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リレーインタビュー第34回 石部緑風さん(中編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、日本フェンシング協会の普及育成事業を担当される石部緑風さんにお話を伺いました。

東京2020では男子エペ団体が悲願の金メダルを獲得、日本におけるフェンシング競技の存在感を印象づけました。ルールをよく知らなくても、緊張感あふれるスピーディーな展開を息を飲んで見守った方が多いのではないでしょうか。

高校時代にフェンシングを始めた石部さん。強豪校ではなかったため伸び伸び練習できることが楽しくて仕方なかったそうです。大学に進学し社会に出てもその「楽しい体験」を忘れることができず、やがて今のお仕事につながっていきます。常に選手を見守り、選手に寄り添う石部さんのお話を3回にわたってご紹介します。

(2021年12月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/34-1/

▷ 生活や教養の指導においてどのようなプログラムを実施されていますか?

まず、合宿に参加している選手に心理チェックを行い、合宿参加に関する心の変化を見ています。例えば、とても緊張している、つまらない気分で来ている、コーチの言うことがわからない、合宿の内容がわからないといったことがあるかどうか、1ヶ月に一回の合宿でチェックしながら個別にフォローしています。

また、競技に関する心理チェックもやっています。3年以上競技を続けてきた選手を対象に実施しているのですが、自分が今思っている競技力はどれぐらいか、メンタルが強いか弱いか、試合の時に緊張するかどうか、協調性があるかないかなどをチェックして結果をグラフ化します。選手に自分の無意識の部分の認識をしてもらい、どうすれば良い方向に変えていけるか、自分の課題を克服していけるか、自分のメンタル状況を良くするにはどうすればいいかなど、トレーニングの導入段階でのセルフチェックをしてもらいます。

他には、フェンシングが強くなりたいと思っている選手は練習を頑張りすぎる傾向があるので、睡眠や食事に関するアドバイスをすることもあります。

▷ 具体的に心理チェックはどのように行うのですか?

質問が65問あり、選手にその時の気分でチェックをしてもらいます。その結果をこちらでグラフ化して、前回は楽しい気分のチェックが多かったのに今回はなぜ減ったのかなどを個別にヒヤリングし、その内容をコーチと共有し、それぞれの選手の注意点を伝えます。

今の選手たちは自分のことを言葉でなかなか表現できない世代なので、言えないことが溜まると練習に集中できなかったり苛立ったりすることがあります。コーチがそうした状況を知らずに叱ったりしてしまうと選手の気持ちが沈んでしまうので、とにかく練習が嫌にならないよう、楽しい気持ちでやってもらえるように努力をしています。

5、6年前からこの心理チェックを取り入れていますが、中学生世代の長期遠征や合宿では毎回データを取っています。私がこのプログラムを導入したのは、日本フェンシング協会の情報戦略の分析をなさっている方に子どもたち向けにやってみないかと声をかけてもらったのがきっかけです。こうしたプログラムは他の競技でも各世代で導入されていると思います。

▷ プログラムの効果を実感されることはありますか?

あります。効果が目に見えて現れる点、選手たちのことを理解しやすい点が良いと思います。選手の緊張の度合が、プログラムを続けていくことでだんだん下がって来たりします。最初は合宿に不安を感じてしまって「楽しくない」という数値が高かった選手も、回数を重ねると選手同士が打ち解けて来ますから、それが楽しい気持ちにつながって行くのでしょう。そうした変化が目に見える時には、プログラムが指導に役立っていると感じます。また、コーチに向けてのプログラムはありませんので、コーチ自身の思い込みで選手指導をしないように、数値を共有することには意味があると思っています。

ただし、対象になっている選手は全体の5分の1ぐらいです。選手の多くが競技を長く経験してきてコーチとの信頼関係ができているので、まだそれができていない選手を対象にしています。

▷ 石部さんご自身がフェンシングを始められたきっかけについて教えていただけますか?

私が入った都内の高校にたまたまフェンシング部があったので始めました。フルーレです。でも力を入れてやったのは高校3年間だけです。東京都は強豪校がいくつかあって全国で一番インターハイ予選出場校の多い激戦区なのですが、うちの高校は弱小校でしたので辛い練習やランニングもなく、ちゃんとしたルールもわからないままお遊びクラブのような感じでやっていました。それがとにかく楽しくて楽しくて、その楽しさが今の私に影響しているのだと思います。

大学に進学してからはフェンシング部がなかったので、部活を作ろうと思ったのですが人が集まらず、用具も高価なので実現できませんでした。そこで、他の大学でできないかと思って調べたのですが、都内の大学はとても強く、大会に向けて非常に力を入れていて、私にはとてもついていけない、私がやってきたようなものとは全く違うのだということを思い知らされました。

それでもフェンシングをやらずにいるのは寂しかったので、どうしたものかと思っていたところ、地元にフェンシングクラブができたのです。そこで細々と初心者の子供たちと遊びながら7年ぐらいやっていました。そして6年前、今の職についたわけです。

大学卒業後は別の会社に勤めていましたが、本心ではフェンシングに関わる仕事がしたいと思っていました。でも求人を見てもなかなか見つからなかったのです。そんなことをたまたま地元のクラブのコーチに話したら「協会で求人が出るらしい」と言うのです。そこで協会に応募する前に、協会で働いている方を紹介していただいたのですが、その方が当時勤めていた会社の上司のお友達だったのです。おかげで、勤めていた会社にもフェンシングの協会に転職したいと言いやすい状況ができました。世間は狭いなと思いました。

▷ 協会に入られてどうでしたか?

フェンシングに関係することをやりたいとあれだけ思っていたのに、入った時の私はどんな仕事があるのかも知らず、指導の資格があるわけでもなく、試合の仕組すらわからない状態でした。最初の勤務地がナショナルトレーニングセンターだったのですが、フェンシングの練習場に入ろうとしたら出て来られたのが、あの太田雄貴さんだったのです。びっくりしました。高校の時に指導して下さっていた方が太田さんの大先輩で「太田選手は大学の後輩なんだよ」とよくお話を伺っていたのですが、その方が目の前にいると思ったらものすごく緊張してしまい、2年間ぐらいは選手のそばを通ることに慣れなかったです。太田さんがいらっしゃると空気が変わるのを感じていました。リーダーシップ、行動力、発信力すべてが優れている方でした。

▷ フェンシングのどのようなところに魅力を感じていますか?

私自身、はっきりわからないのですが、物を使って自分が思っていたことを表現できるところでしょうか。試合で勝つことが自信につながったというのもあるかもしれませんが、何よりもその楽しさなのではないかと思います。見た目は地味でユニフォームも格好良くないのですが、アクティブなところや熱さがありますよね。

それに経験者はずっとフェンシングへの熱意を持ち続けていて、引退しても高齢になってもフェンシングに関わっている方が多いのです。一度やったら離れられない競技なのかもしれません。U14、U17、U20、シニアと区分されますが、40歳以上になると国際的にベテラン枠というのがあって80代、90代以上というカテゴリーもあります。幾つになっても続けられる競技なのです。

フェンシングには騎士道の精神がありますが、これは日本で言うと「礼に始まり礼に終わる」と同じ感覚だと思います。ヨーロッパでは貴族がやっていた競技で、白い正装で剣を持って相手に挨拶するのですが、これは日本の武道で最後に一礼するのと同じようなものです。自分の使っている剣に敬意を払う意味で、剣のガードにキスをするような動作をし、剣先を相手に向けて「よろしくお願いします」と挨拶をします。そんなところが騎士道という言葉を表しているのではないかと思っています。国を問わずどんな試合でも、戦う相手に対してもお客様に対しても挨拶をしてくださいと言う共通のルールがあります。(後編に続く)

(文:河崎美代子)

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/34-3/

◎石部緑風さんプロフィール

共立女子大学卒業。

(選手としては高校3年間の部活のみ、高校卒業~2019年までは地元クラブ及び母校で競技と指導を週1~月1でするレベルでした)

2015年~現在 

公益社団法人日本フェンシング協会で普及育成事業を担当。

○2015年〜2017年

3年間エペ・サーブルの中学生選手の発掘・育成の運営サポート。

○2018年〜現在 

当協会選手育成事業(フルーレ・エペ・サーブル)の運営、企画、選手の教養プログラム等を実施。

○2018年〜現在 

当協会JOCエリートアカデミー担当マネージャーとして選手・コーチの活動サポート。

○2020年〜現在 

地方タレント発掘事業と連携しサーブルの小中学生選手の発掘・育成の企画、運営。

日本フェンシング協会