「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、石川県でスポーツを通じて数々の地域コミュニティビジネスを展開されている「地域プロデューサー」榎 敏弘さんにお話を伺いました。
剣道教士七段の榎さんは、長年中学校教員として剣道部を指導、強豪チームに育て上げました。その後、教育行政に携わっている時、総合型地域スポーツクラブに興味を持つようになり、NPO法人「クラブパレット」を設立。さらに、障害者スポーツの拠点として地域スポーツシステム研究所「ジョイナス」を設立し、教員退職後は障害者人材育成機構「カラフル・金沢」の理事長としても活躍されています。
スポーツを通じた地域づくりと人づくりの考え方、「剣の道」の人生への活かし方など、榎さんのお話を前・中・後編の3回にわたってご紹介します。
(2020年5月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
リレーインタビュー第22回 榎敏弘さん(前編)
教育の現場から離れた9年の間は、それまでのやり方を見直す時期になりました。自分にとっては冷却期間となり、部活動の考え方に地域スポーツという意識が出て来て、指導とは何だろうと考えるいいタイミングになったと思います。
その後また学校に戻り、違う形の指導で4年間勝ち続けることができました。子どもたちは私の指導を意外に思ったのではないでしょうか。私の指導のやり方に関する過去の伝説がありましたから。ですが、かつてのような厳しさがありつつも、根っこの部分が変わっていたと思います。
それは何かと言うと、私の中に「見えないものを大事にする」という考え方が生まれてきたことです。剣道には「観見の目(かんけんのめ)」という言葉があり、「見」は見えるものを見て構え、相手の洞察、動きや技に反応する目、「観」は見えないものを見る目のこと。つまり、見えていないものの中に本質があると言う考え方です。当時の私はそうした「見えないもの」を見ようとしていました。子どもが発する言葉にも、発しない部分に本質があるのではないか、現れる身体の表現はあまり重要ではなくて、見えないもののほうに根っこがあるのではないか、という見方ができるようになっていました。
「自分らしさ」の前提にあるのは、「その人には必ず力がある」ということです。自分で出せないだけで、力はあるのです。子どもたちが自分には力があると思えるようになれば、あとはそれをどう出すかの手段やタイミングですから、それを子どもたちと一緒にコーチングで解決していきました。
「いまどんな状態?」「本当はどうありたいの?」「今の自分となりたい自分のギャップは何?」「その課題を解決するためにはどんな方法がある?」「なぜそう考えたの?」「じゃあそれでやってみようか」などと聞いていくうちに、子どもがはっきり変わり始めました。自分で考え出したのです。
そこが一番重要です。答えはすぐには出ませんが、こうしたら勝てる、こういう練習をしたら勝てる、メンタルをこうすると勝てると、とにかく自分で考えることが大事です。自分で考えるようになると、おもしろいように変わっていきます。
でももしかしたら、子どもたちは若い時の怖かった私よりも怖い思いをしていたかもしれませんね。外から与えられる恐怖ではなく、自分で決めなければいけない緊張感や見られているという怖さが生まれたわけですから。
アメリカの経営コンサルタントのスティーブン・R・コヴィーの「7つの習慣」の7つめに「刃を研ぐ」というのがあります。剣道で言えば、自分の強みという刃は相手に向けていくのではなく、実は、自分の喉元に向けているものなのではないかと思います。喉が切れるか切れないかギリギリのところに刃が来れば、刃を磨けば磨くほど苦しくて悩む。結局、自分を追い込み苦しむことで結果を出す、力を出せば出すほど苦しみがあるが、相手と一緒になってしのぎあっていくと言うのが、最後の幸福感なのではないでしょうか。その上で、第8の習慣の「ボイスを聞く」に至ります。
これは私の課題なのですが、うちの職員が私を怖いと言うのです。仕事では優しく接しているのですが、「榎さんは日本刀を後ろに隠して喋っていますよね」「榎さんはやさしく喋っているようですが、日本刀がこちらの喉元に来ていますよ」と言います。私は刀を抜いてもいないし隠してもいないのに、見えていないものが見えると言うことでしょうか。「榎さん、時々切っていますよ。心を」とも言われます。それではダメですよね。
私は口にはしないものの、実際には相手を変えようとしているのかもしれません。変わるのは相手なのに、私の力で何かしてあげたいと余計なお節介を焼いてしまう。待てないのですよ。一緒に歩んでいるつもりでも、つい自分のほうが先に出てしまう。相手を信じてはいるのですが、相手を一番に考えられていない自分がいるように思います。
見えないものが見えてしまうから、と言うのもあると思いますが、その見え方はあくまでも私のフィルター、私の視点ですよね。それが、口に出さなくてもにじみでてしまうのでしょう。隠しているのに、まわりに感じられていると言うのは事実なわけで。私自身がコーチングを受けた時には「それが榎さんらしさなのだ。あれこれやろうとするよりも、その熱さが武器なのだと思いますよ」と言われました。(笑)
「もっとよくしたい」という気持ちです。「こうすればもっとよくなるのにどうしてみんな動かないのだろう」と思うのです。「(動かないのは)それが前からの慣習だからとか、きまりだからとか、みんながやっているあたりまえだから」と言われるのが嫌なのです。私は教員をしていましたが、何の教科かわかりますか?数学?社会?国語?いいえ。意外かもしれませんが、美術教師でした。体育の免許も持っていますが、美術が主免です。空間抽象彫刻といって、例えば、空間を飲み込むように丸太を彫るようなことをやっています。削って容量自体は小さくなりますが、その創造した形は大きく感じ、調和します。そして、それは「静」なのですが、形を変えることで空気を飲み込むような力強い「動」を創造したいと思っています。
美術には「模倣は創造の始まり」「破壊は創造の始まり」と言う二つの言葉がありますが、私のエネルギーは常にイノベーションや変化に注がれていて「現状維持は後退である」と常に考えています。それを相手にも求めてしまうのでしょう。
私のやり方に抵抗感を抱く人は多いですが、私は人が好きですし、人を悪く言うことはありません。人を信じるということを覚えたのは、障害のある方々と接したからだと思います。障害があると、やりたいことがあっても努力してもできないことがあります。ただ「できない」には二つあって、例えば「コミュニケーションが苦手で、トレーニングしてもできない」ケースと、「コミュニケーションは苦手だが、やり方次第でできる。その力はある」と言うケースです。障害のある子どもたちを見ていると、力があると信じ続けなければ何も始まりません。それが指導の中に出てきたのかもしれません。
環境が変われば、その人たちに合うレベル、合うケース、合うタイミングがあるはずです。選手は全員同じではありません。それぞれが面白いものを持っていたり、その子にしかないものもあります。ですから私のチームはいろいろなタイプの選手がいると評価されます。剣風は同じでも、それぞれの形があります。
多分できないとは思いますが、「ただいるだけ」の指導者でありたいです。ただ座っているだけで何も言わない。私が道場にいるだけで、みんなが変わるようなそんな指導ができたらいいですよね。それが究極だと思いますよ。極端に言えば、私はいなくてもいいのです。私がいなくても、魂、思い、哲学、有り方と言ったものが脈々と流れる中で、子ども同志の中で、子どもと私の中で化学反応を起こして新しいものが生まれて来る。それができたら最高ですね。単なる理想ではありますが。(後編に続く)
(文:河崎美代子)
後編はこちらから↓
リレーインタビュー第22回 榎敏弘さん(後編)
◎榎 敏弘さんプロフィール
一般社団法人 障害者人材育成機構 カラフル・金沢 代表理事
一般社団法人 地域スポーツシステム研究所 代表理事
株式会社 ジョイナス 代表取締役
■生年月日
昭和38年11月28日(56歳)
■学歴
富山大学教育学部中学校教員養成課程美術専攻 S61.3卒業
独立行政法人金沢大学大学院人間社会環境学域公共政策専攻地域マネジメントコース修士H23.3修了
■職歴
教員(18年)、教育委員会等の勤務(9年)を経て、平成25年3月教員を退職
その後、NPO法人クラブパレット理事兼GMに就任
■競技歴
剣道教士7段 全国教職員剣道大会 7回出場 柔道初段
第52回都道府県対抗剣道優勝大会出場
第61回のじぎく兵庫国民体育大会剣道競技大会出場
■指導歴
団体 全国中学校剣道大会 優勝1回 3位2回
全国中学校選抜大会 優勝3回
個人 全国中学校剣道大会 男子3位 1回 女子3位 2回
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