになった二人の道場生がいます。二人とも同じ学年です。

毎年末に道場生と面談するのですが、チームを強くするということに対して様々な悩みを持っています。「QB道場」に来る子の多くは、自分の意志で月謝を払って来るくらいですから、競技や勝ち負けに対するモチベーションがとても高いのですが、3部4部リーグぐらいのチームの子ですと、未経験でたまたま楽しそうな雰囲気だったから始めたという子もいるわけです。アスリートとしての成功体験がなかったり、実はアメフトよりも幼い頃からやってきた野球のほうが面白いと思っていたり。アメフトの面白さを存分に教えてくれるコーチもおらず、モチベーションのレベルも様々な中で、仲間たちのモチベーションを高めてチームを強くしていくことに苦労している選手がたくさんいました。

その中で二人は、自分が所属するチームにイノベーションを起こした、というよりチームを変えたと言っても良いでしょう。3部リーグの中堅以下のチームにいた子たちなのですが、一人はプレーヤーとしてのスキルも高い選手でした。

彼は自身のスキルをより活かせるようなオフェンスのサインを、アメリカで使われているものを研究してコーチに提案したのです。コーチには反対されましたが、「2試合だけチャンスを下さい。もし結果が出なかったらやめます」と食い下がって挑戦権を得ました。そして、チーム全体に自分のやりたい攻撃システムをインストールし、彼が練習メニューを作ってチームを指導した結果、得点力が劇的に向上したのです。彼のチームはその年に2部に上がり、最後の学年は優勝こそできなかったものの、優勝チームにもタッチダウン一本差に迫る試合をしました。チームを完全に変えたわけです。

もう一人も、優勝はできませんでしたが、チームを変貌させました。練習が終わるとみんなすぐに帰ってしまう、残っている選手はサッカーをして遊んでいる、というチームだったのですが、一人ずつていねいに巻き込んでいって、みんながアメフトは面白いと思う状況に変えて行きました。ある時、就活で練習に出られなかった彼が、練習が終わったくらいの時間に自主トレーニングをしようとグランドに行ったら、ほとんどの選手が残って自主的に練習しているのを目にして驚いたそうです。

そういった話を彼らから聞いた時、これこそ私が道場でやりたかった、人間としての成長なのだと思いました。ただ、二人は本当に馬力のある子たちで、全員が同じようなことをやるのは難しいので、すべての道場生が自分のチームで取り組めるプログラムを作ろうと思った事が、実は「リーダー道場」を始めたきっかけなのです。

そういう意味でも、その二人の存在は本当に大きく、強く印象に残っています。毎年末に道場生全員に1年間の取り組みについてプレゼンしてもらい、道場生同士で「道場生大賞」を選ぶ投票を行うのですが、その二人は「QB道場」の歴史の中で唯一、同数得票で二人が「道場生大賞」を受賞しました。

▷ リーダーシップにおいて重要な「 周りを巻き込む力」について、どのようにお考えですか。

大学時代の経験でひとつ残念だったのが、巻き込みが全然できていなかったことです。私は誰よりも練習している、努力していると自認していましたし、周囲の人たちもそう評価してくれていたと思います。そんな私の姿を他の人が見て、同じように努力して変わってくれればいいなと思ってもいました。でも実際には、私から何のアプローチもできずに、何も変わらないまま終わってしまいました。チーム力は上がりませんでしたし、私自身、自分で打開できるタイプではなく、チーム全体が強くならないと自分のパフォーマンスも上がらないというQBでしたから、大した活躍もできませんでした。今思えば、当時の私は、自分でチームを変えようとすれば必要になるアクションや、起こるであろう軋轢から逃げていたのだと思います。

ですが、社会人チームに入って、当時一部リーグ下位だったチームに新しく就任したヘッドコーチが、あきらめずに、とことん選手と向き合うことでチームを変えていく姿を目の当たりにしました。仕事もアメフトも一流を目指す、というビジョンを持ったチームだったのですが、私が入部した当時は仕事を理由にチーム練習を休む選手や、筋トレをサボる選手が多くいました。そんな状況を変えるために、そのヘッドコーチは選手一人一人との対話に加えて、キツいトレーニング中に選手が好きな音楽をかけたり、サプライズでオリンピックのメダリストを呼んで講演をしてもらったり、日曜大工でアメリカのプロチームの様な選手一人ずつの専用ロッカーを作ったりと、選手の気持ちを高めるために本当にいろんな工夫をしてくれました。すると選手達の「練習に来たい!」「次の練習に行ったらどんな面白い事が起きるんだろう」という気持ちがどんどん強くなっていって、それと比例してチーム力も向上していって、遂には日本一になったのです。

今のチームの状態では達成できそうにはない大きなゴールや目標でも、自分だけの努力ではなく周りを巻き込むことで到達できるのだと実感しました。ですから道場生にはいつも「チームを変えたかったら自分だけ頑張るのではなく、周りを巻き込め!」と言い続けています。(後編に続く)

文:河崎美代子

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/24-3/

◎新生剛士さんプロフィール

1968年生まれ。関西大学卒。

<選手歴>

1987-1990関西大学イーグルス(現カイザース)

1991-1999リクルート(現オービック)シーガルズ

日本選手権優勝(1996、1998)

春季東日本選手権優勝(1997)

2000-2001アサヒ飲料チャレンジャーズ

日本選手権優勝(2000)

社会人選手権優勝(2001)

2004米国アリーナフットボールリーグaf2・MEMPHIS XPLORERS

<コーチ歴>

2002-2010オービックシーガルズコーチ

社会人選手権優勝(2002)

日本選手権優勝(2005、2010)

2011「QB道場®」を開業

【関連サイト】

QB道場®︎