「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、元アルペンスキー選手の清澤恵美子さんです。
3歳からスキーを始め、度重なる怪我を乗り越えて国内外で活躍し、引退後はスキーの指導、メディアでの解説を始めとして、様々なイベントの企画・運営など多方面でスキーの魅力を伝える仕事をされています。
「人は可能性の塊」という強い信念のもと、挑戦を続ける清澤さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2024年10月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/57-1/
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/57-2/
選手時代からです。私は16歳の時に一度、ジュニアのナショナルチームに入ったことがあったのですが、すぐ大怪我をしてしまい外れてしまいました。でも10年後ナショナルチームに入ることができました。逆に言えば、10年もチームに戻るまで時間がかかってしまいましたし、大学を卒業して26,27歳にもなれば普通ならやめてしまうと思うのですが、自分ならできるととにかく信じました。自分ならできる、自分は可能性のかたまりなんだ、自分がやらなくて誰がやるんだと思いました。信じるものは救われると言いますが、願いは行動を変えますし、行動し続ければ願いは叶うと思っています。
私の母はそんな私を否定するのではなく、いつもヒントを与え続けてくれました。私は生まれた時から反抗期のようなものなので(笑)、必要以上に私に何か言ってくる母とはよく揉めますが、両親ともにそういう人たちでした。父は早くやめろと言っていましたが、応援し続けてくれました。
日本のスキー界は女性の言葉がなかなか届かないのが現状です。ストレートに言うと男尊女卑的な部分がまだあります。ソチの時に連盟の基準が急に厳しくなり、私はその基準に合わせるために無理をしたスケジュールを選んだことで、オリンピックの2ヶ月前に怪我をし、自分の最大の目標だった場所にはいくことができませんでした。引退後、当時の男子コーチに男子選手にメダルを取らせるための一つの方法だったと聞かされ、とても残念な気持ちになりました。チャンスは男女平等であるべきだと思っていますが、どうしても男子優先になります。
もちろん人によっては平等に見てくれたり、女性を応援してくれる方もいます。今シーズン、マテリアル契約を変更したのですが、担当者や周りの人が私と同じような思いでいてくれます。私が「スキー界で活躍できる可能性があるのも、あと5年の寿命だと思っている」と言うと、「いえ。僕たちはそう思っていません。いやいやまだいけますよ」と励ましてもくれます。こういう人たちはそんなに多くありません。
女性として人として認めてもらうために、私はスキー場では誰よりも元気に声を出すことを心がけていますし、笑顔や挨拶など人間関係には気を遣っています。他のスポーツや社会にも同様のことはあると思いますし、悩みのある方がたくさんいると思うので、女子のエンパワーメントのような団体があるといいなと思っています。女性だけで作ろうとするとうまくいかないので、そのような団体には男性も入ってもらい、より良い社会になるように考えていきたいです。
アメリカのジェレミー・ジョーンズという有名なスノーボーダーが作ったPOW(Protect Our Winters)という団体があり、日本も含めた世界各国で独立採算で活動してします。団体のゴールは政府に働きかけることです。政府が動かないとCO2削減はできませんから。私はもともと雪が好き、自然が好きというベースでやってきましたが、1年半ほど前POWの話を聞いた時、解説者としてこのことを伝え続けないといけないと思い、アンバサダーに立候補しました。
「雪がなくても別にいいんじゃない?」と皆思うかもしれませんが、雪解け水でお米を作っている地域や、雪解け水を貯蓄して水道源にしている村がたくさんあります。雪はとても大切な資源なのだということを子どもたちにも伝えていかないと温暖化は進む一方です。人間が生きて生活することで温暖化は進むわけですが、自分の信念として、今の生活の中でできることからやるというベースで呼びかけています。電気はつけっぱなしにしない、車より電車、電車より自転車、エレベーターより階段を使う、といったことから始めないと地球はどんどん弱っていくばかりだと考えています。スキー産業も交通や観光に関わっており、経済の面でとても重要ですから、ストップさせることはあり得ません。雪を大切にしながら、自分たちができることをやり、温暖化をストップさせて日本の経済も回して、と循環させることを考えて活動しています。
実はPOWにアルペンスキーのジャンルから参加するのは私が初めてで、ほとんどがフリースタイルという雪と戯れる方の人たちです。普通は整備されたゲレンデを滑ることが多いのですが、フリースタイルの人たちはバックカントリーといって、様々なバーンを滑り、時として木と木の間も滑ります。彼らが好むのはふかふかの新雪で、特に日本のパウダースノーは世界でも有名です。JAPOW(日本のパウダースノー)と呼ばれていますが、その「最高の雪」を求めて、海外からたくさんのスキーヤーが訪れています。彼らはこれまでと最近の雪の違いを肌で感じています。アルペンのスキーヤーには残念ながら実感できないのですが。
子供たちへの普及ですね。来年1月、苗場の雪山でイベントをするのですが、いきなり「スキーをするよ」と言っても参加する親子はなかなかいないので、雪山で色々と遊べるイベントを企画しています。雪山でパラバルーンをしたり、探検をしたり、キャラクター探しをしたりして、雪を通じて楽しんでもらい、その中の一つにスキー体験を組み込んでいます。今後、各地でできたらと思っています。ただ私一人でやっていると小規模な印象になってしまうのが悩みの種なので、スポンサー探しもしています。
スポーツは楽しむものというベースが教育の中にもっと入ってほしいです。例えばノルウェーのケースがとても参考になるのですが、スポーツは結果を出すもの、勝つものではなく楽しむものだという教え方をしています。2020年日本でワールドカップがあった時、ノルウェーチームにインタビューすると選手たちは「スキーが楽しい」と言うのです。「でも16歳ぐらいから楽しいものから別のものに変わるんですよね」と聞いてもらったところ、みんな答えに困るのです。「いや、今も楽しいよ」と。勝ちたいけれどあくまでも楽しいことがベースなのです。彼らは楽しみ方を知っているのです。だからあんな小国でもノルウェーはチャンピオンが非常に多いですし、特にオリンピックやワールドカップのような大舞台で力を発揮します。予算は豊富ではないらしいのですが、それでもちゃんと結果が出ています。
私が指導している選手たちに「スキーの楽しさって何?」と聞くと「勝つこと」という答えが返ってきますので、私は「スキーってリフトの上で友達と喋ることが楽しくない?」「雪や風を切る感覚って楽しくない?」「ターンで進んだ感覚とか、スピード感が楽しくない?」「友達と泊まれるのは楽しくない?」と指導者的にはNGかもしれないことを聞きます。選手には「楽しい」ということを感覚に終わらせずに、ちゃんと言葉で口に出させるようにしています。
そうした「楽しむ方法」を選手に教えてあげるのが今は必要だと思っています。もちろんその中には試合があるわけですが、「何ができて何ができなかったか」「何が楽しくて何が楽しくなかったか」「何が嬉しくて何が嬉しくなかったか」といったことを振り返る時間がとても大事です。イベントも振り返りが必ず必要だと思っていて、自分がリーダーになるイベントはただアンケートを取るだけではなくしっかり振り返ります。
私たちの指導のゴールは「私たちがいなくなること」だと思います。コーチが自分から離れると選手は悲しむことが多いと思うのですが、逆に喜びを感じてほしいですし、コーチ自身が楽しまないと選手も楽しめません。ですから指導者自身が楽しめるような人生を過ごしてほしいです。厳しい環境の中でプレッシャーや孤独感もあって、きつい職業だと思いますが、趣味を持つのもいいですし、選手を含む周りの人たちに色々な悩みを話せるようなコミュニケーションをとることも大切だと思います。(了)
(文:河崎美代子)
◎清澤恵美子さんプロフィール
元アルペンスキー選手
幼少期:1983年神奈川県横浜市出身。3歳からスキーを始める。
高校時代:単身で北海道にスキー留学
社会人:アルビレックス新潟チーム所属後
株式会社ドームに入社。社員所属選手(アンダーアーマー)
引退:34歳で引退。解説をはじめとしたスキーの魅力を伝える仕事を行う。
(Jsports、NHK、オリンピック、世界選手権、ワールドカップ、全日本選手権等)
現在:ジャストラビング理事、エイブル文化財団選考委員、POWアンバサダー、株式会社SEED取締役、5歳児の母
<選手時代経歴>
全日本選手権優勝3回、ワールドカップ出場44回、世界選手権2回出場
アジア大会優勝、ユニバーシアード3位、国際大会55勝
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