「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、立命館大学体育会レスリング部監督の水口貴之さんです。立命館宇治中学校・高等学校で英語教諭および国際センター長として海外からの留学生受入や派遣業務を本業としながら、地域の幼年から高校生までのレスリング指導や大学の監督もしています。
水口さんは幼少時の辛い体験からレスリングに自分の道を見出し、厳しい練習を続け高校時には日本のトップに登り詰めました。大学4年生後はカナダに留学、帰国後スポーツ留学斡旋事業を立ち上げましたが、30歳を機に教育の道に転身しました。「指導者は満足しないまま、挑戦し続ける事が良いのかもしれない」と語る水口さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2026年3月 インタビュアー:松場俊夫)

▷ 現在の活動についてお伺いします。
現在私は立命館宇治中学校・高等学校の教員として勤務しています。これまでの経緯を話すと、故郷の飛騨高山で7歳の時にレスリングを始めました。小学校ではほとんどの試合が1回戦ボーイでしたが、中学生になった時から少しずつ勝てるようになり、1997年京都でインターハイが開催された時の出場候補選手として、1996年に立命館宇治高校にスポーツ推薦として入学しました。高校・大学で選手として活躍した後は、自身の留学経験を活かしスポーツ留学斡旋業者を起業していたのですが、30歳の時に母校で常勤講師の募集があり母校に戻りました。
当時レスリング部は、恩師でもあった監督が学校を定年退職するにあたり、休部になっていました。私が通信教育課程で教員免許を取得し、母校には常勤講師として戻ることになりましたが、まずはちびっこレスリングを手伝うことから始めました。そこで育てた子どもたちが立命館宇治中学校に受験して入学する、そして立命館宇治高校へ進学し、最終的には立命館大学体育会レスリング部に入るというストリームを描きました。幼稚園児から小学校6年生までのちびっこを指導しながら大学のコーチも受け持ち、かれこれ16年になります。昨年、大学の監督になりましたが、同時に中学・高校の監督、ちびっこレスリングの監督、そして後輩と一緒に「ワクワクレスリング(ダウン症児童レスリング教室)」もしています。

▷ 指導のあり方は変遷するものですが、「これは変えない」とお考えの部分について教えてください。
私もコーチも同じ考えなのですが、レスリングを通して人材育成をすることを目的としています。私たちはレスリングを通して様々な経験をし、多くのことを学びました。その恩返しとして、生徒たちには競技を好きになってもらい、様々な経験を通して心身ともに大きく成長してほしいと思っています。スポーツを通して豊かな人格を創り、社会に貢献できる人材になってほしいという思いが強いです。
私は昭和の時代に「やらされる」スポーツ経験もしてきましたが、国内も海外もトップレベルの選手は「競技が心から好き。競技を好きじゃないと実力が伸びない」ケースを多く見てきました。また、競技力が強くても、横柄な態度を取ったり勘違いをしたりしている選手は自然と弱くなっていきますし、礼儀や礼節が分かっていない選手は、周りからの信頼も失っていきます。
そのような事を見てきたので、選手の年齢に応じて指導を変えるように心がけています。ちびっこ(幼年〜小学生)には、技術を教えるだけでなく、「道場に来ると楽しい」と思ってもらえるように、競技もしくはチームにいることの楽しさを感じることを第一に考えています。例えば、クリスマスにチョコをあげたり、節分には豆まきをしたりしています。また、練習に来ている留学生にお願いして、ドイツやアメリカのお菓子を子どもたちにあげたりして、国際感覚も感じられるようにしています。
中学・高校では、負けが続くと楽しさを感じられなくなるので、勝ちたいという欲を大切にするようにしています。技術を学ぶことはもちろんですが、毎日朝練をすることや、何があってもコンスタントに毎日練習をすることなど、生活の中に「レスリングで強くなりたい」という軸をもって生活する大切さを経験させるように心掛けています。これは社会人になっても大切な事だと思っています。
大学では、自身で生活し大学で勉強をするという自律した生活の中でも、レスリングという軸を持ち、日々の練習を仲間と切磋琢磨しながら出来るかどうかを大切にしています。高校までは、指導者や大人がサポートし導いてくれましたが、大学では自らが考え行動することが求められます。学生スポーツとしてチームを作る上で、主務、主将、それぞれの選手がどんな役割をチームの中でしなければいけないのか。それぞれに役割を与え、大学生を社会人として近いところまで導きたいと考えています。
どの世代でも変わらない事は、感謝の気持ちを持つことや、社会に貢献する人材育成ですね。誰かに感謝の気持ちを持つこと、平和な国でスポーツができること自体が恵まれていて幸せであると思う気持ちを持つこと。そして自分自身を磨き鍛えるためにスポーツをする。豊かな人格を形成し、恩返しとして社会に貢献して欲しいと思っています。
▷ カナダから帰国後、保健指導員として特別支援学級の子どもたちに接したことで、指導の考え方や人生観にどのような変化がありましたか?
実は、小学生の時に父親の借金が原因で祖父母や親戚も含め、家族がバラバラになる経験をしました。今思えば、レスリングに出会うことで救われていたんだなと思います。当時のちびっこの監督によく指導していただき、面倒も見ていただきました。今思うと父親のような存在だったのかもしれません。また、この京都の学校を紹介してくれたのもその監督でした。高校時代は、1日3部練習で5〜6時間程度練習し非常にキツイ思いをしていたので、もっと自分に厳しくなってレスリングで日本一になりたい。もしかすると、新聞に載れば会えなくなった父親がどこかで見てくれるかもしれないと思い頑張っていました。技術も食事や栄養素などもよく勉強しましたし、どうするとより強くなれるのかをずっと考えていました。あまりに厳しくて、今思えば一番戻りたくない時代です。これだけの練習量をやって全国優勝できないわけないだろう、みたいな感じで。
そうした経験を経て、大学では2年連続でキャプテンを務め、海外でもレスリングの経験が活きて様々なことを開拓できたので、自分に自信がついたというか、しんどい思いをすれば結果はついてくるものだと思っていました。大学卒業後は、スポーツ留学斡旋の会社を作り、ある程度成功したのですが、30歳を前に立命館時代の監督から「30歳過ぎて、もしレスリングに戻りたい気持ちが少しでもあるのであれば、教員免許を取っておくのはどうだ」と助言があり、通信で教員免許を取ることにしました。そして地元の公立中学校で保健指導員としてアルバイトをし、教育の道に足を踏み入れることになったのです。
それまでの自分は恥ずかしながら、しんどい思いをすれば誰でも強くなれると思っている部分があったのですが、不登校や特別支援が必要な教室を担当して考えが変わりました。言葉で言い表すことはできませんが、大人が作った社会の負を背負った子どもたちがいるクラスでした。その時、どんなにしんどい思いをしても、どんなにがんばっても成長することができないスタートラインや現実があることを知りました。彼らのために何かしてやりたい、これまで自分が様々な場面でしんどい思いを克服してきたのは、このためなのではないかとも思いました。それも、自分よがりな考え方だったと思います。
ある時、単純に私が授業中に子どもたちと一緒に楽しそうにしているだけで、彼らが良い方向に向かっていく空気を感じました。まわりの大人が「陽」の空気を作れば、子どもが安心して心を許せる環境になるのだと思いました。真っ黒な絵を描いていた子が、カラフルな絵を描くようになったこともありました。頑張れば結果が出る、成長できるという考えが通用しない現実はありますが、子どもたちにとっては「この人なら心が許せる」「この人なら頼れる」という存在が必要で、そういった環境を作るだけで子どもたちは良い方向に成長すると感じました。(中編へ続く)
(文:河崎美代子)
◎水口貴之さんプロフィール
1980年11月9日生まれ
岐阜県高山市出身 京都府城陽市在住
立命館宇治中学校・高等学校 国際センター長・英語教諭
立命館大学体育会レスリング部監督、立命館レスリング(幼年〜高校)監督
7歳の時にレスリングを始めるが、中学生までは試合で勝つことはなく常に1回戦ボーイ。
中学3年生の時に全国中学生大会で3位になり、少しは競技の面白さを感じ、高校は京都の立命館宇治高校に進学。
高校では、全国から集まったレベルの高い仲間との厳しい練習に鍛えられながら、少しずつ勝てるようになり、高校2年の京都インターハイでは団体準優勝・個人優勝、高校3年ではインターハイ個人準優勝する。
大学では、2年生で全日本学生選手権3位、3・4年生は主将を務め西日本リーグ戦を連覇。チームを纏める経験をする。
大学卒業後はカナダ・カルガリーに留学し、カルガリー大学レスリング部に所属。世界の仲間と出会い、スポーツでの国際交流の素晴らしさを感じ、価値観が大きく変わる。
帰国後は、スポーツ留学斡旋業者をカナダのオリンピアンや、アメリカの日本人経営者と運営する。
地元高山市で公立中学校の保健指導員を経験しながら、不登校や発達障害のある児童と関わることで、自身の経験が教育に貢献できるのではないかと考えるようになる。
30歳の時に母校に戻り、中高での担任、文科省への出向などを経験し、現在は英語教諭および国際センター長として留学生の受け入れと派遣業務を行う。
レスリングの指導者としては、立命館大学体育会レスリング部監督、立命館レスリング監督(幼年〜中学校)をしている。2025年カナダ・カルガリー大学、2026年アメリカ・スタンフォード大学へ遠征を実施。







