スポーツ指導者が学びあえる場

リレーインタビュー第65回 鈴木正信さん(前編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、パフォーマンスコーチ、スポーツトレーナー、ムーブメントコーチの鈴木正信さんです。

最近注目のスポーツ「パルクール」は走る・跳ぶ・登るといった「移動」をすることで心身の鍛錬を行う運動です。鈴木さんは日本を代表するプロ・パルクール選手として活躍後、プロ・アマチュアのスポーツ選手、格闘家、ダンサー、役者などを対象に、人間の「動き」に特化しパフォーマンスを向上するための指導を行なっています。

鈴木さんが目指すのは”Movement Practice”(ムーブメントプラクティス)という文化を広めることで健康革命を起こすこと。「勝利、結果、プロセス、全てを通して人間力を上げるためのストーリー」と語る鈴木さんのお話を3回にわたってご紹介します。

(2025年9月 インタビュアー:松場俊夫)

▷ まずムーブメントプラクティスについて説明していただけますか?

ムーブメントプラクティスというのは、ムーブメントをその人の人生の糧にしたり、競技の軸を作るためのプラスになるようにプラクティスするということです。トレーニングは明確な目的に向かっていくものでティーチングに近いのですが、プラクティスは鍛錬と生きがいの中間にあるものだと考えています。つまりムーブメントプラクティスというのは、動きを通して人間力や動きのリテラシーをあげていく、動きの鍛錬の哲学なのです。

リテラシーはよく使われる言葉ですが、これは情報が入ってきた時に適切に分析と解釈を行い適応することですが、それを表現として使えますし、自分のものとして活用することもできます。つまり情報のインプットとアウトプットをどれだけスムーズにできるかということです。もっと詳しく言いますとコントロールシステムに準ずる話になるのですが、一つの情報の中にクローズシステムでフィードバックとフィードフォワードを両立させるところから一つの事柄にアプローチできるということでもあります。

▷ その理論をどのように構築されたのですか?

私には「師匠」が5人います。ムーブメントカルチャーの創始者2人、古武術、ヒップホップ、そしてヤマカシというパルクールの創始者です。

ヤマカシは”Méthode naturelle(メトッド・ナチュレル)”というフランス軍で使われたトレーニング方法が土台になっています。ジョルジュ・エベルという歴史的な指導者がいたのですが、彼がフランス海軍の将校だった時、配属されていたマルティニーク島で噴火があり、フランスの将校が生き残れない中、島の人々が多く生き残るという体験をしました。その理由を探ったところ、島民たちは自然に体を動かすことをしていたのです。これは素晴らしいとエベルは思い、“Parcours du combattant(突撃過程)”を生み出しました。走る、飛ぶ、登る、泳ぐといった「環境適応を通して心身を鍛える」という、軍隊や警視庁、消防庁などで使われる障害物コースの原型です。エベルがよく言っていた”To be strong,to be useful”「強く機能的であれ、役にたつ人であれ」というのがパルクールの根本的な哲学で、根本動作として“Parcours du combattant”があります。私はそうした哲学や考え方をヤマカシから受け継いでいます。

またヒップホップには、“Love,Peace,Unity, Having fun “という4大精神があります。愛すること、平和、団結、楽しむことです。私はこの哲学、そしてブレイキンやオールドスクールを学んできました。ブラックカルチャーは差別と戦ってきた歴史があるので強くなければいけないという考え方が根本にある一方、ギャング同士の抗争も絶えなかったので、そこにPeaceを見つけなければなりませんでした。白人からの差別と黒人同士の戦いという暗い社会の中で「いかに生き抜くか」を体現した音楽やカルチャー、ダンスがヒップホップなのです。私はヒップホップをストリートカルチャーの中でオリジンから学んできました。

古武術は忍術の総本山の武神館道場をはじめ、様々な日本武道の流派から学びました。武に生きるというのは闘いの強さだけではなく心の鍛錬でもあり、技と哲学を包括しているもので、日本文化であるこの精神にも大いに学びました。

そしてムーブメントの哲学はイド・ポータルから学びました。彼は元UFC王者、格闘家のコナー・マクレガーのムーブメントコーチをしていた方で、ムーブメントカルチャーを誰でも受け入れるものに作り上げた最初の人です。彼はイスラエルでカポエイラを指導していたのですが、「動きはただの動きではなくトレーニングはただ鍛えることではない」ということを常に言っていました。特に印象的だったのは「本当のプラクティスは見た目も悪いしよくわからないものだが、それをわかった気になってやってしまうとただの自己満足になる」ということです。ムーブメントカルチャーにおける”Differential learning”(差異学習)、「プラクティスに一度慣れたら次へ、それに慣れたらまた次へ」をやり続けることをイド・ポータル氏から学びました。

ムーブメントのもう一人の師匠は”Fighting Monkey”のプログラムを作ったヨゼフ・フルチェックです。彼はスロバキア出身でコンテンポラリーダンスカンパニーを設立した動きのスペシャリストで、ムーブメントを「自分の体と心のコミュニケーションであり、世界と自分のコミュニケーションでもあるもの」と位置付けました。世界にアプローチするための仮説を立てる際には、フィードバックがあると自分の仮説を変えずにアクションを変えるか、もしくは仮説そのものを変えるかという二択に突き当たります。イドもジョセフも「先人の集合値ではなく、どんな動きにも通じる原石とは何かを突き詰める」というメタムーブメントを重要視しており、私は彼らから学びながら自分なりの答えを出してきました。

▷ そうした理論は実践しながらつくり上げているのですか?

私はスペシャリストですが、輝くためにはまずジェネラリストでなければならないと思っています。ムーブメントの中ではよく”Negative specialization”(負の専門化)と言われるのですが、これは「ある特定のことしかやっていない人は、その部分は高くなるが上に行けば行くほど脆くなる。一回崩れると立て直すのが心身ともに難しい」ということです。従って、土台を作るときには、動きだけではなく心、精神、体といった様々なことを包括した土台を作りあげていく必要があります。

ムーブメントカルチャーの”Diversity breeds immunity”(多様性の産む健康性や順応性)という土台があれば、上に行った時にエネルギーの余剰があるので、新しいことやより高みに行くことにそれを使うことができます。プラクティスの中心にあるのはエネルギーの余剰を作ることで、そのための莫大なインフォメーション、土台を作っていきたいと思っています。

▷ 鈴木さんがムーブメントに出会ったきっかけは「アキレス腱を切ったこと」だったそうですね。

私は大学でスポーツ医学キネシオロジーを学び、医学に関わる仕事をしたいと思っていました。自分はパルクールのスタイルとしては非常にクリーンなスタイルで、雑だけど大技を決めるというよりも、大技はやらないが精密機械のようにぴたりと止まって点数を稼ぐというタイプの人間でした。何をやってもクリーンにできるので怪我の可能性も少なく、体のケアもしているし、西洋医学も取り入れているし、よほどのアクシデントがない限り怪我はしないと思っていました。

ところがレッスンで指導している時にアキレス腱を切ってしまったのです。当時私はデンマークのパフォーマー育成学校のようなところで指導者をしていました。そこには18歳から30歳ぐらいまでの様々な人が集まっていて、ビギナークラスとアドバンスクラスがありました。アドバンスクラスを教える時には当然、私もアドバンスの動きをしなければならないのですが、ある時、壁に足をぶつける動きをして見せた時に、切れたのです。私は当時22,3歳で生徒から可愛がられていたので、誰かがイタズラしたのかと思ったのですが、足首が全く動かない。これまずいなと思いました。

当時私はパルクールと同時にプロのダンサーもやっており、アキレス腱を切った時、ダンスカンパニーのメンバーがムーブメントというものがあると紹介してくれました。私は東洋医学的なことは信じていなかったのですが、とりあえずワークショップに行ってみたところ、瞬間的にその考えが変わりました。印象に残ったのは「エヴィデンスは莫大なデータがあるから強いが、直感的に人がわかっていること、感じていることでまだ科学が追いついていないことがたくさんある」ということでした。もっと感性を大事にしようと思いました。勉強することが全てではなく、観察することやコミュニケーションすることが大切であること、人として生物としてホリスティック(統合的)である方が健康なのではないかということをその時ムーブメントから学びました。それからムーブメントの世界にどっぷりです。(中編に続く)

(文:河崎美代子)

◎鈴木正信さんプロフィール

合同会社 Motus Works 代表社員

日本パルクール協会 副会長

日本ムーブメント協会 特別顧問

東京/神奈川を拠点とするパフォーマンスコーチ/スポーツトレーナー/ムーブメントコーチ

プロ・アマチュアのスポーツ選手、格闘家、ダンサー、役者などのパフォーマンス向上を専門とする運動指導者

元・日本を代表するプロ・パルクール選手/コーチとして世界を舞台に活躍する中、キネジオロジー、動作学、生体力学、ムーブメント・トレーニング、デンマーク体操、タンブリングについてアメリカ、ヨーロッパなどの海外の本場 (大学や指導機関)で本格的に学ぶ。

選手引退後は指導者として様々な分野のプロ/アマチュアのスポーツ選手やパフォーマーをサポートしながら、済生会病院などの医療や運動施設のスタッフ研修や運動指導者むけのトレーニング・セミナー講師として日本全国、世界各国で指導する。

Instagram:https://www.instagram.com/shinobi_mover/