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リレーインタビュー第64回 中村剛士さん(前編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、メンタルコーチ・トレーニングコーチ・レスリングコーチとしてご活躍中の中村剛士(つよし)さんです。

 中村剛士さんはお兄さん(総合格闘家の中村倫也さん)と共に、お父様が経営する格闘技ジムに集まる一流のファイターたちを見て育ちました。3歳からレスリングを始め、小中高、大学で日本一を経験、引退後はアスリートのコーチとして活動しながら、キッズレスリングチームで子どもたちの指導を行なって来ました。

指導者としてご自身にもとことん向き合い続ける中村さんのお話を3回にわたってご紹介します。

(2025年7月 インタビュアー:松場俊夫)

▷ 中村さんはアスリートメンタルコーチングとキッズレスリング事業の運営をなさって来ましたが、現在の活動に至った経緯を教えていただけますか?

私がレスリングをやっていた高校・大学の7年間、怪我と病気が多くて練習できたのはたったの2年間という状態でした。プレーできない時間が続くと考えることが増えていきますし、自分の理想としていた場所からどんどん遠ざかっていく感覚がありました。練習もろくにできないほど怪我が多いと、怪我がチャンスだというモチベーションにもならない、どう積み上げても崩されるという繰り返しで、自分で色々工夫はしたのですが、うまく結びつけることができませんでした。現役の後半はそんな状態でした。

アスリートとしては、家庭環境のせいか人と比べて自分の価値を見出すという考え方が強い人間だったと思います。父親が企業を経営していて他の子どもたちとは違う環境で育ちましたし、カリスマ的な兄がいて、母親もバレエをずっと続けているような芸術的な感性の強い人でした。私が、人にどう見られるかということを常に気にする人間で、結果を出さなきゃという価値観の強い人間であることは子供の頃からわかっていました。

そんなふうに生きてきたので結果が出なくなった時に心を壊しました。大学3年の時、それまでどんなに怪我しても心の火は消えなかったのに、その時ふっと完全に消えてしまったのです。小4の時、全国大会で負けてとんでもない怒られ方をした時にも同じような状態になったことがありましたが、無気力症候群というのでしょうか。とにかく何も手につかず、自分が生きているのかもわからない。下半身がなくなったような感覚になりました。

その時、レスリングの勝ち負けだけではなく、人として幸せにならなければいけないということに初めて気づきました。自分は何のためにレスリングをやっているのだろうと考えた時、自分の現状を見ればレスリングでオリンピックを目指すどころではないと思ったのです。どうすれば今この瞬間からもっと豊かになれるのだろうと思い、まず毎日の幸せなことにフォーカスを当てようと考えました。すると、「幸せ日記」を書くというアイデアが出てきて、自分なりのやり方で自分と向き合うセルフコーチングをするという習慣がスタートしました。

その習慣を続けるうち、自分の意思で行動することで、世界の見え方が変わっていく、考え方一つで見え方が変わっていくという面白さに気づきました。追い込まれた時に出会ったセルフコーチング。それが私のコーチングとの出会いでした。

その後引退し、引退後は自分のやりたいことをやってみようと、もともと好きだったカレー作りを勉強して新宿に店を開いたりしましたが、現役の時から人間の体について勉強していたので、もっと追求してスポーツトレーナーを目指すことにしました。

自分はどんなエクササイズをやっても上達せずに引退したわけですが、スポーツ業界を見ると、実は本番でパフォーマンスが出せていない人が多いことに気づきました。何をどのようにやっても結果に結びついていかないと、あたかも自分に価値がないように感じてしまいます。それは絶対におかしいという気持ちが強くなりました。結果に依存しない自分のあり方や豊かさというものにもっと目を向けていく必要があると思ったのです。

自分がやりたいことと今やっていることが少しずれているとわかり始めた頃、世界一メンタルが強くてタフな人だと誰もが思っていた兄に鬱状態が出始めました。人間って誰でも鬱になるんだ、兄がなるなら誰でもそうなる可能性があるんだと思いました。私は兄とメンタルコーチの初回のセッションに同席したのですが、兄の心の状態が一回のセッションで一気に改善したのです。「何だ?これ」と驚きました。自分が漠然とやりたいと思っていたことを目の当たりにした時、自分の持っている思いを形にしようとコーチング業界に入ることを決意しました。

▷ 世界の見え方が変わったとのことですが、どのように変わったのですか? 

一番最初の大きな出来事は、友達と深い話をしていた時のことです。みんなの言葉がフィルターなしに自分の中に入りやすい空気になっていた時、「剛士はもっとダサいところを見せろよ」と言われたのです。「完璧でなくちゃいけないとかずっともがいてるよね。でもダサいとこ見せないと生きていけないよ」と。自分には見えていなかったことを初めて人から突きつけられて、ストレートを入れられたような気がしました。それまでの自分の生き方が客観的に見えて、ダサいところを見せて生きてもいい、ダサいところを見せて生きられたらどんなに豊かだろうと思えるようになりました。その夜は人生で一番熟睡できたと思います。スッキリ寝てスッキリ目覚めて、なぜだか空が高く見えました。「空ってこんなに広かったっけ」と世界が広がった感覚がありました。もちろんそこで劇的に変わったわけではありませんが、心のあり様が変わったと同時に、自分により深く向き合うという道のりが始まりました。

▷ 自分の弱みとはどのように向き合いましたか? 

私のやり方は「テーマを持って意識的に生きる」というもので、私のテーマは「ダサいところを見せて生きること」でした。毎日必ず眼を通す日記のページにそれを書いて一日に何度も見ました。テーマを持って意識的に生きていると、それをやっていない自分に気づけるようになります。その「気づく」というプロセスが全てのスタートだと思います。「気づけるようにする」ということを徹底してやりました。

私の場合、カレーの店もトレーナーも独学というか一人でやってしまうタイプなので、自分との向き合い方に気づくまでだいぶ回り道をしたと思います。最初の頃はダサいところを見せて生きようと思っても「これではいけない、こうしたらどうだろう、いやだめだ」とせめぎ合いをしていましたね。なかなか腑に落ちなくて自己受容にたどり着くのに時間がかかりました。

▷ ダサい自分を認められるようになった瞬間というものはありましたか?

日々の積み重ねで今の自分になっていると思うので、具体的にあの時のあれというものはないです。私は自分と向き合うことが好きなので、「これはどうなんだろう」と感じた時に、その出来事を皮切りに深く潜っていくということをよくやっています。例えば、自分の道のりを振り返って、全国大会の決勝で2位になった時の自分に戻り、その失敗にもう一度深く向き合い、その時の感覚を味わいます。すると全体が俯瞰できて「それでよかったよ、悪いことじゃないよ」と捉えなおすことができるのです。過去の失敗に向き合うと引っかかったことが必ずありますからそれを解消していく。そんなことを淡々とやり続けるのが自分のやり方です。このやり方も自分流です。日記を3年間書き続けたので、そういう習慣がついたのだと思います。(中編に続く)

(文:河崎美代子)

◎中村剛士さんプロフィール

メンタルコーチ

トレーニングコーチ

レスリングコーチ

1997年 10月7日生まれ

3歳からレスリングを初める。

小、中、高、大学でそれぞれ日本一を経験。

現在は、レスリングコーチ、メンタルコーチ、動きを教えるコーチとして活動中。

スポーツを通して自分の人生を豊かにしていく為の考え方、パフォーマンスを最大限に発揮する意識の鍛え方や動き方、人がより深化し力強く活きていくための場所や文化をつくる為に活動中。