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リレーインタビュー第47回 鈴木恭平さん(前編)

「コーチ道リレーインタビュー」では、指導者の先達である方々、指導者として現在ご活躍の方々のインタビューをリレー形式でご紹介しています。今回は、法政大学第二高等学校(法政二高)バスケットボール部の鈴木恭平監督にお話を伺いました。

高校卒業後、体育の指導者になるために日本体育大学に進み、大学在学中に母校である法政第二中学校バスケットボール部の監督になり、法政二高バスケットボール部のコーチを経て2004年から監督を務められています。

最初は生徒たちにとって「ヤンチャなお兄さん」だったという鈴木さん。その後、インターハイ出場を狙う厳しい監督に変身したものの現在は…?鈴木さんのインタビューを3回にわたってご紹介します。

(2023年7月 インタビュアー:松場俊夫)

▷ 鈴木さんが母校の法政二高の監督になられて20年近く経ちますが、指導者になったそもそものきっかけは何でしたか?

高校の頃、選手としては試合に出られるか出られないかのレベルで、最後の試合にも怪我のせいで出られませんでした。大学では選手でなくてもバスケットボールに関わりたいと思い、体育大学に行って体育の先生、コーチになった方がいいのではないかと考えました。それが始まりですね。法政二高の生徒は9割以上が法政大学に進学しますから、当然親は大反対でした。しかも私は中学からですから、親とすれば中学受験をさせた時点でそれなりの大学に行ってそれなりの会社に入ってという人生のレールを引いていたわけです。高校では周りに受験する人なんていませんから、一人でバトルしてましたよ。でもやりたいことが半端なまま人生終わらせたくないし、後悔したくないなと思い、親に無断で塾にも通って受験勉強しました。

そして日本体育大学に入り、母校の法政二中の指導を始めました。監督になったのも19歳ぐらいですから指導者歴は結構長いですね。高校では監督がいらしたのでアシスタントの経験をしました。遊びでやっていたような中学とは違って、高校は組織も大きく真剣に全国を狙っていますから、OBや先輩後輩、監督やコーチの関係、いわゆる組織マネジメントが必要なわけですが、よくわからなくて、それでも生徒たちと熱くやっていればなんとかなると思っていました。ですがOBが色々口を出す。20代のコーチ人生はほぼそこの戦いでした。

昔の本校の運動部はOBが指導することで成り立っている部分が大きく、学校の先生が畑を耕して教育をして作り上げたというよりもOBが自分たちで作ってきた歴史伝統というのがあります。そこに20代の若造がアシスタントとして入ったわけで、監督の古いやり方に反発している生徒との板挟みになるし、やりたいことはやれないし、生徒たちも船頭がどちらか迷うし、そんな感じでした。

ですがOBの監督が退任したされたタイミングで、25歳ぐらいの時に私が講師としてこの高校に入り監督になりました。若くして監督になってしまったなと思いましたが、自分が望んでいたことですからね。さあいよいよやれるぞという感じでしたね。

▷ 当時から今に至るまで、ご自分の指導はどのように変遷しましたか?

今と若い頃とで違うのは、当時は生徒たちがこの先どうなるかという未来図が見えなかったことです。どうなるかわからないので今現在の完成を求めて指導してしまうわけです。ただ当時も今も根底にあるのは、できていない生徒をなんとかしたいという気持ち。自分自身チャンピオンチームにいた選手ではないので、やりたいことを熱くやろうとか、あそこの強いチーム食っちゃおうとか、生徒を焚き付けるやり方は昔も今も変わらないし、そこが大事という考えがあります。ですが当時は生徒が高校三年間、または今後どういう大人になっていくのかが見えないので、先を見据えた許容範囲が狭くていろいろなことを言っていただろうし、現時点での到達度を認められないことも多かったです。

初めの頃はお兄ちゃん的な感じでした。やんちゃなお兄ちゃん。自分が好きなバスケを一緒にやっている感じでしたから嫌われることもありませんでした。でも監督になって全国を目指すようになってからは変わりました。全国の強豪校を見て今までのフランクな感じでは全然ダメだと思いましたから。どんどん厳しい先生になっていきました。OBや様々な人も色々と言って来ますから、何が何でも勝たなきゃと一層激しくなるわけです。生徒たちを何とかしようという情熱は変わらないのですが、リクルートで選手を全国から集められる環境ではない中で、それでも勝とうと思えば過酷な練習になっていく。そして3年目にインターハイに出たわけです。

そうなると「やっぱりこのやり方だ」になっていくのです。ちょうど27歳ぐらいの時で「これからもっと厳しくしなくては!」と、残念ながら厳しさはどんどんエスカレートしていきました。ですが毎日5キロ走っていたのを10キロにしても勝てない時は勝てない。だんだんこれは違うのではないかと思い始めました。

その矢先、ある高校バスケットボール部の体罰自殺事件が起こりました。実際の真相はわかりませんが、何はともあれ生徒の気持ちを追い詰めすぎるということには本当に気をつけなければいけないと思いました。あれだけの大きな事件でしたから、厳しい関係性でなくても勝てるような良いチームを作らなければと思いました。しかし、自分で自分を追い込んで課題に向き合う生徒なんて一握りですし、こちらが追い込んだ先に自分と向き合うようになる現実もあることは否めません。そこの天秤をどのようにするか。それが一生磨いていかなければいけないコーチの道なのだと常々思います。

指導のスタイルを変えた2年後、県大会の途中で負けて早々に終わってしまいました。迷いますよね。厳しいやり方で優勝してきたのに、やり方を変えた結果、不本意なところで負けてしまうんですから。そして当時のアシスタントコーチに「こんな感じでやっていたら逆に生徒が可哀想なのではないか」という話をしたら彼が言うのですよ。「先生、新しいやり方をたった数年で検証しちゃダメですよ」と。何年かやらないと検証にならないと。10年間ぐらいやってきたことを変えてたった1年ですからね。「そりゃそうだよな…」と思いました。

その後、まずは厳しいか厳しくないかといったスタイルの問題ではなく、シンプルにこれをやったら勝てませんよ、うまくなりませんよという線引きをしっかり行いました。そして、怒鳴らなくても笑顔でも、ダメなものはダメ、良いものは良い、というスタンスを譲らないことを徹底しました。そしてラッキーなことにスタイルを変えて3年目に県大会で優勝という結果を出すことができました。

現在は指導において、スタイルというかスタンスは固まってきていますが、いまだに難しさは感じます。高校生が自分自身で気づいて、考えて動けるようになるのは、なんらかのアプローチがないと、その一歩はなかなか出ません。ネガティブな生徒にポジティブになろうよと言ってもなれるわけではない。なぜこの生徒はうまくいかないのか?なぜ下を向いているのか?逆になぜこの生徒は上手になるのか。たくさん観察して色々と試行錯誤してきました。そこで欠かせないのが、毎日提出させているノートです。生徒の心の内側をのぞけるノートを毎日見ることで、様々な傾向がわかってきました。

こうして指導において押したり引いたり色々やってきた結果、現在一番しっくりきている感覚は、「伴走してあげる」という感じでしょうか。一緒に考えながらアプローチしてみて、生徒が大きな挑戦をして失敗して戻ってきたら「おかえり」みたいな。もしくは走るのを止めたときに「それだとゴールできないけどどうする?」「止めてもいいけどゴールはないよ…」そうやってアプローチしながら、自分で再び走り始めたら「よし。じゃあ行こう!」って一緒にまた伴走してあげるようなイメージですね。

▷ 体罰やハラスメントなど、指導において「厳しさはどうあるべきか」は、今のすべての指導者が抱える悩みと言えますね。

先ほどのアシスタントコーチですが、その後彼は日本体育大学の大学院で「体罰」について研究していました。興味深いのは、ただ体罰はダメだというのではなく、体罰を語るには「体罰にはその効果がある」と立証しなければいけない。ダメだと言われても無くならないのは何かしらメリットがあるからなのでは?という研究をしていたのです。

彼のレポートの中にあった「向け替え」という言葉は面白かったですね。選手の気持ちが不安でいっぱいになり、過去に囚われたり未来を怖がったりする時に、体罰という「今」があるとそこに集中する。気持ちがそこに「向け替え」られるというわけです。前半にだらけた試合をしてハーフタイムでバチン!と叱られたら、後半ものすごく調子がよくなるという現象も、筋力や技術が上がるのではなく散らかってしまったマインドが一つになっただけのこと、その方法として体罰や暴言が存在するのだと。

この、マインドを向け替えてあげるという行為。体罰や暴言ではなく、気持ちを向け替えてあげられる術を指導者は追求するべきでしょうが、一方で気持ちを向け替える行為は本来、自分で鍛えて行わなければならないものである、というスタンスも生徒に説いていく必要があると思います。それこそが人生におけるセルフマネジメントで、それも含めてトレーニングだという指導をするのが私たちに課せられた課題だと考えています。指導者がこの「向け替える」スキルをもっと広めていけば、体罰や暴言が減っていくのではないかと思います。(中編に続く)

(文:河崎美代子)

中編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/47-2/

後編はこちらから↓
https://coach-do.com/interview/47-3/

◎鈴木恭平さんプロフィール

1977年:神奈川県生まれ

1996年:法政二高 卒業/日本体育大学入学

1996年~2004年:法政二中男子バスケ部監督/法政二高男子バスケ部A・コーチ

2004年~現在:法政二高男子バスケ部監督


JBA公認B級コーチ

JBAコーチデベロッパー

国体少年男子神奈川県代表監督

神奈川県U16チーフコーチ

神奈川県高体連強化普及委員長