「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、日本テニス協会女子ナショナルチーム兼フェドカップ(現BJK杯)チームコーチの吉川真司さんにお話を伺いました。
吉川さんはナショナルチームで女子選手の指導を担当されていますが、多くの優れた選手に出会う中、後に日本人で初めて四大大会シングルスで優勝する大坂なおみ選手がいました。初めて大坂選手に出会ったのは彼女が15歳の時。テニスプレーヤーとしてのレベルの高さに衝撃を受けたそうです。以来、吉川さんはフェド杯代表コーチとして大坂選手をサポートして来ました。
「選手にはそれぞれが輝く色がある。その選手が輝く全ての色をコーチとして持っていたい」と語る吉川さんのお話を3回にわたってご紹介します。
(2022年6月 インタビュアー:松場俊夫)
日本テニス協会に所属し、女子ナショナルチームでコーチをしています。これまでNTC(味の素ナショナルトレーニングセンター)での普段の練習から海外遠征までA代表のメンバーをサポートしていましたが、東京2020が終わった現在は、世界ランキング100番以内に入る、将来四大大会で活躍するような選手を育てるべく、次世代の選手たちの練習と遠征のサポートをしています。高校生はいませんが、20歳から24歳ぐらいの選手が9名ほどいます。
初めて会ったのは彼女が15歳の時です。当時、海外の試合結果を見ていた時、大坂なおみと姉のまりの名前を目にしたのですが、知らない名前だったのでおそらく海外に住んでいる選手なのだろうと思っていました。その後すぐに東レ・パンパシフィック・オープンにエントリーがあり、当時の監督から一度見に行って欲しいと言われ、私自身興味があったので観に行きました。
「本当に15歳なの?」が第一印象でした。手脚がしなやかで、持ち前のパワーとスピードのレベルの高さはもちろん、「勝ちに行く」姿勢に驚きました。自分の知っている高1の選手ですと、このレベルの試合なら「チャレンジする」感じなのですが、大坂選手は全く違うのです。相手は全然格上の選手なのに、本気で勝ちに行っているのが伝わってきて、これは素晴らしい素材だと感じました。
ゲームをしている以上、ゴールには勝つことが常にあるわけですが、大坂選手の場合、「勝つことは彼女の目標に近づくこと」なのだということが後になってわかりました。勝つことの先に彼女自身の目標があって、なぜ勝つことが必要なのか、なぜ勝つために努力をするのかはそこに繋がっていたのだと思います。彼女のお父さんから聞いたのですが、彼女には「全米オープンの決勝戦でセリーナ・ウィリアムズに勝って優勝する」という具体的な目標がありました。これは実現しましたが、彼女は10歳ぐらいの時にそんな将来の夢を絵に描いていて、それは今でも玄関に飾ってあるそうです。
目標をビジュアライズしていたことは興味深いです。口にするのは漠然としたことでも、頭の中ではより細かいものを思い描いていたわけで、これは面白いですね。しかもそれをずっと頭に置いて来たのは強いです。そんな風に自分の夢を描ける子がいたら、どの世界でも成功できる確率が上がるのではないかと思います。
間違いなくその時々で目標を持っていましたし、転機はいくつかありましたが、やはり全米オープンで初優勝した時が一番大きかったでしょうか。ランキングがぐんと上がったのはコーチのサーシャ・バイン氏の影響が大きかったと思います。それまで一つ一つのピースは揃っていても、絵としてはまだ完成していなかったのですが、彼と取り組むようになってから、その絵に近づいていきました。大坂選手には常に小さな目標があって、プロセスを踏んでいますが、今のポジションに来る起点になったのはやはりそこだと思います。
彼女の場合、メンタルコントロールについてよく話題になりますが、受け入れる力が弱くなった時に、その弱さが出てしまうところは確かにあります。トッププレーヤーの世界、相手とのしのぎあい、相手を引き摺り下ろそうという熾烈な世界の中では、その弱さがちょっとでも出るとやられてしまいます。でもそれは誰もが持っているものです。彼女が特別に内面的な弱さを持っているとは考えていません。
逆に彼女の考え方やテニスを学習する過程で、他の選手が参考にできるところもあると考えます。メンタルの弱さがメディアで一人歩きしましたが、私は彼女の横にいて、弱いと思ったことはありません。次の選手たちには、あのステージのプレッシャーに耐えられるように伝えていかなくてはと思っています。
二点あると思います。一つは学べる人間性を持っているところです。学習能力の高さが彼女の才能を助けてきたと思います。同じ失敗は繰り返しません。彼女の学習の方法は自発的なもので、例えばコーチからアドバイスをもらった時に、それをヒントに自分で発見できるまで練習します。言われたままにやるのではなく、自分の考えだけでやるわけでもない。バランスがいいのです。そんな風にして、最後に自分でつかんだものをたくさん持っていたからあのステージに行けたのだと思います。
もう一つは、大坂選手が若い時からなぜあのような発言ができたのかというと、人生観を持っているからだと思うのです。テニスは人生の一部で、テニスを通して人生をいかに豊かにするかという視点を持ち合わせています。もちろん、人生をテニスに賭けて来たわけですからその結果に左右されることはありますが、人生をもっと大きく捉えているので、テニスが良かったから良い人生、テニスが悪かったから悪い人生とは考えません。彼女の視点は、自分がどんな人生を歩きたいのか、どんなテニス人でありたいのか、そういうところにあるのです。私も、彼女と何年も接する中で自分自身の人生をどうしたいか考えていいのだと思うようになりました。私は日本人に比較的多いタイプで、自分を犠牲にしてやるのがあるべき姿だと思っていたのですが、これは自分のテニスコーチ人生であると同時に自分の人生でもある、私はこの人生をどのように歩みたいのだろう、そんな風に考えるきっかけになりました。
そうですね。今になってますますそう思うようになりました。テニスが人生の全てになると、見える視野が狭くなってしまうところがあります。ですが彼女は悩むといつも「自分の人生をどうしたいか考えている」とコメントしていました。人としての成長を目指したいと。テニスをどうしたいかというコメントは聞いたことがありません。今後も彼女が人間的な成長を目指し、そして彼女に見えている次のゴールに向かって進んでいくと信じていますし、そこにも彼女の学習能力の高さが活かされると思います。
逆にコーチ側から彼女に与えた影響については、彼女に聞いてみないとわからないですね。一度聞いてみたいです。彼女にとっては私が初めて接する日本人コーチだったと思います。ですから始めは緊張していたのがわかりました。でも時間を過ごしていく中で、テニスのみならずスポーツにおいては育った場所や背景とは関係なく人同士の関係が大切なのだと思うようになっていたとしたら嬉しいですね。
やはり、当たり前のことを大切にできるということでしょうか。毎日良いエネルギーをかけて選手たちを正しい練習に導くこと。選手にも、毎日の作業が大切だと思えるよう伝えていきたいと思っています。その中で、本人がどのような目標を持って今テニスをしているのか、頑張っているのか、選手の目標をサポートすることもコーチとして大切なことです。どこをみてアドバイスしていくのか、選手が達成したい場所をコーチも見ていること、同じ目標を共有することで全てが始まるのではないでしょうか。(中編に続く)
(文:河崎美代子)
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/39-2/
後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/39-3/
◎吉川真司さんプロフィール
1978年1月31日 京都府出身
<テニス歴>
1990年 滋賀県PTEにてテニスを始める
1994年〜96年 札幌藻岩高校
1995年〜96年 アメリカ・フロリダ州 サドルブルック高校
サドルブルックテニスアカデミー留学
日米高校卒業
1996年〜2000年 亜細亜大学
2000年〜2003年 株式会社ワールド
2003年〜2008年 プロ活動
<コーチ歴>
2008年〜2012年 兵庫県芦屋市竹内庭球研究所にてコーチングをスタート
2010年 日本テニス協会S級エリートコーチ取得
2012年〜現在 日本テニス協会女子ナショナルチーム兼フェドカップ(現BJK杯)
チームコーチ
2018年〜2021年 JOC専任コーチングディレクター・トップアスリート担当
2022年〜 JOCナショナルヘッドコーチ
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