「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回のインタビューは、元プロ野球選手の荻野忠寛さんです。
千葉ロッテマリーンズのリリーフピッチャーとして活躍、日立製作所野球部を経て、現在、ご自身が考案した「スポーツセンシング」を学ぶスポーツセンシングアカデミーを運営、昨年からは社会人野球JFE東日本の投手コーチも務められています。
荻野さんが独学で生み出した「スポーツセンシング」とは何か、千葉ロッテ時代、ボビー・バレンタイン監督と小宮山悟さんからどのような影響を受けたか等、貴重なお話を3回にわたってご紹介します。
(2024年4月 インタビュアー:松場俊夫)
前編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/53-1/
中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/53-2/
私自身もっと学ばなければいけないと思っています。選手たちへの伝え方の難しさを常々感じていますし、スポーツセンシングという今の世の中にはまだ存在しないことをやっているので、地道に目の前にある課題に取り組んでいかなければなりません。今私が持っているような考え方が将来世の中に広まったら、もっとスポーツがやりたいという人や、子どもにスポーツをやらせたい親も増えると思っています。そんな状況を創っていきたいですね。
日本では野球をやっている小学生が受験を理由にチームを辞めることがあるので、こういうところを何とかして行きたいです。ヨーロッパなどでは勉強と運動はセットになっていて、運動は脳を活性化させるし、体も健康になる、集中力も上がって勉強にもプラスになるという文化があります。日本でも勉強と運動の相乗効果の価値がもっと広まって欲しいです。少年野球チームの運営にアドバイスすることがあるのですが「ライバルは隣のチームではなくて塾です」という話をします。塾に行かせることが子どもの将来のためになると思っている親に対して、スポーツをやらせることが子どもの将来のためになるという価値観を広めていく必要があると思っています。
スポーツは本来楽しいものです。日本の文化の中では「下手な奴はやめろ」という考えがありますが、それは違うと思います。やりたい人が楽しくやるというのがスポーツのベースで、その中でも一部の「楽しいだけでは物足りない」という、運動が得意な人が競技者になって勝負すべきなのです。日本のスポーツは競技がベースになっていますがそうではなく、レクリエーションや遊びから始まって、もっと勝負がしたい者が競技者になり、引退した後はまたレクリエーションに戻ってくる、こういう状態が理想的だと思います。
今私は「甲子園夢プロジェクト」という、全国の特別支援学校に通う野球がやりたいという知的障害の高校生たちの練習会を一ヶ月に一度程度やっています。このプロジェクトのゴールは参加してくれている生徒が通う特別支援学校が高校野球連盟(高野連)に加盟をし、大会に出場することです。高野連に加盟するためのハードルは高く、プロジェクトに参加している生徒は、北は北海道から南は沖縄まで50人くらいになるのですが、その中で二つの学校が何とか加盟できただけです。やりたいという選手がいる以上、大人は「危ないから」と排除するのではなく、どうすればできるようになるかを考えるべきだと思っています。
そうした中でも、慶應義塾高校(以下、塾高)の監督である森林貴彦さんはプロジェクトの価値を最初に認めてくださり、最も多くの合同練習をしてくださっています。森林さんは毎回「世間的には塾高の生徒がプロジェクトの生徒達を教えているように見えるかもしれませんがそうではありません。塾高の生徒がプロジェクトの生徒たちに多くのことを教えてもらっているのです」とおっしゃいます。森林さんは広い視野をお持ちで、目先の勝利ばかり追うのではないという優先順位のつけ方がそもそも他とは違うのだと思います。
世間にインパクトを与え、世間を動かすには勝つことが必要だと思います。私は、そこにいる選手たちが幸せかどうかに勝ち負けは関係ないと思いますが、加速度的にその考え方を広めるにはやはり勝つことが効果的な部分もあるとは思います。
私は人の価値がチームの価値になると考えています。社会人野球がわかりやすい例なのですが、昔は250企業くらいあった企業チームが一時60台くらいに落ちました。現在は持ち直して90企業くらいに増えてきましたが、そうした状況になる要因の一つに、勝たないと何の評価もされないという考えがあるのだと思います。ほとんどのチームが「何をしてでも勝つ」になってしまう所以です。日本の野球はトーナメント制なので、一年間で評価されるチームはたった一つ、あとは全部負けたチームです。それでは評価されませんし、このようなやり方ではチームの価値を作るのは難しいと思います。
ですから私はチームを作る際には、勝っても負けても評価されるチームを作るべきだと思います。ではチームの評価は何かと言えば、そこにいる人の評価です。これが回り回ってチームの評価になるわけです。例えば、甲子園で多くの勝ち星を重ね、多くのプロ野球選手を輩出した高校があったとしても、その学校のOBが「高校には二度と戻りたくない、自分の子どもは入れたくない」と言えば、発言力のある有名選手が世に出れば出るほどチームの評価が落ちてしまうという状態になります。
一方、小宮山悟さんは「俺は早稲田大学に育てられた」といつもおっしゃいます。小宮山さんをすごいと思っている人は「あ、早稲田ってすごいんだ」と思いますよね。勝ち負けとは関係なく、小宮山さんの存在を評価する人は早稲田を評価します。こういう人が増えれば増えるほど、チームの価値が高まり勝ち負けに左右されることがなくなります。優秀な人を多く輩出し、その人たちがそこで育てられたと言い続ければ、そこの価値は上がり続けるわけです。こうした循環ができれば勝ち負けに左右されない、価値が保てるようなチームになっていくと思います。
日本では早稲田大学や慶應義塾大学のように、アメリカのハーバード大学やスタンフォード大学などにもさらに規模が大きくなったそうした循環があるのだと思います。卒業生が母校に大量の寄付をする、そのお金で優秀な学生たちが勉強や研究をして、卒業したらまた寄付をする、こうした循環です。短いスパンで価値を高めようとするだけでなく、長いスパンで物事を見て価値を高めていくことをうまく組み合わせていくのが良いと思っています。
私にできることは多くはありませんが、私が接した人やチームに少しでも良い影響を与えていければと思っています。選択肢がもっと増えればいいと思うのです。様々な価値観を持つ人がいる中で自分はどこでどのようにしたいのかを多くの選択肢の中から選べれば良いのです。でも今は選択肢が少ない。いくつもの選択肢がある中で、スポーツをする本人が、自分が一番学びたいのはここだと選べる状態を作れればいいと思っています。
教育ももっと多様性があればみんな生きやすくなると思います。私は、スポーツというものは健康増進やストレス発散、コミュニティー作り、さらには地域活性化や地方創生などにも役に立つものだと思っています。選ぶのは個人の自由ですが、これからの時代はスポーツとうまく関わることでより人生を豊かなものにしていくことができるのではないかと思っています。
スポーツにおいてはやはり「スポーツマンシップ」です。それはスポーツの根本にあるもので、私は両親から学びました。我が家のトイレには、かつての日本体育協会が出していた「スポーツ宣言」が貼られていたのです。両親の考え方は「大人のストレス発散に子どもたちが付き合わされるようなスポーツは歪んでいる」というものでした。そんな環境で育ったので、スポーツはそういうものだと思っていたのですが、周りはそうではありませんでした。でもそうした考え方があれば、スポーツを通じてより幸せになれるでしょうし、負けて傷つくということも減らせるのではないかと思います。
私にとって「スポーツマンシップ」というのは、まず「自制を保つこと」「自分をコントロールすること」です。まさに「勝って驕らず負けて腐らず」です。それから「リスペクトすること」。自分も相手も皆大切にすることです。そして「フェアプレイ」。ルールを守ることです。その競技の文化や伝統を知った中でプレーすること。もう一つは「卓越性を追求すること」です。より高いところを目指す、成長を目指す、それをお互いに追求するというのがスポーツです。スポーツは自分だけ良ければいいというものではないので、スポーツをやっている人全員で成長しようという考え方です。残念ながらこうした考えが日本では少ないのが現実です。
野球も、アメリカのメジャーリーグでは多くのデータが公開されているのですが、日本では一つも公開されていません。インターネットで調べれば大谷翔平選手のスイングスピードであったり、リードの大きさ、走るスピードまで見ることができます。内野手が1塁に何キロのボールを投げているのか。外野手がバックホームで何キロの送球をしているのか。データを見て楽しむこともできれば、プロ野球選手を目指す人にとっては基準となると思います。みんなで成長を目指そうという考えからすれば、日本のプロ野球でも公開できるものは広めていけば良いと思うのです。そうすればより充実した環境になると思います。
私は、指導者も含めてスポーツに携わる人たちが楽しくなければいけないと考えています。日本では補欠が非常に多いのですが、そういう選手も含めて、そこにいる人全員が「スポーツをやってよかった」「スポーツをしている今が楽しい」と思えるような状態をみんなで協力して作りたいと思っています。(了)
(文:河崎美代子)
◎荻野忠寛さんプロフィール
東京都町田市出身。
桜美林高校、神奈川大学、日立製作所を経て、2006年のドラフトにて千葉ロッテマリーンズから4巡目で指名。
リリーフピッチャーとして2007年から3年連続50試合登板。2008年には30セーブを記録。
2014年に退団。退団後、日立製作所野球部に復帰。2年間プレーし2016年をもって選手生活を終える。
現在は、「センス」を磨く指導者として小学生から大人まで幅広く指導に当たっている。
プロ野球生活の後半は怪我に苦しみ、5度の手術を経験したことから怪我の予防を伝える活動に注力し、青少年のスポーツ現場における指導者及び父兄への適切なスポーツ教育の周知、育成を目指した活動等も行っている。
野球の現場だけでなく学校や塾、企業等で授業、講演、研修、等を行いスポーツで得た知識や経験を多くの人に伝えている。
2021年4月には自身が考案した「スポーツセンシング」を学ぶ場であるオンラインサロン「スポーツセンシングアカデミー」を主宰、運営。
2023年より社会人野球JFE東日本で投手コーチに就任。
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