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リレーインタビュー第45回 小林さと子さん(中編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、慶應義塾高等学校體育會フェンシング部コーチの小林さと子さんにお話を伺いました。

幼稚舎からの生粋の慶應育ちの小林さんは、現在高等学校を中心に大学や普通部(中学)の指導を行っています。中学・高校の時に国民体育大会優勝など選手として活躍、大学入学後しばらく競技を離れていましたが、2000年から指導者として再びフェンシング界へ。「楽しく・仲良く・強く!」をモットーに、フェンシングを通して生徒たちの人間力を高めていきたいと日々精力的に活動されている小林さんのインタビューを3回にわたってご紹介します。

(2023年4月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/45-1/

▷ 小林さんのように、常に高い目標を掲げて結果を出す秘訣は何ですか?

明確な目標を立てるということと、それに向かう覚悟をすることだと思います。覚悟とはそれを達成するために何でもやるという強い心を持ち、諦めないことだと思っています。松下幸之助さんの言葉にもありますが、諦めた時に終わる、諦めなければ達成できると私は考えています。私自身、中高時代オリンピックを目指したいと思っていましたが、その時は真剣だと勘違いしていただけで、必ずやり遂げるという覚悟などなかったのだと、後にわかるようになりました。

また、行動力も必要です。目標を成し遂げられたほとんどの方が一番大切なのは行動だとおっしゃいます。頭で考えてもなかなか行動できないというのはよくあることですが、私はとにかくやってみる、もしダメだったらそこから何度でも違う方法でもやってみることを繰り返しやっています。うまく行っても行かなくても、本気でアクションを起こした時に出会った多くの方々に助けていただき、支えていただき、チームも私も発展途上ですが成長できていると感謝しています。常に自分に言い聞かせているのは、自分の願ったようにならなくてもその時に諦めず、「与えられた状況で全力を尽くすこと」。それを実践できた時、初めに掲げた目標よりもっと高いところに到達することができると、経験上感じています。

▷ これまで選手と関わってきた中で一番の葛藤は何でしたか?

慶應義塾高校(塾高)の監督をしていた時にこんなことがありました。インターハイの団体戦と三宅諒選手のロンドンオリンピックフルーレ団体戦が同じ日になってしまったのです。なんと皮肉なことだと思いました。というのも、三宅選手とは中学生の頃からオリンピックに出場できたら必ず応援に行くと約束していたのです。

まず三宅選手の日本代表入りと日本チームのオリンピック出場枠が決まりました。そして、インターハイ出場を目指してずっと励まし合ってきた塾高部員が、ついにこれまで一度も勝ったことのなかったライバル法政二高に勝利し、インターハイ予選で優勝することができたのです。チームは歓喜に湧きましたが、その直後私は部員に「団体戦を共に戦うことはできない」と告げました。もちろん部員たちは驚き、私が何を言っているのか理解できなかったと後に話してくれました。それはさんざん悩んだ末の結論でした。三宅選手か塾高部員か、大切な教え子たちのどちらかを選ぶなんて、どう考えても私にはできず、結局、高校の部員たちと知り合う前に先に約束した方を選ぶしか方法がなかったのです。その時のことは今思い出しても胸が痛みます。

主将は「ここまで育てていただいたのだから、あとは任せてください」とインターハイが行われていた富山を出るときにわざわざ言いにきてくれましたが、エースは許してくれず、「僕たちとはベンチで一緒に戦えるのに、三宅先輩にとって観客の一人でしかないロンドンになぜ行くのか」と言われました。「オリンピックは別物」という言葉をよく聞きますが、私にとってはインターハイ予選もオリンピックも教え子が戦う姿をハラハラしながら応援するのは、全く同じ気持ちでした。

その時最後まで許してくれなかった彼も大学に入る頃には当時の私の苦汁の決断を理解してくれました。その後、その時の主将とエースは二人で一緒にU-23の日本代表として世界大会に出場、エースだった選手は全日本チャンピオン、ユニバーシアード出場、2020年東京オリンピック金メダルエペチームのコーチとして大活躍しました。二人とは今でも仲の良い後輩として付き合っています。

一方、三宅君がロンドンオリンピックでメダルを獲った時、「聞き慣れたさと子さんの声は聞こえましたよ!」とメダルセレモニーのブーケを会場から「さと子さ〜ん」とスタンドに投げてくれたのですが、それはコーチ冥利に尽きることでした。

▷ 指導者として大切にしていることは何ですか?

一人一人と丁寧に向き合い会話を大切にすること、好きだからやっているという楽しい気持ちを常に感じてもらうこと、贔屓をしないことは常に意識しています。また、心技体のバランスの重要性は、経験を重ねるほどにより強くこだわるようになってきました。私自身が怪我で諦めましたので、20年近くフィジカルコーチの指導を仰いでいます。私のレッスンやコーチングは金森フィジカルトレーニングコーチから学んだ正しい体の使い方をもとに、怪我せずに有効なパフォーマンスを発揮することを重視しています。

水泳日本が強くなったのはチームを大切にしたことが大きいと思うのですが、フェンシングも個人スポーツだからこそチームワークが大切だと私は考えています。ピストの上では自分一人。人生と同じで責任を負えるのは自分だけです。頑張れば間違いなく手応えはあるし、手を抜けば明らかに足元を掬われます。ですが、後ろには仲間たちがいてみんなで戦っているのです。そういう気持ちになるには仲間同士の信頼関係が必要です。そして団体戦では仲間と一緒に戦います。レギュラー争いもありますが、チームスポーツと同じく部員が一丸となり、自分のできる役割を果たします。個人スポーツであるからこそチームスポーツのように「仲間を大切にすること」を、私は特に重要視しています。

フェンシングも生き方も基本が一番です。正しいことを正確にやること。困ったときは基本に立ち返ること。私は生徒に基本を教えた上で、彼らから質問してもらうようにしています。それぞれに個性がありますから型に嵌めないように、オーダーメイドのレッスンで各々の性格や身体能力、彼ら自身がどういうフェンシングを目指したいのかをやり取りの中で把握して、特徴を引き出すように心がけています。

生徒たちの多くが私のことを「さと子さん」と呼びます。私は彼らに「好きなように呼んでね」と言うからだと思うのですが、私は相手が小学生でも大人でも、誰とでも同じ目線になってしまうのです。だから生徒たちも私に腹を割って話してくれるのかもしれません。

相手との距離感は大切です。基本的には近い距離で心を通わせたいし、その楽しさが私は好きなのですが、全員にそれをしてしまうと極端に拒絶する生徒が出てきて関係修復に時間がかかった経験があります。

▷ 最近の若者は上からではなく横からの目線が大切と言われますが、小林さんはずっとそうなのですね。

私が目指すのは横からというより「中から目線」、相手の身体の中からの目線です。相手の中に入り、「同心円」になることができた時は納得のいくチーム作りができます。チームは時間をかけて作り上げていくものなので、一方的にアプローチしてできるわけではなく、それぞれのフェンシングや部活に対する本気度が影響します。こちらからの出力が同じでも、返ってくるものはそれぞれ異なるので、軸となる生徒たちから全体に広がっていくことで良い形になっていきます。

私がコーチになった頃、大学は三部の最下位、高校も一回戦敗退が続いていたのですが、私の年齢は生徒の親御さんよりも上だったりするので、どれだけ生徒の中に入っていけるか模索してきました。

慶應義塾大学の體育會には「LEAP」(Leadership Education Athlete Programの略)という、大学生がリーダーシップやマネジメントを学ぶことのできる人材教育プログラムがあります。塾高のフェンシング部は大学の體育會ではなく高校の體育會ですが、特別にお願いして2003年からほぼ毎年このプログラムのセッションを受けており、その年のチーム事情に従って、創造性開発力、計画力、組織化力、時間管理力、コミュニケーション力を取り入れていきます。その考え方を学んだ上で、生徒たちと毎回明確な共通の目標を決め、それを達成するために今は何が必要なのかという話し合いをし、やるべき事を逆算してGoal To Startという考え方で必要なことからやっていきます。お互いの考えがぶつかりそうになる時も、目標が同じですから取捨選択ができるようになりました。一つ一つ積み上げていくと時間的に間に合わないこともありますが、当時で言えばインターハイ優勝のような大きな目標、なし得たい目的を掲げ、そこに向けて具体的に一つ一つクリアしていくのです。学生スポーツは限られた時間の中で結果に繋げなければならないので、時間がない中でこの方法は役に立っています。

▷ 相手と同心円になる、相手の中に入るコツは何でしょうか。

相手を大好きになること。先に自分をさらけ出してしまうこと。自分のやり方が違ったり、思い込みで正しくないことを言ったり、やってしまったと気づいた時にはすぐに謝ること。様々なタイプの生徒がいますが、その子の良いところを見つけるのは楽しいことです。良いところに敬意を持って接し、その良いところをみんなの前で心から誉めることで、部員たちは自己肯定感が高まり、自分を認めることができ、仲間を受け入れられるようにもなります。こちらが相手のダメなところを直そうとするのではなく、良いところを素敵だと思うこと、「好きだオーラ」を発していくと褒めてもらったことが自信となり心を開いていくのだと思います。いつもうまくいく時ばかりではありませんが、そういう意味では、そもそも私の中には指導という言葉がないのです。上から目線の指導ではなく、生徒たちと決めた目標に向かって一緒に相談したり、時にはぶつかったりしながら「楽しく、仲良く、強く!」そして「幸せな人生を歩むこと」ができるために、日々Trial and Errorをしていくのが私のやり方です。(後編に続く)

(文:河崎美代子)

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/45-3/

◎小林さと子さんプロフィール

昭和31 年 東京生まれ

【学歴】

昭和53 年3 月 慶應義塾大学 文学部教育学科 卒業

【競技戦績】

昭和47 年 全日本選手権 団体出場(ベスト8)

昭和48 年 全日本選手権 個人・団体出場

インターハイ 団体出場

国民体育大会 優勝

昭和49 年 全日本選手権 個人・団体出場

【スポーツ指導歴】

平成12 年7 月〜平成22 年3 月

平成24 年9 月〜現在

 慶應義塾高等学校フェンシング部 コーチ

平成22 年4 月〜平成24 年8 月

 慶應義塾高等学校フェンシング部 監督 

平成13 年4 月〜平成22 年3 月

平成24 年9 月〜令和3 年5 月

 三田FC 慶應義塾普通部 監督

平成25 年4 月〜平成28 年5 月

 慶應義塾大学フェンシング部 コーチ

【関連サイト】

慶應義塾體育會フェンシング部