リレーインタビュー第69回 水口貴之さん(後編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、立命館大学体育会レスリング部監督の水口貴之さんです。

立命館宇治中学校・高等学校で英語教諭および国際センター長として海外からの留学生受入や派遣業務を本業としながら、地域の幼年から高校生までのレスリング指導や大学の監督も務めています。今年5月10日には2026年西日本学生春季リーグ戦において、立命館大学が16年ぶりの優勝を果たし、水口さんの体が宙を舞いました。

水口さんは幼少時の辛い体験からレスリングに自分の道を見出し、厳しい練習を続け高校時には日本のトップに登り詰めました。大学4年生後はカナダに留学、帰国後スポーツ留学斡旋事業を立ち上げましたが、30歳を機に教育の道に転身しました。「指導者は満足しないまま、挑戦し続ける事が良いのかもしれない」と語る水口さんのお話を3回にわたってご紹介します。

(2026年3月 インタビュアー:松場俊夫)

前編はこちらから↓
https://coach-do.com/wpr/interview/69-1/

中編はこちらから↓
https://coach-do.com/wpr/interview/69-2/

▷ 今の世の中で、子どもたちや若い人たちが生きる上で何が必要だと考えますか?

好奇心を持つことや、違和感を感じることではないでしょうか。何か物事を見るときや、経験をした時に「不思議だな、何故だろう?と違和感を感じるから、どうすればより良いだろう?自分なら何ができるだろう?」と考えることが大切だと思います。レスリングにおいては、技術的に「この技が掛からないのは何故だろう」と自分で考えることは大切な事だと思います。学校の授業などで、社会課題問題を考える時も違和感から始まると思います。「なぜ海洋プラスティック問題が起きるのだろう」「サステナブルに問題を解決するには、どんなアクションが必要なのだろう」という問い、そして「自分でもできることはないか」「解決できなくても何か一歩進めることはないか」と感じる高いアンテナを持ち、それに対してアクションを起こす力や、一歩を踏み出す勇気を持って欲しいと思います。

例えば、試合に負けた時に、ただ「悔しい」で終わる選手もいれば、次勝つ為には何をするべきか、を考える選手もいます。勝つために何をするか、次の段階に進むために何が必要か、思考の深さや行動を起こす勇気があれば良い方に進むのではないかと思います。

スポーツでは、課題に対して行動を起こしたかどうかは目に見えてわかります。技術練習すれば技を覚えますし、心肺機能を高めるために400mトラックのトレーニングをやれば速く走れます。仕事でも対人関係でも、現状を変える為に何か工夫すると、少しでも進化することができ、それが自身の自信に変わると思います。スポーツ指導者として、ちょっとした自信になる経験を選手に積ませることが、人生にとって大きな力になるのではないかと考えています。

▷ 現代は何かにつけてハラスメントか否かが問われる時代です。指導する上で気をつけていることはありますか?

特に気をつけていることはないです。元々上から指示を出すタイプではないですし、暴言や暴力を使うことは絶対ないです。

ただ、どのような年齢や関係であっても、相手に対して真剣に向き合うように気を付けています。どんな時でもどんな相手に対しても、フラットな気持ちで、年齢関係なく真剣に向き合い、相手の目線に立って一緒に考えることが大切だと思います。中学と高校で担任をしていた時に失敗もたくさんありましたが、やはり真剣に目の前の生徒の対応をすることが、一番生徒の成長に響いた実感があります。

▷ 生徒たちにとって水口先生はどのような存在だと思いますか?

オンとオフはしっかりしていると思います。マットを離れれば、リラックスしていますし、保護者とも仲が良いと思っています。生徒もそう思っているのではないかと思います。

小学校2年生の頃から父親に会うことはありませんでした。高校生になりレスリングが強くなった時、もし自分が日本一になって全国紙に掲載されれば父親が見てくれるではないかと思い、心の頑張りにしていました。しかし、この学校に就職してからしばらく経った時に、警察から父が亡くなった連絡が学校にありました。亡くなった時には身寄りがなく、唯一何かのメモに私の名前と就職先が書いてあったそうです。小さい頃に大きくなったら、いつかお酒でも飲みに行こうと言っていたことも覚えていますが、それは叶わなくなりました。結局、私1人で引き取りや納骨などをしたのですが、「神様は、ずいぶん俺を鍛えてくれるな。どこまで辛い思いをさせたらいいんや」と思いましたね。

厳しい練習で心も体も鍛えられた経験はありますし、それは事実だと思います。しかし一方で、はたしてそこまで精神的な辛さがないと、人や子どもは育たないのだろうかとも思いました。ですから私は、そんな辛さがなくても子どもたちが育つような指導者になろうと思っています。暴言も暴力も使わないし精神的に追い詰めることもしない。声掛けや手助けや経験のさせ方で、彼らが自分で自分を律することができる人生を歩めるようにするにはどうすればいいか、常々考えています。

担任をやっている時に思いました。もし生徒全員が、私が経験したような、家庭的にも練習環境的にも辛い経験をすれば、心が強くなるのだろうか?そんなことは決してないと思います。ではどうすればこの生徒達はもっと成長するのか。学級委員をさせるのか、サポートする側に立たせるのか。私は兄のような感じでいる方がいいのか、縛り付ける指導者でいる方が良いのか。いろいろ考えてきましたが、結局、ゴールがないままにやり続けるのが良いのかもしれません。

本校の柔道で全国団体優勝した指導者が「満足した練習だけは絶対にするな」と言っていました。やり切った!と思うよりも、今日はこれが足りなかった、ここまでしかできなかった、満足していない、そんな気持ちがないと次に繋がらないと指導されていました。なるほど!という気がしました。自分は指導者としても、担任としても、教員としても、父親としても、全く完成していないとずっと思い続ける事が良いのかもしれないと思っています。

▷ これまで勝利至上主義に陥ったことはありますか? 

私は勝ちにはあまりこだわりません。レスリングが楽しいと思うこと、レスリングが好きであることが結果的に勝ちにつながります。例えば、うちのちびっこはみんな一回戦で負けてしまうことが多いですが、次も試合に行きたいと言います。(負けに行っているわけではないのですが。。。)私は「負けても良いの?」と聞きますが、子供たちはレスリングが楽しいので、試合に出たいと言います。

中学・高校も大学も、立命館はトップダウンで指示する練習はしていません。大学生にもなると自分たちで考えて練習できるようになり、自律した選手になっています。スカウトの際、高校の先生方には「将来の目的の為に、大学でしっかり学ぶことを第一優先と考えている生徒。また、大変申し訳ないが、指導者は週末にしか練習に参加できないので、平日は自分で考え目標を持ち、自律した練習ができる生徒に来ていただきたい」と伝えています。高校の指導者には「立命館では勝つことよりも学生スポーツであることが求められる。学生の成長を感じられるチームなので、生徒に立命館を紹介しよう」と感じていただけると幸いです。

おかげさまで、先日西日本学生リーグ戦で16年振りに優勝することができました。ちびっこや中高生にとって、良いロールモデルがいることは本当にありがたいことです。ちびっこや中高生が大学生の背中をみて育ち、また大学生はその責任を感じさらに成長する。成長した大学生がちびっこや中高生やダウン症児童などに貢献する。そんな良い循環ができれば良いと思っています。

▷ あえてお尋ねしますが、今、何か足りないものはありますか? 

現在は、幼年から中学生までのちびっこレスリングクラブ、大学体育会クラブ、ワクワクレスリング(ダウン症児童対象)は団体として運営できておりますが、中学校・高等学校では正式なクラブになっていません。中高に選手はいますが、外部のクラブチームに所属しているという形を取っています。私自身も、教員として陸上部の顧問をしている中で、ちびっこ・中高・大学・ワクワクの指導に関わっています。母校のレスリング部が正式に復活できれば良いですね。

また、レスリングの良さを知ってもらうために、京都市内でちびっこレスリング教室を大学生と共にできれば良いなと思います。多くの子ども達に、レスリングの楽しさを知ってもらう場を沢山持てればと思います。大学生にとっても、自分たちがこれまでやってきたことを社会貢献として活用する良い場になると思います。

欲を言えば、ほぼ休みなしで動いているので、指導に関わっていただける人を見つけたいと思っています。現状は、全ての土日は練習や試合があり休みが1日もない生活ですので、もう少しワークライフバランスを保てる生活ができればと思います。

▷ ご自身の今後のビジョンについて教えてください。

幼年から小学生に対しては、レスリングの楽しさを感じ取れるような拠点をいくつか持てればと思います。また中高レベルでは、より高いレベルの技術を教えながら、全国で活躍できる選手を輩出したいと思います。海外にもドンドン遠征として連れて行き、彼らの国際感覚も養いたいですね。大学では、16年ぶりに西日本学生リーグ戦で優勝することができましたが、今後は連覇できればと思います。何より、どの世代でもレスリングを好きになり、レスリングを通して世界で活躍できる経験を積むこと、そして選手としても人間としても自信が持てる人間になってほしいと思います。

▷ 全国の指導者のみなさんへメッセージをお願いします。

みなさんも目の前の子どもや生徒、選手と向き合って、人生を賭けて一生懸命やっていらっしゃると思います。みなさんはそれぞれご自分の経験や手法で指導されていると思いますが、横のつながりが少なく、指導者同士のやり方やビジョンの話を共有したことがありません。ですから競技の枠を超えて、さまざまな指導者の方々、さまざまな年齢の方々と一緒に、それぞれの経験や指導法やビジョンを共有できるコミュニティがあれば面白いのではないかと思います。(了)

(文:河崎美代子)

◎水口貴之さんプロフィール

1980年11月9日生まれ

岐阜県高山市出身 京都府城陽市在住

立命館宇治中学校・高等学校 国際センター長・英語教諭

立命館大学体育会レスリング部監督、立命館レスリング(幼年〜高校)監督

7歳の時にレスリングを始めるが、中学生までは試合で勝つことはなく常に1回戦ボーイ。

中学3年生の時に全国中学生大会で3位になり、少しは競技の面白さを感じ、高校は京都の立命館宇治高校に進学。

高校では、全国から集まったレベルの高い仲間との厳しい練習に鍛えられながら、少しずつ勝てるようになり、高校2年の京都インターハイでは団体準優勝・個人優勝、高校3年ではインターハイ個人準優勝する。

大学では、2年生で全日本学生選手権3位、3・4年生は主将を務め西日本リーグ戦を連覇。チームを纏める経験をする。

大学卒業後はカナダ・カルガリーに留学し、カルガリー大学レスリング部に所属。世界の仲間と出会い、スポーツでの国際交流の素晴らしさを感じ、価値観が大きく変わる。

帰国後は、スポーツ留学斡旋業者をカナダのオリンピアンや、アメリカの日本人経営者と運営する。

地元高山市で公立中学校の保健指導員を経験しながら、不登校や発達障害のある児童と関わることで、自身の経験が教育に貢献できるのではないかと考えるようになる。

30歳の時に母校に戻り、中高での担任、文科省への出向などを経験し、現在は英語教諭および国際センター長として留学生の受け入れと派遣業務を行う。

レスリングの指導者としては、立命館大学体育会レスリング部監督、立命館レスリング監督(幼年〜中学校)をしている。2025年カナダ・カルガリー大学、2026年アメリカ・スタンフォード大学へ遠征を実施。