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リレーインタビュー第64回 中村剛士さん(後編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、メンタルコーチ・トレーニングコーチ・レスリングコーチとしてご活躍中の中村剛士(つよし)さんです。

 中村剛士さんはお兄さん(総合格闘家の中村倫也さん)と共に、お父様が経営する格闘技ジムに集まる一流のファイターたちを見て育ちました。3歳からレスリングを始め、小中高、大学で日本一を経験、引退後はアスリートのコーチとして活動しながら、キッズレスリングチームで子どもたちの指導を行なって来ました。

指導者としてご自身にもとことん向き合い続ける中村さんのお話を3回にわたってご紹介します。

(2025年7月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/64-1/

中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/64-2/

▷ 伸びる選手とそうでない選手の違いはどこにあると思いますか?

格闘技においては、ちょっとネジが外れているような子、つまり常識に縛られない子、固定概念が人と違うというか、一般的な常識を壊せている子が伸びると思います。どの業界でもトップにいる人は普通の人と少し違っていますよね。その傾向は子どもの頃から見受けられるようです。

また、素直な子は伸びます。色々なアスリートにコーチングしていますが、伸びる子はみな素直です。社会人でも大学生でも、素直な子は素直に変化して行きます。ただその一方で頑なに素直でない子、自分のやり方を貫く子も伸びるのですよ。自分のやり方を貫くための感覚的なセンスを持っているのだと思います。つまりどれだけピュアか、またはどれだけノーを突きつけられるか、この対極のどちらかだと思うのですが、うちの兄(中村倫也さん)はその両方を持っています。普通の人とは違う特別な存在です。

▷ お兄さんから一番影響を受けたことは何ですか?

1年前ぐらいに「兄貴ってこうだったから最終的に俺と差が出たんだ。だからこんなに魅力があるんだね」と気づけたことがありました。それは兄が「自分に集中していること」です。それがあらゆることにおいて必要なことだと気づいたと同時に、今の社会課題の一つとして伝えていきたいと思っています。

誰もが自分の持っているエネルギーがあるのに、どう使っていいかわからなくなっているのではないかと思うのです。自分の魅力を自分から引き出すことに自分のエネルギーを最大限に注いでいく、そういう人が増えていくととてもいい国になるのではないかと思います。

この間海に行った時、若い人たちがわーっと弾けていてものすごいエネルギーを感じたのですが、もしそういうエネルギーを自分の魅力を引き出すことに最大限使えたら、ここにいる人たちはどんなふうになるのだろう、エネルギーの注ぎ方の感覚をもっとわかっていけば、もっと輝けるのではないかと思いました。エネルギーの使い方を、自分を引き上げること、魅力を引き出すことに最大限集中するという考えが持てればいいのにと。それを兄はずっとやっていたのですよね。私は試合の結果や周りは何を考えているか、どう見ているか、誤解されていないか、優勝したから俺は偉いとか、そんなことにエネルギーが分散していました。そんな弟と、自分を高めることに最大限集中していた兄と差が出たのはそこだと気づいたのです。

▷ 兄弟として同じ環境で育って、そこまで違うのはなぜでしょうか。

父はかつて日本の格闘技ジムの聖地と言われているジム(PUREBRED大宮)のオーナーをやっていて、そこは修斗という団体などのトップファイターが集まるジムでした。私と兄も頻繁に行っていたのですが、わんさかいるすごく強いファイターたちを見て格闘家になりたいと幼いながら強く思いました。兄が憧れたファイターは死ぬ思いで鍛錬して遺書を書いてリングに上がるような選手で、兄はそこで自分を鍛錬して自分に集中して生きるのがかっこいいのだという価値観を持ったのだと思います。

一方で私は格闘技に憧れることはありませんでした。毎日兄に「PRIDEはこうだ」とボコボコに殴られたり蹴られたりして泣かされていて、散々痛い思いをしたので嫌いでした。兄は自分に厳しく努力する先輩の背中に憧れて高校や大学を選ぶという生き方をしていたのに、私はファイターの誰かに憧れることもありませんでした。やはり憧れる人の背中があるかないかの違いでしょうか。

▷ どのようにすれば自分の魅力を引き出せるとお考えですか?

自分の魅力を引き出すには、何をしたいかがわからないと難しいのではないかと思います。どうなりたいのか、何をしたいのかを自分自身に聞く力、それを理解する自己理解力が必要です。子供の頃に興味があることを色々やらせてみて、自分が何が好きかを理解させるフェーズも必要ですし、いわゆる自己肯定感や自己効力感といった部分も必要です。

また、未熟であることの素晴らしさを知ることも大切です。未熟であることがどれだけ豊かなことか、完璧になった途端人生がどれだけ退屈になるかを根本的に理解していくことも必要なので、それをテーマにしながら子供たち向けのメソッドを作っています。

だからこそ、子どもたちを引っ張っていく大人たちは自分に集中しなくてはいけないと思うのです。情熱を持って自分の人生を生きている姿を子どもたちに見せていかないと、日本を良くしたいとか世界平和とか言っても何も始まらないのです。

私自身の魅力についてはあまり考えたことがありません。そうですね…。克己心が強いところでしょうか。自分に勝つという意味の克己心です。それがあるから自分の成長を止める感覚は一切ありませんし、克己心があるからこそ固定概念を破ることも得意なのかもしれません。

▷ 子どもたちにはスポーツを通してどんな人に育ってほしいですか?

スポーツを通して自分の人生を謳歌できる人、目を輝かせて人生を生きる人がもっと増えてくれればいいなと思っています。そのためには今ある社会概念を壊すこと、例えば未熟であることの素晴らしさを徹底的に理解するようなことも必要になります。また、子どもたちに身につけてほしい能力は自分に集中する感覚です。自分がどうなりたいかを描くこと、自分に集中すること、それを学んでいってほしいです。

スポーツは自己研鑽がわかりやすくできるツールなので、自分を貫くという軸と礼儀礼節、この二つがあれば世の中は良くなるのではないかと思います。他者との協調性と同時に他者との線引きができる能力をスポーツというコミュニティの中で磨くこと、さらに自分に集中して自分の魅力を引き出す鍛錬をスポーツを通してやっていくことで良い広がりになるのではないかと思います。これは私自身の人生のテーマでもあります。自分のこの人生の中で、日本中の人の目が輝いている風景が見たいですね。

▷ 中村さんの今後のビジョンについて教えてください。

人間の可能性を開いていくことに興味があるので、自分の意識をどう使うと自己達成されるのか、自分の意識をどのように鍛えたらゾーンに入っていくのか、目に見えない部分を感じ取りながら、自分の人生をより良くするにはどうすれば良いのか、といったことを考えています。まだあまり開かれていない部分だと思うので、意識をテーマにしながら、人間のレベルを高度に引き上げるということをやっていきたいです。

その中で、自分に集中する、手を取り合う、協調する、自律、未熟の素晴らしさといった哲学を持ちながら、自分の意識レベルを高める。意識レベルが高まれば自己観察も上手くなり、感情と距離ができて色々なものが見えてきたり、認識できる世界が広がると思いますので、そこで面白さを見つけていく。そうしたことを自分に課しながら、同じように意識レベルの高い人たちを育てていくのが、今一番やりたいことです。

トップアスリートと関わらせてもらっているので、彼らがどのように意識を使っているのかなどの学び合いをしながら、人間研究所のような場所を作り、中高生、大学生からトップまでが集まって、人のレベルを引き上げていく。そこでお互いの哲学を持ちながら、原理原則を共有して、お互いが自由に生きていく。そういう意識レベルの高い集団を作って広げていきたいです。

そういう場所を作ることで社会に貢献したいと考えています。なぜなら今私自身が幸せを感じ、どんどん豊かになっていると感じるからです。固定概念が壊れて自由になっていて、自分はこれからどうなってしまうのだろうと思うほどです。そんなふうに生きられているということは、ご先祖様と繋がった長い歴史の中で、今この瞬間に豊かさをいただいているからで、恩返しするとしたら今よりもっと素晴らしい未来を作ることしかないと思うのです。

▷ 全国の指導者の皆さんにメッセージをお願いします。

これは自分自身にかける言葉になると思いますが、人生の勝負というのは「自分が」「自分が」の「我」をどれだけ超えていけるかだと思うのです。自分さえ良ければいいとか、俺がやってやったとか、俺がいるからこうだとか、「俺が」のせいで世の中がおかしくなっているのだと思います。そういうゲームは終わりにして、欲を断つとか「空」を目指すといった「脱我」ではなく、自分を超えた意識を持って物事に取り組むこと、人生を生きることが大切だと思います。

みんなで「自分さえ良ければいい」という感覚を超えていきましょう。それを自分の胸に伝えると同時に世界に伝えたいです。不安を超えたところに最高の自分がいることに気づいたらめちゃくちゃ楽しくなったというのが私の人生経験です。そんなふうにみんなで違う遊び方を楽しんでいきたいですね。(了)

(文:河崎美代子)

◎中村剛士さんプロフィール

メンタルコーチ

トレーニングコーチ

レスリングコーチ

1997年 10月7日生まれ

3歳からレスリングを初める。

小、中、高、大学でそれぞれ日本一を経験。

現在は、レスリングコーチ、メンタルコーチ、動きを教えるコーチとして活動中

スポーツを通して自分の人生を豊かにしていく為の考え方、パフォーマンスを最大限に発揮する意識の鍛え方や動き方、人がより深化し力強く活きていくための場所や文化をつくる為に活動中。