「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、(公財)日本ラグビーフットボール協会 男女7人制(セブンズ)日本代表総監督、男子セブンズ日本代表ヘッドコーチ、岩渕健輔さんにお話を伺いました。
青山学院初等部3年生でラグビーをはじめ、青山学院大学2年の時に日本代表に初選出。1998年、神戸製鋼に入社し、同年10月にケンブリッジ大学に入学。その翌年12月には、オックスフォード大学との伝統の定期戦に出場し、「ブルー」の称号を得ました。2000年、ケンブリッジ大学を卒業すると神戸製鋼を退社し、イングランドプレミアシップのサラセンズに入団。その後サニックスやフランスのコロミエ、男子セブンズ日本代表の選手兼コーチなどを経て、2012年より日本代表のゼネラルマネージャーを務めました。
岩渕さんは「エディージャパンの仕掛人」として知られていますが、ラグビーワールドカップ2015で南アフリカ代表を34-32で破った試合は、内外でいまだに熱い思いと共に語られています。特に、それまでラグビーを見たことがなかった日本人にも大きな感動を与え、ラグビーの素晴らしさを伝えた意味で、実に大きな勝利だったと言えましょう。
ラグビーワールドカップ2019日本大会の開幕が四ヶ月後に迫り、来年には東京オリンピックが開催される今、日本のラグビー界は極めて重要な時期を迎えています。岩渕さんがさまざまな経験を経て、どのようなビジョンやフィロソフィーでチームを作っているのか、前・中・後編の3回にわたってご紹介します。
(2019年4月 インタビュアー:松場俊夫)
日本代表のゼネラルマネージャー(以下GM)を務めていた時は、コーチではありませんでしたから、ダイレクトに選手全員に働きかけることは少なかったです。一方で、「世界で勝つ」というマインドセットに変えなければ前に進まないと思っていたので、それができる指導者を連れて来る必要がありました。それがGMとして最初のステップでしたし、エディー・ジョーンズ氏を連れてきた一番大きな理由でもありました。
当時の日本ラグビー界は、世界で結果が出ていない割に環境がとても良かったのです。ラグビートップリーグは選手にとってやさしいというか、一流企業がチームを持っているので、ラグビーで就職できて、選手引退後もそのまま会社に残ることができます。そのようなレベルで国内で戦っていたら、一ヶ月後にニュージーランド代表、南アフリカ代表のような強いチームと戦うぞ、と言っても勝てません。技術的、戦術的な意味でエディー氏と違うやり方をする人はたくさんいます。しかし、メンタル的なモチベーションをどう上げるかが最も大事でしたから、それができる指導者、そこに厳しく接することができる指導者ということで、エディー氏を呼びました。
マインドセットが変わるような厳しい練習を続けて行って、強くなっている、良くなっていることをどう実感させられるか、たとえば、勝てなかった相手に勝つために試合を計画的に組んでいくといった作業が同時に必要でした。エディー氏を呼んできて厳しい練習をガンガンさせたものの結果が出ないと言うわけにはいかないので、そこのバランスを4年間でうまくやれたように思います。
2016年まではより大きな面でのアプローチが多く、細部についてはヘッドコーチや他のスタッフに任せざるを得ませんでした。今は日々選手に接しており、日々の生活の細かい部分に入っていけるので、よりダイレクトに自分の意向を反映させることが可能です。エディー氏の時はあまりやらなかったのですが、「このチームは何のために戦っているのか」、私がチームフィロソフィーと呼んでいるものをしっかり持とうということで、チームバリューやチームミッションをまず最初に選手とスタッフみんなで作りました。トップダウンではなく。
また、セブンズのジャージにだけつける新しいロゴやスローガンを作ったり、ジャージーのデザインを変えることもやりました。日本のラグビーの世界は15人制の文化で成り立っていますが、セブンズに対する思いをしっかり持ち、アイデンティティを確立することが大切だと思ったのです。15人制との比較ではなく「自分たちのやり方はこれだ」と言えるものを、フィールド外のところで作りました。
選手個人個人に対しては、メンバーを絞る際にどういう基準で選んでいるのか、今の状況がどうなのか、今私がそれぞれの選手をどのように見ているのか、どうすれば選ばれるのか、そういったことに対して誠実に接することが一番大切だと思っています。
さらに、なぜメンバーに選ばれないのか、どうすれば選ばれるようになるのかに対しては、より選手に理解してもらわないといけません。選手は選ばれなければ当然、納得しませんが、今回はだめでも次に向けてどうすればいいかを話すことが大切だと思います。例えば、今回は選べないかもしれないが、一年後選べないわけではないといったタイミングのことや、単純にその選手が悪いわけではなく、チームの流れで今回は選べない、といったことです。セブンズに来てくれた選手については、時間をかけても成長させる、選手として良くする、代表として選べなくてもそれが一番大事な仕事だと思っていますし、その経験がチームで、そしてチーム以外の所でも、選手にとって役に立てばいいなと思っています。
GMの時には高い目標を設定しました。スポーツの世界は時間軸がはっきりしていますよね。私は2015年のワールドカップ、2016年のリオオリンピックの強化担当だったのですが、その時点で2019年のワールドカップが日本で、2020年のオリンピックが東京で行われることがわかっていました。そこでの目標は、オリンピックで言う「入賞(8位)」というわけにはいきませんから、メダルをとると言わざるを得ないし、ワールドカップもベスト8では誰も応援してくれないと思いました。つまり、2019年の目標はベスト4、2020年の目標はメダルと言えるようになるためには、2015年でベスト8、2016年にメダルをとるぐらいの成績をあげなければならなかったのです。でないと、次の時には目標を下方修正しなければならなくなりますし、勝てないチームは急には強くなりません。2019年、2020年を見据えた上での高い目標を掲げる必要がありました。私の場合は、単純に明日の試合の勝ち負けよりも、一番ターゲットにしなければならない大会までの時間軸と、チームの成長度合いがどれぐらい噛み合うかを考えた上で目標設定をしています。
長期の目標と目先の目標、どちらが大切か。そのバランスについて言うと、選手にとっては今を100%でやることが非常に大事です。でも一方で先の目標を見据えなければ、いわゆるマイルストーンは立てられないし、急に飛び石で目標に到達することはありません。そういう意味ではまず長期的目標があり、その中に時間的なターゲットの必要が出てきた上で、今日明日どうするかを考えるべきではないかと思います。ビジネスでもスポーツでも急には変わるということはないのです。(中編につづく)
(文:河崎美代子)
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リレーインタビュー第15回 岩渕健輔さん(中編)
後編はこちらから↓
リレーインタビュー第15回 岩渕健輔さん(後編)
〇岩渕健輔さん プロフィール
【所属先/役職】
公益財団法人日本ラグビーフットボール協会理事・
Team Japan 2020 男女7人制日本代表総監督
【略歴】
大学在学時に日本代表に選出される。
卒業後、ケンブリッジ大学に入学し、オックスフォード大学との定期戦に出場。
その後、イングランドプレミアシップのサラセンズ、フランスのコロミエ、
7人制日本代表の選手兼コーチなどを経て、2012年より日本代表のGMを務める。
2015年ラグビーW杯、2016年リオ五輪強化責任者。
2017年1月より現職。
ケンブリッジ大学社会政治学部修士課程修了。博士(医学)。